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中国が新型コロナの「ワクチン外交」で狙う影響力拡大の野望

ニューヨークタイムズ 世界の話題
A display shows vaccine products of Sinovac Biotech during a government-organized media tour showcasing the company's development of a coronavirus disease (COVID-19) vaccine candidate in Beijing, China, September 24, 2020. REUTERS/Thomas Peter
北京に拠点を置くワクチンメーカー「科興控股生物技術(Sinovac Biotech)のワクチン=ロイター。バングラデシュで治験が行われているという

フィリピンは、中国の新型コロナウイルスのワクチンをいち早く入手できるようになるだろう。ラテンアメリカやカリブ海の国々はワクチンを購入するために10億ドルの融資を得る予定だ。バングラデシュは中国企業から無料で10万回以上のワクチン投与を受けるだろう。

中国が一般向けの安全なワクチンを大量に生産するのはまだ数カ月先のことになる可能性があるが、それはどうでもいい。中国は、ワクチン開発の見込みを活用して、傷ついた国家関係を修復し、国益にとって重要とみなす地域での友好国との関係を一層緊密にするために攻勢をかけているのだ。

たとえば、長い間、北京を警戒してきたインドネシアの例をみてみよう。中国の最高指導者、習近平(シー・チンピン)は9月初旬、インドネシア大統領のジョコ・ウィドドに電話でこう断言した。「中国はワクチン協力におけるインドネシアの懸念とニーズを真剣に受けとめている」

中国外務省の声明によると、習近平はワクチン開発における中国とインドネシアの協力を、両国関係の「新たな輝かしい焦点」として歓迎。「中国はインドネシアと共に、新型コロナとの対決で連帯していく」と習近平は約束した。

中国は、先に世界各地にマスクや人工呼吸器を出荷したことに加えてワクチン協力を公約したが、それは米国が地球規模のリーダーシップから退く中で、責任あるプレーヤーとして地位を確立する助けになる。中国政府のそうした動きは、昨年12月に新型コロナが中国で最初に出現した当初の失敗の責任を負うべき政権与党・共産党に対する非難の回避にも役に立つ可能性がある。

ワクチンを開発して、より貧しい国々に届ける能力は、中国がポスト・パンデミック(感染症の大流行後)の新しい世界秩序における科学的リーダーとしての台頭を示す強力なシグナルでもある。

習近平は、中国が自国内で開発したワクチンを地球規模の公共財にすることを宣言したが、同政権は詳しいことはほとんど明らかにしていない。

中国は長い間、グローバルヘルス(国際保健)への貢献が国家のソフトパワーを構築する機会とみてきた。

中国首相の李克強(リー・コーチアン)は8月、中国が東南アジア諸国の壊滅的な干ばつの一因になったとする非難を和らげるためにタイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの当局者と会談した。同首相はまた、中国のワクチンを提供することも申し出た。この提案は好評を博した。

中国の強力な支持者のカンボジア首相フン・センは、同じ首脳会談でのスピーチで、「ワクチン生産における我々の友邦である中国の努力を高く評価したい」と述べ、中国政府を持ち上げた。

中国が米国と影響力を競い合っているフィリピンでは、大統領ロドリゴ・ドゥテルテが7月、習近平にワクチンの支援を「お願いした」と国会議員に語った。ドゥテルテは、南シナ海の(一部の島々に対する)主張をめぐって中国とは対決しないとも述べた。

その翌日、中国の外務省の報道官、汪文斌(ワン・ウェンビン)は、中国はフィリピンにワクチンへの優先的なアクセス権を与える用意があると語った。

中国の指導者たちは、アフリカ、ラテンアメリカ、カリブ海、中東、南アジアの国々に同じような申し出を行った。そこは中国が影響力の拡大を狙っている地域である。

「中国で新型コロナワクチンの開発と実用化が完了した際には、アフリカ諸国は最初にその恩恵を受ける地域に含まれることを約束する」と習近平は6月、アフリカ諸国の指導者たちとの会談で語った。メキシコ政府によると、中国外相の王毅(ワン・イー)は7月、中国はラテンアメリカとカリブ海の国々に対し10億ドルのワクチン融資をすると約束した。

中国は、ワクチンを公共財として提供するとぶち上げたが、あくまでも独自の条件でそれを行う決意らしい。中国は、新型コロナウイルスワクチンの公平な分配を各国に支援することを目的にした世界保健機関(WHO)が支えるメカニズム「Covax」に参加するつもりがあるかどうかについては押し黙ったままだ。

中国がワクチンの開発競争に勝利するとすれば、その成功は上記の国々のいくつかのおかげである。そうした国々は、中国のワクチンメーカーに被験者として人体を提供することでワクチン開発に欠かせない役割を果たしてきたからだ。

中国の製薬会社は、海外で研究を進めてきた。中国内では新型コロナの発生が何カ月も制御されているためだ。

バングラデシュでは、北京に拠点を置くワクチンメーカー「科興控股生物技術(Sinovac Biotech)」が首都ダッカの医療従事者4200人を対象にワクチンの治験を行っている。この治験の実施を支援しているバングラデシュの「国際下痢性疾患研究センター(ICDDR)」事務局長の博士ジョン・クレメンスによると、中国の会社はバングラデシュに11万回以上のワクチンを無料で提供することに同意している。

それは、アジア最貧国の一つであるバングラデシュの全人口1億7千万人のわずかな部分でしかない。バングラデシュの人たちは、中国の臨床実験への参加にもかかわらず、その成果が同国民の大半の手には届かない価格になる可能性があることを懸念している。

中国外務省は、中国はワクチン供給の独占体制づくりをしないと強調している。国営の報道機関は、中国がワクチンを外交手段に使っているとの非難も退け、政府の支援を受けた学者たちはワクチンの提供は利他主義によるものと主張している。

「当然、ひも付きにはならない」と中国国際問題研究院(CIIS)の副院長、阮宗澤(ロワン・ツォンツォー)は言う。「それは地球規模の公共財になるのだから、何であれ条件を追加すれば相手側からの疑念を生む」

しかしながら、中国はすでに、そうした問題に直面する国々や中国政府が勢力圏に侵入してきたとみる地域主要国の懸念を招いている。

中国はネパールで、セメント会社の従業員500人を対象に治験を実施したいと考えているが、ネパールの政治家たちはワクチンの安全性と透明性の欠如に疑問を呈している。

南アジアにおける中国政府の意図を警戒するインドは、中国によるバングラデシュとネパールへのワクチンの申し出に反応して、そうしたインドの同盟国にワクチンを提供するとの独自の約束で対抗した。

一部の国々には、中国に代わる選択肢がほとんどないかもしれない。

インドネシアは、1620人を対象にしたSinovacによる治験の最終段階に着手し、新型コロナのワクチン原液5千万回分について同社と協定を結んだ。インドネシア国営のワクチンメーカー「PT Bio Farma」が国内生産することを認める協定だ。

「疑念を抱くべきか、感謝すべきなのか?」。インドネシア・イスラム大学の学者でインドネシアにおける中国の外交政策を研究しているムハンマド・ズルフィカル・ラクマットは問いかけ、こう答えた。「私は両方だと思う」(抄訳)

(Sui-Lee Wee)©2020 The New York Times

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