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【竹村俊彦】新型コロナが生んだ環境改善、持続させるために必要なこと

World Now
竹村俊彦主幹教授(本人提供)

――コロナによる外出制限や自粛期間が世界規模で起きる中、大気汚染や水質が大幅改善したという報告が各地でありました。

COVID(新型コロナウイルス)の影響で人間の活動が制限された結果、環境がよくなったのは確かです。ただ、今回なにが見えたのかという問いの本質を考えると、人間が普段いかに環境に負荷をかけているかが改めてよく分かったと捉えるのが正しい。つまり人間が活動しなければ、環境は改善するということが、はっきりと見えたわけです。

――しかし、人間が活動しないということは不可能です。

そうです。だから経済活動が再び活発化すれば、自粛下で見られた環境の改善も再び元に戻ります。この状況を継続するために行動しなければ、環境改善は一時的な現象で終わります。環境改善が見られたと、ただ喜んでいるだけでは、確実に戻ってしまうと思います。

――外出制限の影響で空気がきれいになったと報告された米ロサンゼルス(LA)の人に取材をすると、「人生初めての経験」などといった驚きの声が多く聞かれた。どういったメカニズムで改善が起きたのでしょうか。

日本を含む先進国についてCOVID前の大気汚染の主な要素、化学組成を具体的に考えると、一つ大きなもので窒素酸化物(NOx)があります。LAでは、他の大気汚染物質は大体改善されてきているが、窒素酸化物の排出だけは対策が遅れている状況でした。それは日本でも欧州でも同じです。窒素酸化物が問題となっているのが先進国型の大気汚染です。

窒素酸化物が化学反応を起こすとオゾンや光化学オキシダントになります。窒素酸化物からは微粒子もできる。私の専門のエーロゾルもできる。それで大気がかすんだりする。今回、先進国では、COVIDによる行動制限の中で、一時的に最も削減されたのが窒素酸化物だと言われています。主要な大気汚染物質が減ったので、特に車社会のLAでは、まさに肌感覚として大気がきれいになったと感じられたのだと思います。

マイク・シングトンが4月7日に撮影した米ロサンゼルスの高層ビル群と雪山(本人提供)

主に自動車、特にディーゼル車から大量に出るため、自動車の使用が減れば、必ず減ります。逆に車の使用が戻れば、再び排出される。とても単純です。窒素酸化物は寿命が短く化学的なサイクルも早いため、出さなければすぐになくなるし、出すようになればすぐに戻ります。

――リーマン・ショック後も一時的に環境がよくなったと言われています。

リーマン・ショック時は、経済的な側面で打撃を受けたので、工場などによる排出の減少が主な要因になったと推測します。今回は自動車など、一般の日常生活に近い所での減少が起きたと考えています。排出量が全体的に減ったのはリーマン・ショック時と同じでも、排出元のセクターが違うということです。

――ただ、今回の一時的な改善は、環境をよくしようという目的意識をもって取り組んだ結果ではなく、あくまでもコロナ自粛で偶発的に起きた現象ですね。

人間が活動を抑制したことで、具体的に肌感覚で分かるほど大気汚染物質が減った。実際に減るということが分かったのならば、この状況を継続していくにはどうしたらいいのか。そのことを考えることが、とても大事です。

――今回どういうメカニズムで空気がきれいになったのかをまずは知らないといけない。その結果、今後どうするべきかを考えることができる。

その通りです。なぜ大気改善のデータが、窒素酸化物に基づくデータとなっているのか。そうしたことも含めて、今回何が起きたのかを具体的に知ることが大事です。なんとなく大気汚染が全体に減ったのではないかという認識を持っているだけでは次につながりません。

――世界各地で環境が改善したという報道はありましたが、日本でも空気がきれいになったというニュースはあまり知りません。空気のきれい度を示すデータを見る限りでは、日本の空気も自粛期間中は、きれいになっているのですが話題にならない。環境意識が低いのでしょうか。

日本は、そもそも国際的に空気が比較的きれいな国です。環境意識が低いのではなく、人間が多く住んでいる割には、すでにきれいになっているため、例年との違いを肌感覚で認識するのは難しかったのだと思います。実際、科学的に解析した結果、なんとか統計的に有利な差が出るぐらいの変化だと思います。東京都心でも同じだと思います。

――インドや中国でも大気汚染が著しく改善したと、米航空宇宙局(NASA)などの観測データが示しています。先進国だけではなく、途上国でも同時に起きました。

コロナ感染発生前後を比較した中国全土の大気汚染の状況。青色に近づくほど空気がきれい。情報通信研究機構が開発した指標(CII)を使いウェザーニューズが作成した(同社提供)

インドの大気汚染は、窒素酸化物ももちろんありますが、むしろPM2.5で空気がかすんでいます。粒子状物質の排出が非常に多い途上国でも、人間が活動を抑制すれば、明らかに改善することが明確になりました。

中国は地域によって状況が異なります。北京を含む華北地方は通常、大気汚染が最もひどいのは冬です。今回のコロナ自粛はまさに冬に始まっているため、活動制限の結果、大気汚染の改善が日常生活でも体感できるレベルになった可能性はあると考えます。

一方で上海は逆に、大気汚染は冬の方がましです。上海は華北地方ほど暖房が必要ではないし、近代化も進み、大気汚染の対策も進んでいるので、すでに先進国型の大気汚染になりつつある。つまり、窒素酸化物が汚染物質の主要素です。上海はものすごく空気が汚いかというと、私たちが思っている中国の大気汚染のイメージではない。ここ数年でかなり大気汚染状況は改善されました。そのため、華北地方よりも今回の大気の改善を実感するのは難しかったと推測します。

ビデオ会議システムでインタビューに答える竹村俊彦主幹教授

――きれいになった空気を実感したところが世界各地に及んだのは、素晴らしいことです。実感できなかったところも含め、これを維持するために、最も重要なことはなんでしょうか。

それぞれの立場によって違ってくると考えます。例えば、大企業などで社会を牽引する立場の人は、まさに自分たちが出す製品やサービスなどから排出される汚染物質を減らせば、きれいな空気につながります。そうした取り組みを企業として地道にやっていく。

強調したいのは、それが決して企業の負担にならないということです。エネルギーを効率的に使うような製品やサービスを提供し、普及させることは、いいものをつくり売ることで利益を生み出すことにつながります。同時に地球の環境対策にもなる。現在、環境を踏まえた取り組みを積極的におこなっている企業は、こうした意識が高い。より多くの企業に広がることが求められます。

一般市民レベルはどうでしょうか。今回はリーマン・ショック時と異なり、広く全員が行動変容を求められた結果、実際に空気がきれいになったわけです。空気がよくなるということは、世界中の人にとっていいことですが、これからも我慢を強いられて、ずっと家に閉じこもっているわけにはいかない。それならば、完全ではないかもしれないが、同じような形で取り組める代わりの方法がないかを考えることが大切です。

例えば首都圏や都市部では、自転車や徒歩で通勤する人が増えたと言われます。これはまさにエネルギーや燃料を使わないスタイルの生活で、効率的にエネルギーを使うことを実践しています。今後は、なにがエネルギーの効率的な利用になるのかを意識したうえで行動していく必要があります。

――我々はどうしても経済は環境と裏表と考えてしまう。経済と環境の関係性、相関性について、どう考えますか。

特に欧州では意識がかなり進んでいると思うが、環境対策はちゃんとお金になると基本的に思っています。今までできなかったから環境問題が起きた。それを解決するために、新しい製品やサービスを生み出す技術革新が必要になる。これはビジネスであり、経済につながっている。日本人の傾向として、環境問題や気候変動の対策は、我慢をしなくてはいけないという意識がものすごく強い。エネルギーをあまり使わない、環境に負荷をかけないような製品やサービスを生み出し、それを多くの人たちが使うことが、実は一番の対策なのです。

――環境問題に取り組む中でビジネスを考えるのはいかがなものかと思ってしまう人が日本では多いように感じます。

それは分かります。例えば環境保全といいながらビジネスをして、その結果、実際には環境を破壊しているようなケースは、いかがなものかと言っていいと思います。山の木を全部伐採して、そこに太陽光パネルを設置するような話は問題です。ある部分を切り出してみると良さそうなことでも、広く見ると負の側面が強く逆に環境に悪影響を及ぼしている取り組みは確かにある。何でもいいから環境に優しいと言ってやるのはダメです。深い思考が必要になります。

経済と環境は対立軸だと思っている人が、まだ圧倒的に多いと思います。環境については、経産省と環境省でも対立しやすい。政府がそうだとすると、国民もそう思ってしまいます。でも、実は必ずしも対立関係ではないということを知ってほしいです。

――そうした取り組みの結果、地球温暖化のような大きな問題の解決にもつながるのでしょうか。

余計なエネルギーを使わないようにすることは、すなわち石炭や石油、天然ガスの使用を減らすということですから、気候変動を抑制することにつながります。

おそらく日本では今年も夏から秋にかけて、異常気象の場面が増えるはずです。気候変動の問題は、数カ月我慢すればなんとかなる問題ではありません。今後、数十年にわたり燃料の使用量を大幅に減らし、エネルギーを効率的に使う社会を構築していかなければいけません。そうでなければ、気象災害などの危険性を減らすことは難しいです。

オンラインインタビューに答える竹村俊彦主幹教授(左)

――毎年激しくなる異常気象などを見ていると、すでに手遅れではないかと心配してしまいます。今回を機に取り組みをしたとして、環境は本当に昔のような状態に戻るのでしょうか。

戻ります。ただ、いま暮らしている人が生きている間に、昔の状態に戻すのは難しい。それほど深刻な状態に陥っています。我々は産業革命以降、化石燃料をどんどん使ってきた。いまだに使用量が増えている。それはすぐには止まらない。ただ、いま我々の世代が対応を始めれば、恐らく100年後にはかなり戻る可能性はあると考えます。

子供や孫世代が気象災害にあわずに済むような環境を整えることができるかどうか。環境問題は我々の代のみならず、次世代にも大きな影響を及ぼす問題だという意識を、どうやってもってもらうかが一番大きなところです。子どもや孫の世代にまで、異常気象や気候変動などの深刻な状況を強いる問題なのだと認識してほしいです。

7月の豪雨で広範囲にわたり冠水した熊本県人吉市の市街地。右は球磨川

――コロナ時代の新しい生活様式はエコフレンドリーの要素があるといわれます。在宅勤務はポストコロナの働き方、過ごし方として定着していく可能性がある。人が動かなければ、交通量も減るし、排出ガスも減る。新しい生活様式は、経済と環境のバランスを考える上で、いい循環を生み出すきっかけになるとお考えでしょうか。

全く同意見です。自粛期間中、私は約2カ月、研究室に行きませんでした。大学の講義も対面ではなく、遠隔です。これを快適だと感じている人は少なくないと思います。電車の運行本数や飛行機の便数も大幅に減った。これをずっと続けるのは不可能だとしても、可能な範囲で、継続していく方策を考えたい。

生産性が落ちなければいいわけで、快適と感じられている人は特に継続する方法を見いだしてほしいです。こうした取り組みをするのが難しい職業や立場の人たちはもちろんいるので、社会全体の中で、今よりもエネルギーを使わない方向に少しずつもっていけばいいのです。

これまで講演会などで、地球温暖化の話をしたときに、一人ひとりができることはないのではないかという質問を受けた経験があります。でも、今回、一人ひとりができることが分かったわけですよね。結果として空気がきれいになることも分かった。これが大きいのです。

――各国政府の取り組み、政策という側面では、今回の「分かってしまった」を受けて、影響が出てくると思いますか。

コロナ感染が起きても起きなくても、環境対策は本質的に変わるものではないと思います。ただ、政策を進めるためには、国民の同意や理解が必要になる。それが得やすくなる可能性はある。新しい政策というよりも、もともと実施している政策を先に進めることが容易になる。特に環境意識の高い欧州では、その効果は大きいのではないでしょうか。日本でもその流れに取り残されないようにしないといけない。

これまで気候変動への取り組みがなかなか前に進まなかった原因として、私の大きな認識の一つにあるのは、時間スケールの長さです。例えば年平均気温が1.5度、あるいは2度上がると言っても、ほとんどの人は実感としてよく分からない。普段の1日の中で10度くらい気温差があるわけですから、肌感覚として地球規模で1.5度の気温上昇と言ってもなかなか分からないですよ。さらに100年かけて2度あがる、3度あがると言われても、それがどれだけ深刻なことなのかは伝わりにくい。人生100年の人間にとって、これほどの長いスケールで何かの認識を持つのは難しいです。

一方で、今回は時間スケールが短い中で、大気汚染の改善が体感できた。今までの時間スケールでは意識しづらかったことを、今回のコロナ自粛によって、意識できるようになった。それが、気候変動の観点からも大事なことです。

たけむら・としひこ 1974年生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門はコンピューターを使った大気中の微粒子(エーロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染の数値シミュレーション。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。2018年度日本学士院学術奨励賞、日本学術振興会賞。