きっかけとなるウイルスは1992年、英国ブラッドフォードの病院で見つかった。大きさが500ナノメートル(ナノは10億分の1)、まわりの繊維状の部分を含めると800ナノもあり、ウイルスとしては並外れて大きかったため、当初は細菌だと思われていた。
しかし、細菌にとって必須の遺伝子がなかった。電子顕微鏡で観察すると、正二十面体の形をした昆虫などに感染するイリドウイルスにそっくりだった。詳しく解析をしたところウイルスだとわかり、仏地中海大(現エクス=マルセイユ大)と仏国立科学研究センターのグループが2003年に発表。細菌に似ているウイルス、英語の「ミミック(似る)」から「ミミウイルス」と名付けられた。
ウイルスはこれまで内部に遺伝情報を含むたんぱく質の殻でできた「モノ=無生物」で、宿主にとりついて最少の遺伝子でひたすら自分のコピーをつくるだけの存在だと考えられていた。だが、遺伝子をたくさん持っている巨大ウイルスは複雑な機能を備えた「生物」に近い特徴を持っていても不思議はない。
当時仏国立科学研究センターにいた、緒方博之・京都大教授(52)らがミミウイルスのゲノム解析に取り組んだところ、塩基対が120万もあった。遺伝子の数も1000個あり、100個以下の通常のウイルスと比べてケタ違いに多かった。緒方は「まったくの予想外」だったと当時を振り返る。しかも、半分以上はわけのわからない遺伝子だった。
ミミウイルスを発見したグループはその後、巨大ウイルスを次々と見つけていく。13年にはミミウイルスの2倍の大きさ、約1マイクロメートル(1ミリの1000分の1)の「パンドラウイルス」、14年にはシベリアの永久凍土からさらに大きい1.5マイクロの「ピソウイルス」を見つけた。大きさだけでなく、構造もより複雑だった。
スウェーデンのウプサラ大の岡本健太研究員(37)は、ピソウイルスの3次元構造を解析して17年に発表。電子顕微鏡で見るとつぼのような形をしていた。コルクのフタのような構造があり、内部には膜で仕切られた空間もあり、DNAが膜で覆われているように見えた。外見は細菌のようだが、内部の構造は細菌よりも複雑にすら見えた。
岡本は「小さい中に様々な宿主に対応するための機能が詰まっているのがウイルスだと思っていた。しかし、巨大ウイルスはわからないものをたくさん詰め込んでいて複雑すぎる」という。
巨大ウイルスは次々となぞを突きつける。ウイルスはたんぱく質の合成装置がないため、宿主の装置を使うことで増える。ところが、巨大ウイルスの中にはこの合成装置にかかわる酵素をもち、それを使うものもいる。ミミウイルスは免疫システムのようなものまで備えている。
日本でも巨大ウイルスが見つかっている。北海道で見つかった「メドゥーサウイルス」はアメーバに感染し、アメーバと遺伝子をやりとりしているらしい。中でも注目されたのは、この巨大ウイルスが、人などの真核生物がDNAを折りたたむ時に使う重要なたんぱく質にかかわる遺伝子をもっていたことだ。緒方によると、その起源は真核生物より古く、巨大ウイルスが真核生物に遺伝子を渡した可能性があるという。
このウイルスの構造を解析した生理学研究所准教授の村田和義(52)は「ウイルスはもともとはたくさん遺伝子をもっていて、進化の過程で不要なものを捨てて小さくなっていったのではないか」とウイルスの起源を想像する。一方で、宿主から遺伝子を奪い取って巨大化していったという逆の説もある。
巨大ウイルスの発見は、世界中の研究者にウイルスの起源と生命の進化をめぐるなぞを突きつけた。