1. HOME
  2. Learning
  3. その論文、本当にわかりやすい? 伝わる「科学」を目指して奮闘する研究者

その論文、本当にわかりやすい? 伝わる「科学」を目指して奮闘する研究者

美ら島の国境なき科学者たち 更新日: 公開日:
OISTの研究室にいるトゥレイシィーと著者のルーシー・ディッキー

現在、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の博士課程学生としてシロアリの研究をしているトゥレイシィー・エディシオさんは、学生の他にも様々な顔を持っています。洞窟探検家であり、クモの研究者であり、さらに最近は、研究者や大学が研究成果を一般に周知する活動である「サイエンスアウトリーチ(科学普及活動)」にも力を入れているのです。このサイエンスアウトリーチを始めることになったきっかけは、彼女がOISTに来る前に研究していたカリフォルニア科学アカデミーで、チームと共に新種のクモを発見したときでした。

「小学2年生くらいの少女が、新聞報道で私たちのクモの発見を知り、お父さんと一緒に私たちの公開イベントにやってきました。私に会いたいというのがその理由でした。女の子は、女性の科学者がクモについて調べているなんて、どうしても信じられませんでした。新聞で私のことを知るまで、彼女自身だって科学者になれる可能性があるなんてことを考えたこともなかったそうです」

トゥレイシィーは、この少女が会いに来てくれたときの経験から、自分の研究について話すこと、そして誰もがその情報に触れることができるということがいかに重要であるかを実感しました。それが、彼女が研究とアウトリーチの両方を追求したいと思うようになった理由だと、筆者に説明してくれました。

トゥレイシィーはOISTに来る前、大学生を洞窟グモの採取に連れて行き、彼らに野外調査方法を教えていました。

現在、OISTで博士号取得を目指しているトゥレイシィーは、シロアリの進化を調べるために、50種の昆虫のゲノム解析を行うなど研究に励んでいます。これと並行して彼女は、eLife Ambassadorとしての役目も果たしています。

eLifeは、英国に本部を置く非営利団体で、科学者たちに責任ある行動を奨励し、優れた科学的発見を加速するために活動しています。世界中の若手研究者の中から応募して選ばれたeLife Ambassadorは、「よりオープンで協調的で再現可能な科学」を実現するために様々な活動を協力して行っています。世界で活躍する科学者となるために、グローバルなネットワークやコミュニケーションスキルをつけるために絶好の活動です。

研究室の同僚が使うカブトムシのDNA抽出を手伝っているトゥレイシィー

OISTがある沖縄県で新型コロナウイルスによる活動自粛が解除されたのと同時に、筆者はOISTのキャンパスでトゥレイシィーと会い、eLife Ambassadorとして何を行っているのか話を聞きました。eLife Ambassadorプログラムを通じて、彼女は世界中の人々とつながりを持つことができました。これは彼女自身のキャリア形成やネットワーク作りに役立つとともに、さまざまな国が新型コロナウイルスのパンデミックにどのように反応したかについて多くの情報を得ることができ、興味深い視点を与えてくれたと言います。

eLifeにはいくつかの取り組みがあります。トゥレイシィーは、「科学の科学調査」をする、メタ研究プロジェクトに参加しています。これは、国際的な研究者のグループが、科学の世界の慣行に問題がないかを調べ、科学をより利用しやすくするための解決策を見つけていくというものです。彼女はこの中で、科学論文に掲載されている画像に焦点を当てています。今日発表されている科学論文には、そのほとんどに図表や写真、またはイラストが掲載されていますが、それらが誰にとっても見やすいものであるとは限らないとトゥレイシィーは気づきました。

「去年のことですが、私は、自分の研究論文を準備していて、論文に掲載する画像を改めてよく見てみました。すると、多くは色の判別が難しい人にとって見やすいものではなく、縮尺の単位表示もないことに気づき、あわてて調整しました。問題は、こうした画像に関するルールがないことです。科学者が図表を作成するとき、従うべき定められたプロトコルがないのです」

しかし、いくつか注意すれば、見にくい画像を改善することができます。配色についてよく考えたり、Color Oracleなどの無料のオンラインアプリを使用することで、色覚に配慮した画像を作成できます。また、論文の中の単語を分析してその分野に固有の専門用語が多くなりすぎないようにすることで、その分野の科学的素養を持っていない人でも簡単に理解できるようになります。また、必要なときに必要な場所に縮尺や注釈を含めると、説明がより明確になります。

正常色覚の読者は、上のグラフで全ての色を見ることができます。下のグラフは、オンラインプログラムを使用して、赤色の見えない赤第一色覚異常の人に、上のグラフがどのように見えるかを示したもの。(提供: Tracy Audisio)

「合計で、約600の論文からデータを抽出しました」とトゥレイシィーは説明します。 「これらの論文を読み、画像に見やすさスコアを付けています。この作業は最終的にプロトコルになり、Open Science Frameworkという国際的な研究協力プラットフォームで公開される予定です」

このプロジェクトが完了したら、トゥレイシィーは「交差性」を検討するイニシアチブに参加することを望んでいます。「交差性とは、私たち一人一人の違いを考え、それらの違いを強みとしてどのように利用できるかを考えることです。OISTは、これを適用できる場所として優れた例です。OISTには世界中から人々が集まってきます。さまざまな文化、背景、アイデアが集結しています」

OISTでの博士号取得後、トゥレイシィーは様々なバックグラウンドを持つ人々が多様性を保ち、互いを尊重しながら共存するために科学を活用できるような分野で働きたいと考えています。大好きなフィールドワークに基づく研究も一般市民との交流も同時にできる、博物館のキュレーターとして働ければいいなと考えています。

トゥレイシィーが中心となって開催したTEDxOIST 2018では、トゥレイシィーは沖縄の地元の人々をスピーカーとして招待し、地元の観客のために同時通訳をつけました。

「科学界では、機会均等という点ではまだ長い道のりがあります」とトゥレイシィーは言います。「昨年、北海道で開かれた会議に参加しました。その会議には多様性について話し合う昼食会が含まれていました。私は、インクルージョンを促進するために他の機関が何をしているのか知りたいと思って参加したのですが、昼食会に参加した人たちは、女性の科学者も母親になる可能性があるという考えを受け入れていなかったことに驚きました」

理系分野でのキャリアを検討している女性にアドバイスがあるかどうか、トゥレイシィーに尋ねました。彼女はしばらく考えてこう言いました。

「それは私にとって本当に答えにくい質問ですね……なぜなら、機会は平等であると考えているからです。なので、本来であれば、私が女性に対してこうしたアドバイスをする必要がないのが理想です。でも、なにかアドバイスできるとすれば、科学には女性たちの居場所が必ずあるということです」

OISTの研究室にいるトゥレイシィーと著者のルーシー・ディッキー

(OISTメディアセクション ルーシー・ディッキー)