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玄侑宗久が語るレジリエンス 災害大国・日本で育まれた「両行」にヒントあり

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鎌倉時代から続く福聚寺の住職を務める玄侑宗久氏=福島県三春町、星野眞三雄撮影

東日本大震災で傷ついた社会を、いま新型コロナウイルスの感染拡大が襲う。苦難の時代をどう生きればいいのか。福島県三春町にある福聚寺の住職で芥川賞作家の玄侑宗久さん(64)に聞いた。

東日本大震災の行方不明者はいまだに2500人もいる。これはつまり、死んだと認めない人々がその周囲に何倍もいるということだ。震災から7年たったとき、死亡届は出していないのに「戒名をつけて葬式をしてほしい」と頼まれたことがある。「死んでいるかもしれないから葬式をしてあげないとかわいそう」だからだ。葬儀をすることで、安心して「どこかで生きているかもしれない」と思うことができるのだという。

相反する感情を認める「両行」。二元論的な価値観にとらわれないその考え方は、日本人の特徴といえる。つらいから忘れないとやっていけないけれど、忘れられない。自然災害に繰り返し襲われた日本では、そんな矛盾した感情がはぐくまれた。「無常」と「あはれ」だ。

すべてのものは「無常」、移り変わっていく。「あはれ」とは心に刺さることで、「かなしい」でも「うれしい」でも感情の方向性は問わない。鴨長明の「方丈記」には、飢饉(ききん)と疫病で多くの遺体が転がる京都で衰弱死した母親の乳を吸う赤ん坊を見て、「いとあはれ」と書かれている。

日本の仏教には、忘れるための仕組みがある。「年忌法要」もその一つで、一周忌、三回忌、七回忌と、節目の年に法要を営むことで故人をしのび、思い出や記憶を更新していくが、法要と法要の間は忘れていられる。

日本人にとって自然はおそれながらまつるもの。「日本書紀」で地震は「那為(なゐ)」とされ、那は「あの方」、つまり天や神が為(な)さったこと、という意味だ。

災害の多い日本では、自然とどうつきあうかが最大のテーマだ。うまく対処する、それが「しあわせ」だが、奈良時代は「為合せ」と書き、合わせる相手が「天」だから「運命」とほぼ同意だった。室町時代には「仕合せ」になり、相手が人に変わる。相手がこうきたからこう対応しよう、それが「仕合(試合)」となった。つまり受け身の対応力が「しあわせ」なのだ。

新型コロナが猛威をふるっているが、奈良時代にも大地震や飢饉、天然痘の流行が相次ぎ、多くの死者が出た。聖武天皇は華厳経がすべての人を照らすと説く「毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)」を大仏として東大寺につくった。この「すべての人を照らす」「世の中すべてのものに序列をつけない」という華厳の思想が、これからの日本社会にとって重要ではないか。七福神はインド3人、中国3人、日本1人で、7人に共通するものは何もない。「八百万(やおよろず)」の発想で、「みんなちがって、みんないい」というモデルだ。同調圧力やイジメ、差別なんてない。

復興というが、何を取り戻すべきなのか、目指すべきはどういう社会なのか。新自由主義や市場原理主義のモノサシで効率性や利便性ばかり求めるのではなく、「日本人の心のかたち」に立ち返るべきではないだろうか。(構成・星野眞三雄)

げんゆう・そうきゅう 1956年、福島県生まれ。慶応大卒。臨済宗妙心寺派の福聚寺住職。2001年に「中陰の花」で芥川賞を受賞。11年4月から政府の復興構想会議委員を務めた。