『オペレーション雷撃』(文藝春秋)。陸自中部方面総監などを務めた山下裕貴元陸将が11月、初めて手がけた小説として発表した。題名は、中国の台湾進攻のための重要な作戦のコードネーム。「琉球独立団」を名乗る謎の集団が、沖縄県の多良間島を占拠する話も出てくる。戦闘場面は、専門家しか書けない詳細でリアルな迫力がある。
山下氏は「虚実を交え、自分が中国軍の作戦部長になったつもりで書いた。日本周辺の厳しい国際情勢、戦争に巻き込まれる可能性、予想される台湾進攻作戦の手順と方法、そしてハイブリッド戦の実相を国民に知らせたかった」と語る。「難しい本では、専門家や自衛隊の一部が読むだけだ。小説の形なら一般の人にも読んでもらえると思った」
山下氏は現役時代、自衛隊の予算編成の際、財務省や防衛省の事務方から「それでは国民に説明できない」という言葉を何度も浴びせられた。防衛省の記者たちからは「日本が本当に攻撃されるわけがない」とも言われた、と言う。山下氏は「日本が戦争に巻き込まれるリアリティーを考えたとき、中国の台湾進攻を題材にしたいと考えた」と語る。
陸自東北方面総監などを務めた松村五郎元陸将は10月、『新しい軍隊』(内外出版)を発表した。1928年のパリ不戦条約などを経て戦争の概念に変化が起きている、と歴史的に考察して解説している。戦争の目的が「相手軍隊を打ち破っての領土の占領」ではなく、サイバーや電磁波なども使って自分たちの政策を強制する時代になっているとした。
松村氏は「自衛隊にいた35年間、ずっともやもやしていた」と語る。冷戦時代はソ連軍の北海道上陸に備える日々だった。「当時は現実感もあったが、ソ連・東欧の崩壊で、意味が薄れた。住宅がひとつもない演習場が国土防衛の現実を想定しているとは言えない」
松村氏は著書で、宇宙やサイバー、世論操作などの「多様化戦」の時代に入っていると主張した。同時に「これからの防衛の焦点は原野での大規模決戦ではない。現実の脅威に備えるにはどうしたらよいのか、国民に議論してほしい」と語る。
両氏と同期で、陸自東部方面混成団長などを務めた二見龍元陸将補は8月、自身で6冊目になる『自衛隊は市街戦を戦えるか』(新潮新書)を発表した。現役時代、試行錯誤した市街戦の訓練などを振り返り、陸自に足りないものが何なのかを問いかけた。
二見氏は「現代は、非軍事も交えたハイブリッド戦争の時代。テロも起きるし、放送局なども標的になる。戦闘の舞台が市街戦になることは間違いない」と語る。「現在の世界情勢を考えると、今の訓練で国を守る責任が果たせるのかと問いかけたかった」と話す。
二見氏が最初の本を発表したのが19年1月だった。それまで軍事関連の書籍を扱ったことがない出版社から「最近、ミリタリー関連の書籍の売り上げが伸びているから」という理由から、「既にKindledで電子書籍として発表しているものを書籍化しませんか」という依頼があったという。二見氏は「自衛隊が世間に受け入れられるようになったほか、世の中がこうした本を欲する時代になっている」と語る。
3冊の本に共通しているのは、ハイブリッド戦争への危機意識だ。2014年冬、ロシアがウクライナ領だったクリミアを併合した際に使った手法として、17年ごろから国際社会で様々な論文が発表されるようになった。
正規軍による大規模な火力戦闘ではなく、非正規軍も使う。ロシアのプーチン大統領はクリミアに進出したロシア軍について「住民による自警団」だと強弁した。電磁波やサイバーなど多様な手段を駆使する。ロシア軍は電磁波攻撃でウクライナ軍の無線を使用不能にした。ロシアは、携帯電話で連絡を取るウクライナ軍にフェイクニュースを流し、おびき出した場所に集中砲火を浴びせた。
2018年12月に閣議決定された防衛計画の大綱には、ハイブリッド戦争の記述が盛り込まれた。ただ、同時に決まった19年度から23年度までの中期防衛力整備計画に、十分な対応策が盛り込まれたわけではない。山下氏は「電磁波はともかく、サイバーや宇宙への対応はこれからという段階だ」と語る。
もちろん、日本政府が事態を傍観しているというわけでもない。防衛省関係者は「日本の予算が約100兆円。約33兆円の厚労省予算を削る必要に迫られているとき、5兆円の防衛予算だけ聖域になるとは思えない」と語る。陸自関係者からは「我々も危機感は持っている。OBになってから声を上げるのではなく、現役時代から取り組んで欲しかった」という声も上がる。
とはいえ、先の大戦への反省から、戦後に一貫して軍事的議論を避ける風潮があった日本で、専門的な知識を踏まえた提言は貴重と言える。防衛省防衛研究所に在籍した経験がある専門家の一人は「昔は出版社も世論の反発を恐れ、こうした書籍を扱わない社も多かった。議論が広がる契機になるのではないか」と語った。