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バイデン氏が明言した「尖閣に安保条約適用」にまつわる誤解を解く

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
尖閣諸島=2013年5月、沖縄県石垣市、朝日新聞社機から、遠藤啓生撮影

11月12日、菅義偉首相はアメリカの次期大統領就任がほぼ確実となった前副大統領バイデン氏と電話会談を行った。その際バイデン氏は、沖縄県・尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象であると明言したため、日本では「次期アメリカ大統領がアメリカによる尖閣の防衛義務を確約した」との報道がなされている。

これまでも、オバマ政権下でのクリントン国務長官(11年1月)、オバマ大統領(14年4月)、そしてトランプ政権下でのティラーソン国務長官(17年2月)、マティス国防長官(17年2月、同年10月)、そしてトランプ大統領(17年2月)が、上記のような尖閣諸島に関する「防衛義務」を公言してきた。

■米高官の”表明”は抑止にならない

しかし、こうしたアメリカ高官による「確約」は、尖閣防衛上、どれほどの意味があるだろうか。添付したグラフは、海上保安庁がまとめた中国公船による尖閣周辺の日本領海内侵入と日本の接続水域内航行の推移に、アメリカの高官が「防衛義務」を公言した日時を重ね合わせたものである。この図を見れば、日本政府が米高官に防衛義務を口にしてもらうことによって、アメリカの「虎の威」を用いて中国を牽制(けんせい)しようとする手段は、全く功を奏していないことが一目瞭然である。

中国公船の尖閣諸島周辺への侵入件数

むしろ、筆者周辺の米海軍高官や日米安保条約を熟知している法律家を含む米海兵隊関係者たちからは、「日本では悪しき前例を打破することを標榜(ひょうぼう)している新政権が誕生したにもかかわらず、尖閣問題に関しては歴代政権と何ら変わらないのか?」といった批判が寄せられている。

すなわち、日本政府は
(1) アメリカ政府当局者に「尖閣諸島は日米安全保障条約第5条の適用範囲である」と明言してもらう。
(2) 日本のメディアに「アメリカによる日本防衛義務を定めた日米安保条約第5条が、尖閣諸島に適用されることを、アメリカが確約した」といった報道をさせる。
(3) 日本国民に「尖閣問題で中国が武力を行使した場合には、アメリカ軍が中国軍を撃退し、日本を救援してくれる」という印象を植え付ける。
という「お決まりの尖閣対策」を繰り返している、というのである。

米軍関係者らは「日本政府は、日米同盟の強化という美名の下にアメリカに頼り切る姿勢を示すことによって、尖閣周辺の警戒態勢を目に見える形で強化したり、国防予算を対中防衛に必要な最低限度まで増額したりするといった日本自らの防衛努力を果たそうとしない姿勢を続けるつもりなのか?」と批判している。

■日米安保条約第5条に書かれていること

本コラムの過去記事でも取り上げたことがあるが、日米安保条約第5条は北大西洋条約(NATO条約)第5条とは異なり、日本人がイメージするような、アメリカによる「日本防衛義務」を定めているわけではない。

条文では日米両国は「(日米)共通の危険に対処する」とは謳っているものの、そこからは「尖閣問題で中国が何らかの武力を行使した場合、アメリカ第7艦隊や第3海兵遠征軍が先鋒(せんぽう)を務める米軍部隊が中国侵攻軍を撃破して、日本の危機を救う」といった意味合いにおける「日本防衛」は、直ちには想起され得ない、と日米安保条約に精通している米軍関係者たちは指摘する。

確かに日米安保条約第5条に基づいてアメリカ当局が実施しなければならないのは、同盟国の日本が直面している情勢を把握・分析しつつ、アメリカ合衆国憲法や国内諸法令に基づく様々な手続きにのっとって、「どのように対処するのか」を決定するところまでである。そして、そのようなアメリカ当局による意思決定の内容――例えば、日本に援軍を派遣し、中国と戦争に突入する▽日本に武器弾薬の供給は行うが、中国軍との直接対決は避ける▽日本には軍事的情報を可能な限り提供するのにとどめる――までが、第5条によって規定されているわけではない。

上記の米軍関係者たちは以下のように指摘する。

「ほとんどのアメリカ国民がその名を聞いたこともない、ちっぽけな岩礁のような尖閣諸島を巡って中国と日本が軍事衝突に立ち至ったからといって、核戦争へと発展しかねない米中戦争を覚悟してまで日本のために中国侵攻軍と戦闘を交えることなど、アメリカ政府や連邦議会が許容するはずはない、ということは、日本政府の当局者は承知しているはずだ」

尖閣諸島沖の接続水域で中国公船(右から2隻目と3隻目)や灰色の漁船を警戒する海上保安庁の巡視船(左)=2016年8月、海上保安庁提供

■日本の自主努力が不可欠

日米安保条約第5条の問題以上に米軍関係者が危惧しているのは、日本政府に自主防衛の意思が見受けられない点である。

中国が尖閣諸島の実効支配状態を手に入れようとするにあたって現実的な障害となり得るのは、アメリカ当局者による実現性の乏しい対日口約束ではなく、日本政府自らによる尖閣防衛努力--例えば、魚釣島に測候所や灯台を設置する対策(本コラムの過去記事)--である。いかなる形態によろうとも目に見える形での自主防衛努力を欠いては、領域紛争には勝ち抜くことができないことを肝に銘じねばならない。