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感染者世界2位 コロナがあぶり出した格差の現実、ブラジルのスラムで見た

World Now 更新日: 公開日:
ブラジル・サンパウロのスラム街「ファベーラ」。マッチ箱のような小さい家が斜面に立ち並ぶ=岡田玄撮影

■「路地の大統領」が守る住民の健康

ブロック積みの無数の小さな家々が、山の斜面に無造作にへばりつく。赤茶けた小さなマッチ箱を積み上げた山のようだ。ブラジルで多くの都市の郊外に広がるスラム街「ファベーラ」は、どこも似た表情をしている。

ぎっしりとマッチが詰まっている箱だったら、火の付いたマッチを1本投げ入れるだけで、あっという間に燃え広がるだろう。新型コロナウイルスはファベーラで、そんな風に急激に拡大した。

スラム街の多くの住民は生活のため外出せざるをえない

ところが周辺地域より感染被害を抑えていると注目されているファベーラがある。サンパウロのパライゾポリスだ。652人の「路地の大統領」が先頭に立ち、感染防止の対策にあたってきた。

およそ100万平方メートルの斜面に幅1メートルほどの路地が迷路のように入り組み、2万軒近い家に10万人とも言われる住民が暮らす。30平方メートルもない狭い家に住むのは平均して5人ほど。中には10人以上が暮らす家もある。家々は密集し、窓を開けても換気しにくい。感染者が出れば、すぐに広がってしまう。

そこで住民組織が配置したのが、路地ごとのリーダーとなる「路地の大統領」だ。住人らの健康状態や出入りをチェック。自治体と掛け合って隔離施設にした公立学校に、感染が疑われる人を収容する。民間団体などから寄せられた食材を調理し、毎日1万食の昼食も用意。高齢者ら外出できない人や高リスクの人に配達もする。感染予防の講習会を開き、アルコール消毒液やマスクも配っている。

NGOの調査では、5月時点のパライゾポリスの10万人あたりの死者数は21.7人と、サンパウロ市平均の56.2人よりも少なかった。

ただ、これらの対策はファベーラの困難な状況の裏返しでもある。住民たちから「市長」と呼ばれる住民組織のリーダー、ジウソン・ホドリゲス(35)は「以前から、行政の支援はなかった。コロナ禍でも同じだった」と訴える。

サンパウロの老人ホームで、感染予防のための透明なビニール製の「アブラッソのカーテン」越しに抱き合う家族=6月、サンパウロ、岡田玄撮影

■暮らしのためには、外出するしかない

住人の中には、路上での物売りや屋台で生計を立てる人がいる。店員や配達員、建設作業員などの「エッセンシャルワーカー」のほか、守衛や家事代行など、富裕層の生活を支える仕事も多い。雇用形態は契約書もないインフォーマルがほとんどだ。失業は日常茶飯事だし、手厚い労働法の庇護もなく、失業保険などの保障もない。経済が悪化して失業者も増える中、仕事があれば幸運だと思い、選ばずに働かなければ飢えることになる。

大統領のボルソナーロが新型コロナを「ちょっとした風邪だ」と軽視する姿勢を見せた時、ホドリゲスは住民たちに信じないように訴え、外出を控えるよう呼びかけ続けてきた。だが、「ここでは、完全な外出自粛なんてできません。みな、暮らさなければならないから」。

ブラジルのボルソナーロ大統領=2019年3月、ワシントン、ランハム裕子撮影

そのボルソナーロも7月7日に感染が発覚。経済優先でショッピングセンターなどの営業を再開した州では感染者数が急増し、再び営業停止などの規制を始めたところもある。ブラジルの感染者数は7月26日時点で約242万人、死者数は8万人以上と、いずれも米国に次ぎ世界で2番目。経済の復興は、感染の状況を見ながら慎重に進めざるを得ない。

サンパウロの墓地には、新型コロナの死者を埋葬するための穴が掘られていた=岡田玄撮影

ファベーラも全体で見ると、感染拡大の被害がより深刻に浮かび上がる。背景に、経済や医療の格差があるのは明らかだ。中間層以上が利用する私立病院の病床に余裕がある一方、主に低所得者層が使う公立病院ほど病床の利用率が高い。先のNGOの調査では、ファベーラを含むサンパウロの貧困地域では10万人あたりの死者数は72〜127人と、市平均の1.3〜2倍以上に膨れあがった。パライゾポリスは例外なのだ。

パライゾポリスの集会所の壁には、こんな言葉が掲げられていた。

「1300万人を超すファベラードが忘れられている」

「ファベラード」は「ファベーラに暮らす人」を意味する差別語だ。しかし、ここでは、ブラジル全土のファベーラに暮らす1300万人との連帯と住民としての誇りを示すために、この言葉が使われていた。

■「コロナ後の新しい世界、ここには来ない」

コロナ対策を軽視するボルソナーロ大統領に対する抗議集会=6月、サンパウロ、岡田玄撮影

新型コロナの感染対策では一定の成果をあげたパライゾポリスだが、問題はこれからだとホドリゲスは懸念する。

ファベーラは、貧しい地方から豊かな生活を求めて出てきた人々によって形成された。子どもたちが十分な教育を受けられず、貧困が世代を超えて連鎖しがちな一方、正社員の切符を手に入れ、極度の貧困から一歩抜け出せる人も少なからず生まれている。

電力会社で働くアマンダ・ガスパル(39)もその一人。だが、コロナ禍で在宅勤務が始まったことで、思わぬ困難に直面している。「インターネット回線が遅く、何度も切断されてしまう。これでは仕事になりません」

サンパウロのスラム街「ファベーラ」で、昼食の配給を待つ人の列=6月、岡田玄撮影

公立学校もオンライン授業を始めた。日雇いで家事代行として働くアイウザ・ゴメス(37)は7歳と14歳の子のためNGOからパソコンを借り、月給の1割にあたる月80レアル(約1600円)を払ってネットにつながるようにしたが、やはり通信速度は遅い。

パライゾポリスは、高級住宅地と隣接する。目の前まで高速インターネット回線が延びているのに、ここには届かない。携帯電話の電波なら4Gが届く場所もあるが、通信料は高額だ。

このままでは以前からある教育格差はさらに拡大する。在宅勤務が広がれば、学歴があっても安定した仕事に就けなくなる恐れが出てくる。eコマースが普及していけば、職場を失う人も出てくるだろう。例えばアプリを使った個人事業主の配達員などに置き換われば、仕事はさらに低所得で不安定になりかねない。

新型コロナのパンデミック後、仕事を失った女性=6月、サンパウロ、岡田玄撮影

ホドリゲスは言う。「コロナ後の新しい世界など、ファベーラには訪れない。ここにはインフラ投資もなければ、バーチャルな仕事も文化もない。文字さえ読めない人が多いのだから、デジタル教育など誰も受けていないのです」