■「お金がないと、夢も決められない」
名古屋港の入り口に立ち並ぶ海運業者の倉庫や中小企業の工場を横目に車を走らせると、のどかな田園風景の中に温水プールや図書館などが入った立派な施設が見えた。1996年に愛知県飛島村にできた住民自慢の施設だ。隣には村立の小中一貫校のピカピカの校舎。そこから少し離れた平屋の工場を訪ねると、日が暮れた後も機械音が響いていた。
「トビシマ製作所」では、約20人の従業員のうち、4人のベトナム人が外国人技能実習生として働いている。通常の勤務は午前8時半~午後5時半だが、この日は残業が続いていた。鉄やアルミを淡々と機械にはめ込み、スイッチを入れる単純作業。加工された大小さまざまな部品は、冷凍トラック用の大型エアコンに使われている。
飛島村は住人が5000人に満たない小さな村だが、人口に占める技能実習生の割合が約6%と全国の市町村で最も高い。一方で、企業がもたらす固定資産税が村の財政を潤す「日本一リッチな村」でもあるが、村の豊かさの一端を担う彼らの暮らしは質素だ。
午後7時、終業のチャイムが鳴ると、ハー・ミン・ティエンさん(23)が片言の日本語で「お疲れ様でした」と言って笑顔を見せた。向かった先は、同じ敷地内にある2階建ての一軒家。4人が共同で暮らし、それぞれ6畳ほどの個室もある。
ベトナムにいる恋人とスマートフォンのビデオ通話で少し話すと、「ご飯を作るからまた後で」。慣れた手つきで豚肉を切り、鍋を火にかけた。仕事で疲れても外食はしない。週に一度、自転車で20分ほどのスーパーで買い出しし、昼と夜の食事を交代でつくる。
実習生の多くは、ベトナムの送り出し機関への手数料などで100万円程度の借金を抱えて来日する。彼らを企業に紹介するのは監理団体と呼ばれる仲介組織。国の認可を受けた非営利団体で、企業を監督する役割も担う。トビシマ製作所は毎月、実習生1人あたり3万8000円の監理費を払っている。
給料の手取りは残業が多い月でも18万円ほどで、食費など生活費に2万~3万円かかる。4人とも借金はすでに返済済みだが、家族への仕送りと預金のために生活費はできるだけ切り詰めている。休日も疲れた体を癒やすだけ。日本語の問題もあって日本人と付き合う余裕はなく、買い物以外で敷地の外に出ることはほとんどない。
「いっぱい食べてね」。そう言ってティエンさんがごちそうしてくれた。この日のメニューは豚肉の炒め物と卵焼き、ゴーヤの肉詰め。いずれも味の決め手はナンプラー。とてもおいしく、ご飯が進んだ。
食事中、ティエンさんが地元の話を始めた。インフラが整い始め、地価の上昇が続いているという。「いつか不動産業で起業したいんだ」と目を輝かせた。
一緒に食卓を囲んだチャン・ヒュー・フアンさん(24)も、ぽつりぽつりと家族のことを話してくれた。
4人きょうだいの一番上。両親はゴムの木の伐採を仕事にしているが、給料は安い。「僕が家族を支えないと」と、4年前、日本行きを決断した。いまの彼らにとって、実習生の仕事は「大金」を稼ぐ唯一のチャンスと言える。将来の夢を聞くと、「まだわからない。だって、お金がないと夢も決められないでしょう」。
■「支援は事業所が行うもの」距離置く行政
飛島村で実習生が目立ってきたのは10年ほど前。トビシマ製作所の伊藤秀樹社長(68)は「日本人を雇ってもすぐに辞めてしまう。実習生なら『期間限定』だが、安定した労働力。給料も安く上がる」と説明する。名古屋に近い立地だが、地元の若者が村を出て行き、後継者不足が深刻になっている面もある。
法務省の統計によると、昨年末時点で村に住む実習生の数は297人。主に中小企業や農家で働く。収入を支出で割った村の財政力指数は2018年で2.18と全国の自治体で唯一2を超す。地方財政に詳しい成蹊大の浅羽隆史教授(55)は「企業から多額の税金が入る一方、人口が少ないから『リッチ』になる。2.18という指数は考えられない数字だ」と話す。元村長の久野時男さん(73)は「もはや実習生に頼らないと中小企業や農家はやっていけない。これからもっと必要になる」と確信している。
ただ、実習生と村民の交流はほとんどない。村は実習生ら外国人の生活支援に消極的。外国人向けの相談窓口もない。加藤光彦村長(63)は「基本的に実習生の支援は事業所が行うもの。村はどこに住んでいるかも把握していない」。
村民の視線も温かいものばかりではない。特に問題なのが農産物の盗難事件の影響だ。匿名で取材に応じた主婦(55)は自宅で栽培するスイカなどを盗まれた経験がある。「このあたりは、どこもとられたことがある。おそらくはそう(外国人)でしょう」と疑う。証拠はないが、不信感が広がる。村は「安心カメラ」という名の防犯カメラを50台設置し、19年から運用を始めた。
実は、こうした飛島村の姿は、全国の状況にも重なる。少子高齢化で働き手が減り、最近は実習生や留学生も含めた多くの外国人労働者が私たちの暮らしを支えている。スーパーやコンビニで冷凍食品が手軽に買える日常も、ティエンさんらがつくる部品が支えの一つになっている。だが、その実態は見えにくい。
翌日ティエンさんやフアンさんに再び会いに行くと、「こんにちは」とあいさつしてくれた。休憩中は、好きなゲームや恋人、将来の話で盛り上がった。4人の日本語はつたないが、その場はまるで日本の友人と話している時のようだ。彼らの笑顔を見ながら、心の距離が少し縮まったのを感じた。
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