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金与正氏、7月以来の公式発言 引き金は韓国からの「コロナ対策批判」か

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
平昌冬季五輪で韓国を訪問、南北合同チームの選手に声をかける金与正氏(右端)。左端は韓国の文在寅大統領=2018年2月10日、韓国・江陵、北村玲奈撮影

康外相が5日にした発言は、厳格な防疫措置を続ける一方で、新型コロナ感染者がいないとする北朝鮮の主張を疑問視したものだった。与正氏は8日の談話で「凍り付いた北南関係にさらに冷たい冷気を吹き付けようと躍起になっている」「(康外相の発言を)正確に聞いた。いつまでも記憶する」などと述べ、韓国を非難した。

新型コロナについて北朝鮮は今年1月末、国境を閉鎖するなど、極端な防疫措置を取っている。11月28日の国情院報告によれば、中朝国境地帯の両江道恵山市で同月初めに密輸事件が発覚。北朝鮮当局は同市のほか、首都平壌でも閉鎖措置が取られた。

金正恩党委員長は新型コロナへの無知や過度な恐怖から、不合理な指示を連発している。防疫措置が不十分だったとして幹部を処刑したケースもあった。国情院が11月3日の国政監査で行った説明によれば、北朝鮮は新型コロナの影響で「30万人が死ぬか、あるいは50万人も死ぬかもしれない」とした文書も作成していたという。

情報関係筋の一人は、金与正氏が発言した理由について「韓国が、新型コロナに対する防疫措置を批判したからだろう」と語る。「北朝鮮の措置は正恩氏の指示としか理解できないほど度を超している。防疫措置への批判は、正恩氏に対する批判だから、与正氏の名前を使って激しく反発する必要があったのだろう」

それほど、北朝鮮の防疫措置は常識を越えている。エイブラムス在韓米軍司令官は9月のシンポジウムで、北朝鮮が中朝国境まで1~2キロの地域に緩衝地帯を設けて、無許可で接近する人を射殺する命令を出したと明らかにした。密輸を取り締まる狙いとみられる。北朝鮮は最近、この地帯に地雷も埋設したという未確認情報もある。

中朝国境の鴨緑江をわたる大動脈「中朝友誼橋」(写真左)。向こう側が北朝鮮=2020年7月、中国・遼寧省丹東から、平井良和撮影

コロナ禍のなかで、北朝鮮は世界と同じように経済に影響を受けているのだろうか。

11月28日の国情院報告によれば、北朝鮮貿易の9割以上を占める中国との貿易が、1~10月で5億3000万ドル(約550億円)にとどまり、前年の4分の1に落ち込んだ。中国からの輸入に頼る砂糖の価格は今年初めに6千ウォンだったが、現在は2万7600ウォンまで高騰しているという。

国情院は国会報告で、国境閉鎖の影響から原材料や設備の輸入がままならないため、北朝鮮の産業活動が、2011年末に発足した金正恩体制下で最低水準にまで落ち込んだと説明した。水害や国際社会の制裁も加わった「三重苦」のなかで、北朝鮮メディアも「最悪の逆境」「残酷な激戦」「前代未聞の苦しみ」など、危機を訴える表現を乱発している。

しかし、世界各国と同じような苦しみを味わっているのは、北朝鮮の一般市民だけのようだ。

別の情報関係筋によれば、10月末ごろから北朝鮮の通貨ウォンの価格が上昇している。それまで実勢レートで1ドルが8千ウォン余りだったが、現在は6千ウォン余りまで上がったという。関係筋は「国境封鎖の影響で外貨が不足していると聞いている。市民が外貨を求めれば求めるほど、ウォンの価値は下落するはずなのに、逆に上昇するとは」と驚きを隠さない。

日米韓など関係政府はこの奇妙な兆候について「当局のコロナ対策の結果だろう」と分析している。すなわち、市民が外貨を持っていれば、当局が禁じた密輸に手を染める可能性がある。北朝鮮当局は密輸でコロナ感染が広がる可能性があると判断。密輸を防ぐために外貨の使用を禁じたため、市民の間でドルを含む外貨の需要がほとんどなくなったという分析だ。関係者の1人は「北朝鮮当局が市場介入しているのは間違いないだろう」と語る。

国情院は11月28日の国会報告で、平壌の大手両替商が処刑されたと説明した。関係筋の1人は「外貨の利用を許さない当局の市場介入に従わなかったためだろう」と語る。

ただ、北朝鮮という国全体が外貨を求めなくなったわけではない。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは7日、米政府の分析として北朝鮮が今年1~9月に中国へ石炭410万トンを輸出したと報じた。市場価格で4億ドル相当の数量だ。今年4月に発表された国連安全保障理事会の北朝鮮制裁専門家パネルの報告書によれば、北朝鮮は19年1月から8月の間に、石炭370万トンを中国に輸出している。

北朝鮮はこのほか、河川の土砂を中国に輸出しているほか、中ロ両国に残る海外派遣労働者の収入、サイバー攻撃、美術品の取引などによって外貨を得ているという。

カンボジア・シエムレアプに北朝鮮が作った「アンコールパノラマ博物館」。アンコール王朝の歴史を表現した「パノラマ画」は63人の北朝鮮の画家が描いたという=佐々木学撮影

北朝鮮当局が得た外貨は、金正恩氏らロイヤルファミリーの生計用、高位層に忠誠を誓わせる代わりのプレゼントとしての高級時計や酒などの購入費、国威発揚事業に必要な外国製品の購入費などに充てられている。

関係筋の一人は「結局、外貨不足で苦しんでいるのは一般市民だけ。正恩氏ら高位層にはまだまだ余裕があるとみた方が良いかもしれない」と語った。