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アゼルバイジャンとアルメニアの戦闘に、世界が振り向いた 日本も無関係でないその背景

トルコから見える世界 更新日: 公開日:
古い街並みの残る、アルメニアの首都エレバンの中心部 =2013年、河野正樹撮影

7月に衝突を起こしたのは、コーカサス地域にある国、アゼルバイジャンとアルメニアだ。軍同士が国境の街で衝突、その後も断続的に双方の攻撃が続き、少なくとも20人の犠牲者が出たとされている。きっかけは明らかになっておらず、お互いが相手側から先に攻撃して来たと主張している。

アゼルバイジャンの中には、アルメニア人が多数派を占める「ナゴルノ・カラバフ自治州」という地域があり、彼らが1980年代後半にアルメニアへの併合を求め武装闘争を開始した。やがて起きた両国間の軍事衝突はソ連崩壊後には全面戦争に発展、約3万人が犠牲となり、約100万人が難民や国内避難民になった。94年にロシアの仲介で停戦に至ったが、今もアルメニアが同自治州とその周辺地域を含むアゼルバイジャンの20%を占領している。

バクー市内とカスピ海を一望できる高台にある「殉教者の小道」。ナゴルノ・カラバフ紛争などで犠牲になった人々を偲ぶ墓標が並んでいる=2017年8月、筆者撮影

そういう衝突の歴史を抱えた両国だが、7月に衝突が起きたのは長年の係争地から北に約300㎞の両国国境地域だ。意外な場所での交戦ながら、情報が届くや大国が次々に反応。ロシアに加え、歴史的に両国の仲介に関わってきたアメリカもすぐさま、「双方の自制を求める」「即時停戦を」と呼びかけた。EUは、戦闘勃発の翌日には両外相と電話会談を行い、その後も三者会談を行うなど、積極的な仲介に乗り出した。一方、トルコだけは、「我々は常にアゼルバイジャンとともにある」と明言。間もなくトルコ国会も与野党一致の共同声明を発表し、アルメニアを非難するとともに、「領土の一体性を保障するべく、全力でアゼルバイジャンを支援する」と宣言した。

この肩入れの理由は何か。トルコ系民族が9割を占めるアゼルバイジャンは、言語もトルコ語によく似ており、両国の関係は、「一つの民族、二つの国家」と形容される。

だが、それだけではない。攻撃にさらされたアゼルバイジャン側のトブズは、ロシアを迂回し、アゼルバイジャンからジョージアを経由して、トルコに向かう天然ガスと石油のパイプラインの通り道。エネルギー資源を輸入に頼るトルコにとって、経済利益が深く関わる要衝なのだ。両国の衝突に、EUが即座に反応したのも同様の思惑からだった。カスピ海の天然ガスをヨーロッパに送る全長約3500㎞のパイプライン「南部天然ガス輸送路」はアゼルバイジャンからジョージアへ、トルコ内陸部を東から西へ横断し、ギリシャを通ってイタリアに到達する。この秋にも完成する予定だ。石油パイプラインは、アゼルバイジャンからジョージアを通り、トルコ南部の港に抜ける全長約1800km。東地中海から、ヨーロッパ市場へも送られている。仲介に入ったEUが、両国に「重要なインフラに脅威を与えてはならない」と強調したのも、エネルギー安全保障を考えた背景がある。

■「兄弟国」の隣は「絶縁国」

アゼルバイジャンの石油生産施設。自噴の停止した古い油田や自噴能力の低い油田では、地上から圧力をかけて採油する=2017年8月、筆者撮影

アゼルバイジャンとは互いに「兄弟」と呼び合う仲を維持するトルコは、隣国のアルメニアとは絶縁状態を続けている。

カスピ海に面し、石油と天然ガスを豊富に産出するアゼルバイジャンの人口は約1000万人。イスラム教のシーア派が多数を占めるが、スンニ派のトルコとは民族的にも言語的にも近く、歴史的な結びつきも深い。2018年の大統領制導入後に、エルドアン大統領が初の外遊先として迷わず選んだのも、アゼルバイジャンだった。近年は経済のほか、安全保障分野での関係も深めており、トルコ産の武器がアゼルバイジャンに積極的に輸出されている。

この「兄弟」に挟まれているのが内陸国アルメニアで、世界で最初にキリスト教を国教化した国だ。人口は約300万人だが、世界中に約1000万人のディアスポラ(離散民)がいるとされる。商才に長け経済的に成功した人が多く、それらの送金が、目立った産業をもたないアルメニア経済を支えていると言われる。

トルコとは第一次世界大戦時のアルメニア人強制移住問題を巡り、根深い歴史問題を抱えている。欧米で強い政治力を持つ「アルメニア・ロビー」の影響もあり、アルメニアの定める「アルメニア人虐殺追悼記念日」(4月24日)前後には、毎年欧米の国会や地方議会などで同問題を「ジェノサイド(民族大量虐殺)」に認定するか否かが議題になり、メディアの注目を集める。一方のトルコは一貫して「虐殺」を否定。両国の歩み寄りは見られず、隣国ながら、トルコもアゼルバイジャンも、アルメニアとは国交を持たない。アゼルバイジャンからのエネルギー輸送路は、天然ガス・石油のいずれも、アルメニアを迂回して敷設されている。 

トルコにとってさらに厄介なのは、アルメニアの背後に常にロシアがいることだ。コーカサス3国の中でも最もロシア寄りとされるアルメニアには、トルコ国境付近にロシア軍の基地もある。トルコは、ナゴルノ・カラバフを巡り、ロシアの支援を得たアルメニアが軍事的優位を保ち、停戦後も同地が事実上の「独立」を維持してきたことに対し、アゼルバイジャンとともに、強い不満を募らせてきた。 

■脱「ロシア依存」 輸入先多角化図るトルコ

アゼルバイジャンの首都バクーからカスピ海を見渡す=2017年8月、筆者撮影

トルコは、シリアとリビア両国の内戦で、ロシアと対立する勢力を支援している。だが、トルコがロシアと対峙する上での弱点の一つは、ロシアにエネルギー資源を大きく依存していることだ。

トルコエネルギー市場規制庁によると、パイプラインによるロシアからの天然ガスは2011年から17年まで、輸入量の5割以上を占めてきた。だが、ここ数年、エネルギー輸入先の多角化に努め、昨年には3割台に減少。一方で、アゼルバイジャンからの輸入は13年以降一貫して増加、昨年は過去10年間で初めて2割を超え、今年5月にはロシアからの輸入量の2.5倍に達した。

トルコは目下、供給過多で値下がりの続く液化天然ガス(LNG)の輸入拡大を図っている。13年以降、連続して輸入量は増え、今年5月にはパイプラインとLNGによる輸入量が逆転した。特に、アメリカからの輸入が増えている。

2021年には、トルコとロシア間の天然ガス長期契約が更新時期を迎える。ロシアとの交渉を有利に進めるためにも、アゼルバイジャンの存在は欠かせない。東地中海の海底資源を巡り、トルコが単独探査と掘削を行い、リビアと排他的経済水域協定を結んだのも、供給源多角化の一環でもある。こうした状況は、「この地域におけるロシアのエネルギー一強時代に幕を引く可能性を孕んでいる」(トルコ紙)と見ることもできる。

 ■ロシアへの警戒、EUへの圧力 アメリカの思惑

バクー市内でもひときわ目立つ炎を模した「フレイムタワー」。エネルギー輸出の盛んなバクーは「第二のドバイ」とも呼ばれ、モスクなど伝統的な建物と近代的な建物が共存している=2017年8月、筆者撮影

ロシアと共にナゴルノ・カラバフ紛争の和平に関与してきたアメリカも、今回の交戦を受け、即座に停戦を呼びかけた。アメリカが懸念しているのは、二か国間の緊張やエネルギー資源そのものよりも、EUにおいてロシアの影響力が拡大することだ。

EUの天然ガス総輸入量の約4割はロシアからだ。ロシアのエネルギー輸出は、「純粋なビジネス」という見方もある一方で、アメリカは「エネルギーの政治利用」を強調する。コーカサスの緊張でこの地が不安定化し、パイプラインのオペレーションにも悪影響が出れば、EUのさらなるロシア依存を招きかねないという強い懸念がある。

当のEUは、アメリカと異なり、地理的にも歴史的にも関係の深いロシアをEU経済から排除することはできないのが現実だ。特にドイツでは、脱原発に向け安価なガスの供給源確保が課題となっており、現に、ロシアからの天然ガスをバルト海経由でドイツに運ぶパイプラインの完成が間近に迫っている。

アメリカはこうした動きに対し、2017年に成立した対露制裁法に基づき、段階的に制裁を発動。今回の武力衝突と時を同じくし、ポンペオ米国務長官は「米欧の安全保障の脅威に対し、我々はあらゆる措置を講じる」と述べ、同パイプライン計画への更なる制裁強化を警告した。ロシアへのけん制とEUへの圧力と取れるが、その裏には、米国内でだぶついている液化天然ガスをEUに輸出したい思惑もあるようだ。

■コーカサスと日本

日本にいると、コーカサス地域のニュースを聞く機会はめったにない。「コーカサス」で思いつくのはジョージア出身の力士や、長寿にいいと言われるヨーグルトなど、ごく限られたものではないだろうか。

だが、陸路でアジアからヨーロッパをつなぐ要衝にあるコーカサスの3か国には近年、日本も関与を深めている。アゼルバイジャンのエネルギー開発には日本企業も投資しているほか、アゼルバイジャンからジョージアを通り黒海に抜ける約460㎞の国際幹線道路の整備事業にも日本が参加している。2018年には河野太郎外相がコーカサス3か国を歴訪、「コーカサス・イニシアチブ」を発表して人材育成やインフラ整備分野での支援を促進する方針を表明した。

中国が広域経済圏構想「一帯一路」を推進するべくコーカサスでの存在感を増している中、この地域で歴史的に負の遺産を持たない日本は、いずれの国からも信頼できる友として歓迎され、良好な関係を保っている。これら3か国との友好関係の深化は、ユーラシア全体の平和と安定にも影響するため、日本の存在感を示す好機にもなる。

また、日本のエネルギー自給率は1割程度にとどまっている。石油、天然ガス、石炭の化石燃料が全体の8割を占めており、エネルギーの安定供給が喫緊の課題だ。エネルギー安全保障に必要な供給源の多角化の観点からも、この地域の重要性は無視できない。

■拡大する対立ライン 波及する緊張

軍事衝突のさなかの7月14日、アゼルバイジャンの首都バクーでは、コロナ禍で集会やデモが禁止されているにも関わらず、ここ数年で最大規模のデモが発生、ナゴルノ・カラバフに端を発する積年の反アルメニア感情が爆発した。16日にはアリエフ大統領が、「対応が弱腰」として、16年間務めた外相を解任、後任には、外交経験に乏しい教育相が充てられた。こうした動きを、「アゼルバイジャンが、外交よりも軍事的解決にシフトしようとしている前兆」とみる専門家もいる。

交戦後まもなく、ロシアは双方に自制を求めた。その一方で、「定例の」軍事演習を行ったり、アルメニアに駐留する空軍部隊を増強したりしている。トルコは7月末から8月上旬にかけて、アゼルバイジャンで、両国陸・空軍による実弾を使った大規模軍事演習を行った。

西はリビアから、シリアを抜けて東はコーカサスまで、トルコとロシアの対立ラインは約4000㎞に広がろうとしている。前線が拡大するにつれ、一カ所での緊張が別の前線の対立に波及する可能性も高まる。複雑さが増すと同時に、大国を相手としたトルコの対応能力も問われる。

今回の衝突は短期的なものとみられている。だが、こうした各国のパワーゲームと思惑に加え、別の前線の緊張が連鎖する可能性を秘めているこの地域では、今後も不安定な状況が続くだろう。ナゴルノ・カラバフに渦巻くマグマは、地底で熱エネルギーを蓄えながら、静かにその範囲を拡大しているようにも見える。