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ムハマド・ユヌス「人は生まれながらにして起業家だ 今こそソーシャルビジネスを」

Global Outlook 世界を読む 更新日: 公開日:
ムハマド・ユヌス氏=2017年、ユヌスセンター提供

新型コロナウイルスの感染拡大が貧困や格差を深刻化させている。先進国を含む世界を襲ったパンデミックは、大恐慌以来の景気後退を招くともみられている。いかに立ち向かうべきか。バングラデシュで暮らし、2006年にノーベル平和賞を受賞した経済学者のムハマド・ユヌス氏に、ビデオ通話などで話をきいた。(聞き手=奈良部健、編集委員・吉岡桂子)
ムハマド・ユヌスさん

コロナ前の世界は瀕死(ひんし)の状態でした。地球温暖化や経済格差は悪化する一方で、人工知能(AI)によって失業した人々が職を求めて列をなしていた。

私たちはコロナ前の誤った世界に戻してはならず、新しい世界をつくらなければなりません。政治指導者がまずやるべきは、コロナ前の世界に決して戻さないと誓い合うことです。今は変化に向かうまたとない好機です。

――コロナの影響が貧しい人に重くのしかかる中、どんな活動をしていますか。

バングラデシュ国内では、グラミン銀行が借り手のローンの支払いを凍結しています。病院に行けない人々に無料のデジタル診療を24時間提供しているほか、食料の配給にも取り組んでいます。

バングラデシュの農村で実施されている医師による無料診断=ユヌスセンター提供

――多くの企業は従業員を雇用し続けるだけでも必死です。ソーシャルビジネスに投資する余裕がなくなったのでは。

そうは思いません。コロナ前の世界に戻さないためには、どんなビジネスを創造すれば貧困や格差などの社会課題が解決できるのか、いまこそ考えるべき時だからです。この危機は個人の利益のためではなく、社会課題を解決するビジネスを作り出すチャンスです。政府だけに責任があるのではありません。私が決断し、あなたが決断する。最も重要なのは個人です。

――政府が最低限の生活を送るために必要な現金を支給する「ベーシックインカム」は有効な政策ですか。

失業して収入が途絶えた人々にとって、いまは適切な緊急援助策でしょう。ただ恒久的な政策になり得るわけではない。

私はすべての人間は創造的で、生まれながらにして起業家であると信じています。人間は求職者として生まれてくるのではない。自分たちには周囲の問題を解決できる能力があると自覚できるよう、教育現場で人間の能力への信頼を育てる必要があります。そして社会は、人間の無限の創造性を発揮できるような環境を整えなければならない。

私たちはベーシックインカムのもらい手になるだろう一人一人が、才能あふれる存在だということを忘れてはいけません。挑戦への扉を閉ざしているのは社会であって、彼らはベーシックインカムという名の施しを受けなければ生きていけない存在におとしめられています。社会による失敗であって、個人に責任はないのです。

バングラデシュの農村できれいな飲み水を提供するソーシャルビジネス=ユヌスセンター提供

――コロナ対策で、各国が食料を含む必需品の生産を自国内に戻す、との見方もあります。グローバリゼーションは反転するのでしょうか。

逆です。新型コロナは我々がグローバルな共同体に住んでいることを理解するにふさわしい事例です。貧しい人も豊かな人も共通の敵に向き合っている。今回のパンデミックを通じて、守られない人がいることは、すべての人が守られていないのと同じだ、と学んだはずです。あなたのリスクは私のリスクだと。ウイルスに民族主義で立ち向かうことはできない。我々はむしろ、国境で区切られた経済のありようを考え直すべきです。

有効なワクチンが開発されたら、地球に住むすべての人に素早く届けなければならない。ワクチンは国際公共財として、特許はオープンにする。営利目的ではないソーシャルビジネスとして、誰もが製造し、配れるネットワークを築く。大企業が高く買ってくれる相手に売って大もうけするようなことになれば、ワクチンは貧しい人には行き渡らず、パンデミックの恐怖は我々の目の前から消えません。

ワクチンを国際公共財として、すべての人に無料で行き渡るようにすべきだと訴える運動を始めました。ノーベル平和賞受賞者でパキスタン出身のマララ・ユスフザイさんなど、同賞の受賞者18人のほか、イギリスのブラウン元首相、マレーシアのマハティール前首相らも賛同しています。

米国は自ら投資して製造させたワクチンを自国で優先的に手に入れようとしたり、世界保健機関(WHO)を攻撃して資金の拠出もやめようとしたりしている。協力的な姿勢とは言えません。我々がやるべきことは団結であり、感染症対策を国家の間の争いの道具にするべきではない。リーダーが民族主義に陥れば事態を悪化させるだけです。

――政治の役割とは? 欧米先進国で感染が拡大したこともあり、感染症への迅速な対応には、個人の権利を制限しやすい権威主義体制の方が民主主義より有効だとする議論があります。

私がグラミン銀行を動かすにあたって、もっとも難しかったことは人々の意識を変えることでした。銀行家、学者、政治家、活動家、借り手自身にも古い考えを捨ててもらうのは本当に難しかった。このとき、もっとも強力な武器となったのは実際の生活でうまくいった事例を示すことでした。それによって、とてもゆっくりとですが、人々が考えを変えてくれ、動き始めました。

政治家はゴールまでの計画を示し、法律や構造的な枠組みを整えるとともに、人々が自発的にそのゴールを目指したいと思うよう導いていくことが重要です。権威主義的なリーダーのもとでは、人々は自らの創造力を生かし、自発的に動こうとはしない。民主主義こそ、(感染症に限らず)問題解決に向かってともに動くことのできる強いリーダーを生むことができる。自ら動く個人の支持があってこそ政治も、世界も動く。民主主義も試されています。

ムハマド・ユヌス  経済学者。2006年ノーベル平和賞受賞。1940年生まれ。バングラデシュ在住。