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「歴史的」と言われたイスラエルとUAEの急接近、トランプ氏だけの成果ではなかった

Behind the News ニュースの深層 更新日: 公開日:
アラブ首長国連邦(UAE)初のユダヤ式レストラン「アルマーニ・カフ」で、ユダヤ教の食事規定コシェルを守った料理を見せてくれた料理長のファビアン・ファヨールさん(左端)ら=伊藤喜之撮影

地上828メートル、高さ世界一の高層建築「ブルジュ・ハリファ」。国際都市ドバイを象徴するタワー低層部のホテル内に、その店はある。ユダヤ教の食事規定「コシェル」を守ったアラブ首長国連邦(UAE)初のレストラン「アルマーニ・カフ」だ。「連日、数カ月前からの予約客でいっぱいです」。ホテルの担当マネジャーは、うれしそうに言う。客は地元のみならず世界中からやってくるが、その9割がユダヤ人だという。

ユダヤ教の食事規定コシェルを守ったレストラン「アルマーニ・カフ」の料理。すべて、イスラム教の戒律にもとづくハラール処理もされている=伊藤喜之撮影

昨夏、長らく敵対してきたイスラエルとUAEは電撃的に国交を開いた。「歴史的」と形容されたイスラエルとの関係正常化には、バーレーン、スーダン、モロッコといった他のアラブ諸国も追随し、中東アフリカの政治経済に地殻変動をもたらしている。皮切りとなったUAEとイスラエルの間では、すでに民間航空便も就航し、コロナ禍のため速いペースともいえないが、両国製品の輸出入やビジネスマンの往来も増え始めた。そのため、UAEのユダヤ式レストラン需要も高まっているというわけだ。

しかし、聞けば、店のオープンは国交樹立合意から1カ月後の昨年9月。見計らっていたようなタイミングだ。まさか事前に知っていたのか。フランス人料理長のファビアン・ファヨールさん(43)に尋ねると、「それは違います。じつはUAEにもともと住んでいたユダヤ系フランス人の友人に、以前から開店をリクエストされていたんです」と打ち明けた。客層は1割がUAEの自国民、5割がイスラエルからのユダヤ人客だが、残り4割は世界各国からのユダヤ人で、その多くは元々UAEに移り住んでいた人々だという。

アラブ首長国連邦(UAE)初のユダヤ式レストラン「アルマーニ・カフ」で、ユダヤ教の食事規定コシェルを守った食事を見せてくれた料理長のファビアン・ファヨールさん=伊藤喜之撮影

ここに見過ごせないポイントがある。

一連の国交樹立の動きは、米大統領選を控え、外交成果がどうしても欲しかった当時のトランプ政権が直接のきっかけとなったことは確かだろう。トランプの娘婿のクシュナー大統領上級顧問らが秘密裏に交渉を進めた。選挙目的という思惑を知りつつ、UAEが合意に突き進んだ背景の説明では、これまで、①敵対するシーア派国家イランとの対立ではイスラエルと利害が一致すること、②イスラエルが持つ人工知能など先端ビジネスで利益を見込めること、③米国との取引で最新鋭ステルス戦闘機F35が購入できること、などが指摘されてきた。

しかし、ここまで事がスムーズに進んだのはなぜか。その答えになりうるのが、UAEにもともとあったユダヤ人コミュニティー、そして、UAEが近年推し進めてきた宗教や人種に対する寛容政策だ。

■移住のきっかけはダイヤモンド

ドバイに多くある経済特区の一つ、「ドバイ・マルチ・コモディティ・センター」。その中核となる高層ビルがダイヤモンドの研磨業者、鑑定業者、貿易商などが集まる「アルマスタワー」(「アルマス」はアラビア語でダイヤモンドの意)だ。2004年にアラブ世界で初めてとなるダイヤモンド取引所がUAE政府によって認可され、09年に完成したタワー内に設置されたことで関連業者の集積が進んだ。ダイヤモンドは歴史的にユダヤ人業者が得意としてきた産業として知られ、世界に散らばるユダヤ人の一部が、ドバイに移住する一つのきっかけになったとされる。

45階に事務所を構えるアレックス・ピーターフロインドさん(54)も14年に国籍を持つベルギーから移り住んだユダヤ人ダイヤモンド貿易商だ。熱心なユダヤ教徒で、オフィス玄関にもユダヤ教徒であることを表す旧約聖書の一部を飾っている。ドバイにはピーターフロインドさんの移住以前からユダヤ人が集まる食事会などの場はできていたが、みなが一緒に礼拝できる場はなかった。そこでピーターフロインドさんは親しい関係になったユダヤ教徒の知人に「一緒に祈らないか」と声をかけた。最初はその友人宅で祈るようになり、参加者が徐々に増えると、邸宅の一部を開放してくれる別の友人が現れた。こうして、ネット検索しても地図には出てこない「秘密」のシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)は誕生し、毎週20~30人が集まるようになった。

UAE国内で5年前に製本したヘブライ語の聖書を持つユダヤ人ダイヤモンド商のアレックス・ピーターフロインドさん=伊藤喜之撮影

国交樹立で合意する前のことだが、UAE当局から干渉されることはなかったという。当局はイスラエルはNG、ユダヤ人はOKと線引きしていたようだ。その理由には、UAEが近年打ち出しているイスラム教以外の宗教への寛容政策がある。16年に寛容担当大臣のポストをつくり、その後に寛容省も創設した。19年2月には、ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇がUAEのアブダビ首長国を初めて訪問した。そのアブダビには、キリスト教教会、イスラム教のモスク、ユダヤ教のシナゴーグを一つの建物内に共存させる「アブラハム・ファミリー・ハウス」の建設計画も発表され、22年の完成をめざす。

■「寛容」をソフトパワーに

ピーターフロインドさんの事務所で取材中、ドバイ在住のユダヤ教指導者(ラビ)のイスラエルさん(左)がたまたま事務所を訪れた=伊藤喜之撮影

UAEは人口約1000万人のうち、9割近くを外国人が占め、約200ともいわれる国籍の人々が暮らす。近年は、国の発展を支えてきたオイルマネーが長引く原油安で限界を迎える中、「『寛容』をソフトパワーとして世界中から人と投資を呼び込もうとしている」(カーネギー中東センターのバダル・サイフ特別研究員)。そんな「戦略的寛容」ともいえる土壌が整えられるなかで合意されたのがイスラエルとの国交樹立だった。

寛容政策の流れの中で19年に設立した在UAEユダヤ人協会の共同代表でもあるピーターフロインドさんの元にはイスラエルの企業などからUAE進出の相談が相次いで寄せられている。今後の展望を聞くと、弾んだ声で言った。「もう2、3年もしたら、UAEにはユダヤ人学校や飲食店などが多くできているでしょう。私はイスラエルとの橋渡しができればいい」