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世界の人工衛星は今、北朝鮮の何を見ているか

北朝鮮インテリジェンス
平壌で2020年8月6日、朝鮮労働党中央委員会の政務局会議で司会をする金正恩・党委員長。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

安全保障の分野は従来の陸海空に加え、サイバーと宇宙が加わった。軍事衛星は今や宇宙分野の安全保障に欠かせない存在だが、その歴史が始まったのはわずか半世紀ほど前に過ぎない。

情報収集衛星などを載せ、2007年2月24日に鹿児島県種子島の宇宙航空研究開発機構種子島宇宙センターから打ち上げられた国産のH2Aロケット12号機

T34戦車。旧ソ連で開発され、第2次世界大戦や朝鮮戦争で活躍した。ソウルの戦争記念館にも展示されている北朝鮮の旧主力兵器だ。韓国政府も、1960年代末には全て退役したと分析していた。U2やSR71といった高高度偵察機が撮影した写真がT34戦車を捉えなくなったからだ。

ところが、1970年後半に情報収集衛星が実用化されると、情報の世界に変化が起きた。当時、韓国中央情報部(KCIA)で北朝鮮分析にあたっていた康仁徳(カン・インドク)元統一相はある日、1枚の衛星写真を見て驚いた。

北朝鮮の東西の海岸沿いに、T34戦車がずらりと並んでいた。数は200両以上あった。北朝鮮は旧式の戦車を海岸砲代わりに使っていた。「北朝鮮は沖縄の在日米軍基地から高高度偵察機が発進すると、その無線連絡を傍受してT34戦車を隠していた」という結論に達した。

康氏によれば、米国は現在、北東アジアに9機の情報衛星を配備し、一機あたり毎日18回、朝鮮半島上空を飛行している。地表にある大きさ30センチ程度の物体も識別できるという。日本も地上の物体をカメラのように撮影する光学衛星2機と、夜間や曇天でも地上を撮影できるレーダー衛星4機を運用している。民間の商業衛星を使った分析も盛んに行われている。

2019年12月、米ミドルベリー国際大学院モントレー校不拡散研究センターのジェフリー・ルイス博士が京都市の立命館大学で講演した。ルイス博士は北朝鮮の軍事開発の分析の第一人者として知られる。

2019年12月、京都市の立命館大学で講演するジェフリー・ルイス博士=牧野愛博撮影

スクリーンに、米プラネット・ラボ社の衛星が撮影した北朝鮮・平安南道(ピョンアンナムド)東倉里(トンチャンリ)にある「西海(ソヘ)衛星発射場」の写真が映し出された。同社の衛星は1日2回、東倉里の写真を撮影している。

2019年12月5日、コンクリートパッドの上に、長さ10メートルほどの輸送用コンテナが置かれていた。時間を置かず、多くの車両も出現した。8日、赤外線を使った衛星写真は、施設内にあるエンジン燃焼実験場付近の樹木が広い範囲にわたって焼け焦げている様子を捉えた。

朝鮮中央通信は8日、西海衛星発射場で7日午後に「非常に重大な実験」が行われたと報じた。ルイス博士は衛星写真の分析から「ロケットエンジンのテストだろう」と語った。

また、博士は18年に平安南道平城(ピョンソン)市の上空から撮影した衛星写真を紹介した。大きな記念碑が写っていた。1分後に撮影された写真と比べてみると、大勢の人が記念碑に向けて歩いている様子がわかった。

そこは17年11月29日、北朝鮮が米国全土に到達できる大陸間弾道ミサイル「「火星(ファソン)15」(射程1万3千キロ以上)を発射した場所だった。北朝鮮当局が「火星15」発射の業績を自賛し、人々に記念碑の参拝を指示していると推測できた。

金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は18年3月、訪朝した韓国大統領府高官らに「対話が続く間、追加の核実験や弾道ミサイルの発射を行わない」と語っていた。ルイス博士は「北朝鮮はモラトリアムの間も、国内向けには核や弾道ミサイル開発がいかに重要なのか強調していた」と語る。

衛星写真が暴き出すのは軍事開発の実態だけではない。

11年12月19日正午、朝鮮中央テレビは特別放送で、金正日(キム・ジョンイル)総書記が17日朝、現地指導に向かう列車の中で急死したと伝えた。

ところが、韓国の情報機関、国家情報院は20日、国会情報委員会で、金総書記の特別列車が17日朝当時、平壌市郊外の龍城(リョンソン)駅構内に停車していたと証言した。同駅は金総書記の居宅の一つと直結している。北朝鮮が公表した死亡時刻当時、北朝鮮内の無線交信量にも変化がなかったとした。

北朝鮮にとって最高指導者の動静は最高機密にあたる。無線は盗聴される恐れがあるため、移動中など、有線が使えない非常時に限って使われる。金総書記は死亡時、居宅の一つにいた可能性が高まった。米国情報衛星や高高度偵察機の重要な偵察目標の一つが、北朝鮮最高指導者が使う特別列車だという。

そして今年4月14日。北朝鮮が日本海側で大規模な軍事演習を行った。韓国軍合同参謀本部は北朝鮮が同日朝、江原道(カンウォンド)文川(ムンチョン)付近から数発の短距離巡航ミサイルを発射したと発表した。だが、北朝鮮メディアは現在まで、この演習について一切報道していない。

日米韓の関係者は一様に首をひねった。金正恩氏が使う特別列車が14日までに、文川に近い江原道元山(ウォンサン)に移動した事実をつかんでいたからだ。演習も14日午前7時から11時ごろまで行われ、沖合の標的に向けて巡航ミサイルを数発撃った事実も把握していた。派手な演習の様子や列車が移動した事実から、金正恩氏が演習を視察する可能性は極めて高いと思われた。

金日成主席の生誕記念日の4月15日、錦繍山太陽宮殿を参拝した北朝鮮幹部ら。金正恩氏は欠席した=労働新聞ホームページから

なぜ、北朝鮮は演習の事実を発表しなかったのか。金正恩氏が視察を取りやめた可能性が高いとみられた。なぜ、やめたのか。この時点から、日米韓は金正恩氏の健康状態について本格的な情報収集活動に入った。

一方、日本は独自の情報収集衛星を使って、どのような活動を行っているのだろうか。

日本は、1998年8月に起きた北朝鮮による弾道ミサイル「テポドン」発射を受け、情報衛星導入を決定。2007年には光学衛星とレーダー衛星各2基による4基体制が整い、現在は6基体制にまで拡充した。地球上のあらゆる地点を24時間以内に撮影できる。各省庁から撮影や分析依頼を受けた内閣衛星情報センターが、優先順位をつけ、運営方法を決める。

だが、曇天になれば光学衛星は使えない。別の場所を撮影するためにカメラの角度を変えるのにも時間がかかる。各省庁は、内閣衛星情報センターで撮影の順番待ちをすることを嫌い、商業衛星を使うことが多い。センターの勤務経験者によれば、日本の情報衛星は、首相官邸の関心事項を優先して使われるケースが目立つ。

また、航空自衛隊は5月、宇宙作戦隊を新設したが、人工衛星に宇宙ごみがぶつかる危険がないかどうかを監視するのが主な任務。山口県に監視用の新レーダーが完成するのも2023年度になる。

北朝鮮が、森林やトンネルなどに隠した移動発射台を使う場合、発射地点に現れてから弾道ミサイルを発射するまでの時間は長くても30分とされる。6月の宇宙基本計画改定では、情報収集衛星を10機体制に増やすとしたが、それでも、日本の情報収集衛星だけでは把握しきれない。高高度無人偵察機、グローバルホークが自衛隊に導入されるのも、早くて来年になる見通しだ。

わずかに、日本は米国との協力に活路を見いだそうとしているが、主導権はあくまで米国にある。宇宙基本計画には、同盟国との衛星用機材の相乗り(ホステッド・ペイロード)も盛り込まれている。これは、米国が自国のGPS衛星などが中国などによって破壊された場合に備え、バックアップ用の装備を日本の準天頂衛星に搭載するよう要請した背景がある。

米国は北朝鮮の軍事施設などを撮影した衛星写真を日韓などと共有する場合がある。だが、自衛隊関係者らによれば、米国がどの衛星や偵察機を使った写真なのかを明らかにすることはない。運用の目的を秘密にするためだ。

日本は依然、情報衛星の世界の入り口に立っている状態に過ぎない。