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朝鮮戦争70年 これからの日韓関係をみる視点、戦史研究者に聞く

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6月25日、韓国・ソウル空軍基地で行われた朝鮮戦争開戦70年の式典=ロイター

【前の記事】

いまだ終わらない戦争がある 朝鮮戦争70年、現代につながる視点(小此木政夫・慶応大名誉教授)

朝鮮戦争70年、変質した日本の安保環境 米国の「ただ乗り論」に対抗するには(河野克俊・前自衛隊統合幕僚長)

――韓国では昨年3月の独立運動100周年と比べ、朝鮮戦争開戦70周年を記念する動きは目立っていないようです。

南北融和路線を取る文在寅政権にとって、北朝鮮の南侵に始まり、同じ民族が繰り広げた凄惨な戦いを強調することは抵抗があるのだろう。一方で、国立墓地に埋葬されている「親日派」とされた朝鮮戦争戦没者の墓を撤去すべきだといった議論がなされている。このように現在の韓国では、朝鮮戦争の忘却と政治化が進んでいる。

特に、加害者である日本と被害者である朝鮮半島という図式で語られがちななか、韓国では、「日本の貢献」という朝鮮戦争の一つの側面がほとんど知られていない。

当時、占領下にあった日本は米国などの要請で、数千人ともされる日本人が米軍の輸送、橋頭堡の建設、機雷の掃海活動などに従事した。「占領軍調達史」によれば、のべ56人が死亡したという記録もある。

李承晩大統領は日本人の関与を拒もうとしたが、米軍側が「日本人の仕事は代替できず、作戦に支障を来す」と反論した。

韓国では「日本は敗戦国だったのに、朝鮮半島の犠牲と引き換えにした特需で韓国より先に復興を果たした」という視点が根強いため、こうした史実が十分語られているとは言いがたい状況が続いている。

むしろ、朝鮮戦争の戦局が悪化した当時、李承晩政権の要人が駐韓米国大使に対し、日本に亡命政権を受け入れる準備を要請した史実を扱った番組が、韓国保守勢力から激しい非難を浴びたこともある。韓国では、日本の「貢献」は受け入れがたいということがあるのかと思う。

防衛研究所研究幹事の庄司潤一郎氏=牧野愛博撮影

――日本では、日本の「貢献」はどのように評価されていますか。

政治的立場を反映して大きく分かれている。集団的自衛権を容認する立場から積極的に評価する見解もあれば、「平和憲法があったのに、米国によって戦争に巻き込まれた」という戦争協力を問題視する主張もある。それが、日米同盟に賛成するか、反対するかという議論に発展している。

ただ、いずれの見解も、日本の「貢献」が朝鮮戦争の行方にとって大きな意義を有していたという点では一致している。特に、朝鮮戦争当時米国の関係者は、日本がなければ米国は戦えなかったとまで吐露している。

――朝鮮戦争は、その後の日米関係にどのような影響を与えましたか。

冷戦が深まるなか、米国は日本の戦略的重要性を認識していったが、日本は、熾烈な戦闘を展開した敵国であった。しかし、朝鮮戦争における日本の多大な「貢献」を通して、日本に対する見方が「敵」から「友人」に変わっていき、名実ともに同盟国に変貌を遂げ、現在の「日米同盟」へと発展する信頼関係の基礎が築かれた。

――日本でもかつて、朝鮮戦争に対する視点をめぐる論争がありました。

昔は社会主義と資本主義のどちらを支持するかという構図から、北朝鮮と韓国のどちらに開戦の責任があるかという論争だった。冷戦終結後多数の資料が公開されたため、北朝鮮が南侵したという事実が明らかとなったが、長い間否定されてきた。

近年では、南侵の事実は否定できないため、日本については、植民地支配との連続性や「戦争協力」が問題視されている。

一方、朝鮮戦争や北朝鮮などの朝鮮半島に対する見方に決定的な誤りがあったと現在では指摘されているが、このような見方は、「国内冷戦」のもと歴史認識問題へと争点を変えつつ続いている。

また、朝鮮戦争当時、日本のなかですら、脅威の認識に違いがあった。多くの国民にとっては「対岸の火事」であったが、朝鮮総督府の職員を県庁や県警に多く採用していた山口県の田中龍夫知事は、朝鮮戦争開戦の直前、吉田茂首相に「開戦の危機」を訴えたことがある。

山口県は独自のヒューミント(人的情報)があったし、李承晩ラインによって大勢の漁民が拿捕されるなど、半島情勢に敏感な環境に置かれていたからだ。

やはり、具体的な事実をできる限り多く積み重ね、客観的に分析することが重要だ。希望的な思考は物事の判断を誤らせる。

――朝鮮戦争は日本の外交にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。

近代以降、日本の立ち位置は、(東)アジアか欧米かというジレンマがあったが、朝鮮戦争を契機とする冷戦の深化により、東アジアから離脱していき、政治的にも経済的にも米国と東南アジアとの結びつきを強めていった。

一方、歴史的に朝鮮半島は日本の安全保障にとって重要な地域であったが、朝鮮戦争に米軍が介入した結果、戦前日本が担っていた役割を米国が肩代わりすることになり、日本は「海洋国家」へと転換したが、これは伝統的な安全保障環境の変化を意味している。

今、米国の一強体制が揺らぎ、中国が台頭してきている。このため、再び、「脱ア入亜(米国から離れ、アジアとの関係を強化する)」「脱亜入洋(アジアから離れ、太平洋や大洋州の国家との関係を強化する)」といった議論が行われている。

そうしたなかで、日韓関係の将来を論じる場合、隣国だからといった安易な希望的思考に走るのではなく、日本と韓国では、地理的環境や中国との歴史的関係に大きな相違がある点も慎重に踏まえなければならない。

かつて、金大中大統領は、朝鮮戦争における日本の支援について、「日本という後方基地、協力してくれる国があることが、どれほど韓国の助けになるか」と語っていた。

日韓関係は、「過去」をめぐって妨げられていると言われるが、「過去」には、植民地支配だけではなく、朝鮮戦争をはじめとして様々な事象が含まれることは言うまでもない。

しょうじ・じゅんいちろう 1958年生まれ。筑波大学大学院博士課程社会科学研究科単位取得退学。防衛研究所戦史研究センター長などを経て、2018年より現職。専攻は近代日本軍事・外交史、歴史認識問題・