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「私の一票、分割できたら……」本気で実現を目指す大学生ベンチャー

World Now 更新日: 公開日:

選挙で政治家や政党を選んでも、自分の意見を十分にくみ取ってもらえない。そんな代表民主制の「弱点」を補う新形態の一つとして、いま「液体民主主義」という考え方が注目されています。液体……なんのこっちゃ? 従来の民主主義といったい何が違うんだ? この理念を日本に根付かせようと、大学生がベンチャー企業を立ち上げたと聞いて、早速、会いに行ってきました。(玉川透、イラストレーション:坂之上正久)

8月下旬、東京・渋谷の商業ビルの一角にある、おしゃれな共同オフィスを訪ねると、慶応大学に在学する栗本拓幸さん(21)が迎えてくれた。学生仲間5人と2月に設立した合同会社「Liquitous(リキタス)」の代表を務める。

あのー、そもそも液体民主主義って、何でしょうか? 父親ほども年の離れた私の素朴な質問に、栗本さんは丁寧にこたえてくれた。基本的な発想はこうである。選挙で有権者が投じるのは1票だけど、それぞれ考えていることは複雑だ。たとえば、年金問題ならA党の主張に近いけれど、原発政策だったらB党……。そんな風に政策ごとに意見は分かれがち。すべてが一致することなんてまずない。だったら、それぞれの政策に賛成できる度合いに応じて、1票をA党に0.7票、B党に0.3票といった具合に振り分ける。そんなことができないか。

あるいは、自分の投票権そのものを他人にまるごと「委任」するという手もある。原発なり社会保障なり、課題ごとに見識のありそうな、信頼する人に自分の票を預けるのだ。もし万一、その人が選択を誤ったと後になって判断すれば、その時点で取り消すこともできる。

合同会社「Liquitous(リキタス)」の代表で、慶応大学在学中の栗本拓幸さん=2020年8月、東京都内、玉川透撮影

うーん。その名の通り、まるで「液体」のような柔軟さだなあ。発想そのものはとても興味深いけど、実際にできるんでしょうか?

「ちょっと昔なら無理だったでしょう。でも、今はテクノロジーの発達で、それが可能になりつつあるのです。ヨーロッパを中心に専用のソフトウェアがすでに開発されており、スウェーデンやドイツで試行例もあります」と、栗本さんは言う。具体的には、2000年代に入ってすぐストックホルム郊外の地域政党デモックスがいちはやく始め、ドイツなどの新興政党「海賊党」も党内の意思決定に採用した。その後、ドイツ連邦議会の部会で市民参加のツールとして使われたという。

リキタス社は今、自社オリジナルのソフトウェアを開発中だ。スウェーデン発の「VoteIT」などからヒントを得ながら、独自開発により日本社会で使いやすいソフトウェアをめざしている。栗本さんにデモ画面を見せてもらうと、棒グラフや円グラフが並ぶ。いつ誰が、どんな議題を設定し、構成員による対話・議論の後に投票にかけ、何人が票を投じ、賛成・反対し、他人に委任したか――。そうしたデータをリアルタイムで可視化させるという。

■選挙事務所は「体育会系」

だんだん、イメージがつかめてきたけれど、熱心に説明してくれる栗本さんの顔を見ているうちに、もう一つ疑問が浮かんだ。日本の若者って、政治に関心が薄いと言われるけど、彼はどうして、そこまでやろうと思ったのだろうか?

まさにそれが理由だった、と栗本さんは言う。共働きの両親の下で育った栗本さんは、幼い頃から一人遊びが得意だった。あるとき、家にあった世界の国々を紹介した百科事典を見て、各国の国旗がたくさんあることに驚いた。「自分にも国旗が欲しいな、と思ったのが最初のきっかけでした。その延長で、国旗を作るなら、どんな国か決めなくちゃいけないと、百科事典に載っている王国、共和国がどんな意味なのか、といった具合に調べ始めました」

米ニューヨークの国連本部。加盟国の国旗が並ぶ=2020年9月、藤原学思撮影

小学校に入ると、その興味はさらに広がった。小学4年の時、友達と「会社ごっこ」を始めた。見よう見まねで画用紙を切り抜いて名刺を作ったり、何時から何時まで働くことにしようなどと会社のルールを作ったりして遊んでいた。「結局、僕の関心は直接的な政治・政局というよりも、複数の人が集まって、会社や組織、この世界がどのように動いているんだろうな、ということにあったんだと思います」

神奈川県の中高一貫校に進学すると、生徒会活動にのめり込んだ。折しも2016年、公職選挙法改正で18歳選挙権が導入された。当時メディアはこの話題で持ちきりだったのに、周囲の同級生たちは驚くほど冷めていた。

「みんな、民主主義という言葉が出るだけで、なんとなく身構えてしまう感じでした。それで、よくよく考えてみると、民主主義って、学校で大事だって教わってきたけど、実際は私たちの日常生活から遠いものなんじゃないか。民主主義って私たちの生活から孤立しているんじゃないか。そう思うようになりました」

大学に進学し、19年夏の参院選で与野党の選挙事務所を手伝ってみて、あらためて思った。「若者が政治から離れるのも当然だ」

スタッフ約20人で一斉に電話作戦。若者がひとりもいない所に街宣車を走らせ、候補者の名前を連呼して、ひたすら手を振る。そんな風景を見ているうちに、「体育会系」という言葉が浮かんだ。

そんなとき、液体民主主義を知った。「これなら、もしかして、世の中を変えられるかもしれない」。本格的に仲間を集め始めた。いまは会社の運営費や開発資金はメンバーの持ち出しだが、将来は株式会社化も見据えている。

とはいえ、開発中の自社ソフトがすぐに国政レベルで活用できるとは栗本も思っていない。「まず地域コミュニティーや企業など身近な組織で液体民主主義を実践してもらい、徐々に広げていきたいと考えています」

■民主主義のバージョンアップは可能か?

彼らと同じ世代の頃、自分が何を考えていたか。あらためて思い起こしてみた。就職、恋愛、身近な人間関係、アルバイト……そんなこんなで頭の中はいっぱい。政治の入り込む余地はなかった。社会に出た今だって、家族のことや日々の仕事に追い回されて、似たようなものだ。それに比べたら、液体民主主義の実践を本気で考えて会社まで立ち上げた栗本さんたちの意欲と行動力には、敬意を表したいと思う。

その一方で、液体民主主義には危うさを指摘する専門家の声もあるので、ご紹介しておこう。高千穂大学の五野井郁夫教授(41)は液体民主主義について、「現状では、民意を可視化する予備投票など補助的手段にとどめておくべきではないか」と語る。

高千穂大学の五野井郁夫教授=玉川透撮影

「代表する」とは何なのか。政治学では古くから議論されてきた問題だ。政治家は選挙区の「代表」ではあるけれど、選挙区民の顔色ばかりうかがっていたら広い視座で政治判断ができない。逆もしかりだ。従来のような一定の場所と期間内での投票という民主主義のあり方が変容を迫られている、と五野井氏は指摘する。

テクノロジーで瞬時に民意を反映する液体民主主義は、その壁を越える可能性を秘めているかもしれない。それでも、と五野井氏は言う。「民意が瞬時に伝わる分、賢慮を欠き、ポピュリズムに陥りやすい。我々の主権者意識は、最新ツールを使いこなせるほどにはまだ高まっていない、私はそう思います」

従来の民主主義のシステムそのものを、根本から変えるべきだという意見もある。米イエール大学助教授の成田悠輔氏(34)が推奨するのが、「無意識」「データ」民主主義だ。

ビッグデータはビジネスでは常識になりつつある。テクノロジーの急進で、大多数がどんな行動をとるのか、何を望んでいるのかを把握できるようになってきた。SNSなどを通じて集めた膨大な個人情報から、人々の無意識の行動や志向を把握し、人工知能(AI)で分析する。それをビジネス分野だけでなく、政治の世界にも応用し、政策の目的や方向性を定めるのに活用できないか。そんな議論が世界で盛んに行われている。

米イエール大助教授の成田悠輔氏=本人提供

そもそも人間は、感情や欲望、世論に流されやすい生き物だ。そんな不安定で近視眼的な意思決定が選挙にそのまま反映されるのが最大の問題ではないか。成田氏はそう考えている。

さらにテクノロジーが発達すれば、SNSだけでなく、街頭に設置された監視カメラなどから24時間、365日、あらゆる方法で集められたデータを元に、人々が無意識に望むものをAIが見極め、政策に反映させる。そんな未来も予想できると、成田氏は言う。

なるほど。でも、だんだか、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する、「ビッグブラザー」が国民を監視する国みたいで、背筋が寒くなるなあ。

半信半疑の私に、成田氏はこう説いた。「SFのように聞こえるかもしれませんが、つい1000年前は国単位の選挙だってSFに聞こえたはずです。さらに情報環境やテクノロジーが進化すれば、今すぐは無理でも、数十年から百年単位で、民主主義のアップデートが可能になると思います」