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ロックダウンその後 ウィズコロナ時代に向けたイギリス医療の新たな挑戦

英国のお医者さん 更新日: 公開日:

今回は前回に続き、イギリスにおける新型コロナウィルスの状況についてお話しします。

あの後、ボリス・ジョンソン首相は幸いにも一命をとりとめました。国のリーダーであることや婚約者のキャリー・シモンズさんが妊娠中であったこともあり、その生還の知らせを聞いて多くの人は胸をなでおろしました。退院後初めての公式な発言の中で彼は、入院中お世話になったNHSの医療従事者たちに感謝の言葉を述べ、特にお世話になった2人の医師の名前にちなんでその直後に生まれた息子のミドルネームを「ニコラス」にしたとその後ちょっとしたニュースにもなりました。

しかし、「今後さらに多くの家族が愛する人を失うことになる」と述べた彼のあの言葉は間違っていませんでした。実際イギリスではあの後、数万人規模の非常に多くの人が亡くなり、国は大きな悲しみに暮れています。

これまでに亡くなった新型コロナウィルス陽性患者は約4万人と報告されていますが、この数字の中には、新型コロナウィルスで亡くなったけれど検査は陰性だった人(検査の偽陰性)や、長期自粛や受診控えなどにより病気が悪化し亡くなった人などは含まれず、実際は新型コロナウィルスの影響で亡くなった人は6万人以上いると言われています。この値は、過去のデータからこの時期に亡くなると予測される人数をベースラインとし、それを超えてどれだけ多くの人が亡くなったのかを見ることで新型コロナウィルスにより亡くなった人の数をより正確に判断しようという「超過死亡」と言われるものです。

一方、入院・集中治療のキャパシティを大幅に拡大するなど新型コロナウィルスに対応可能な医療制度へと転換(第20回)したことで、人工呼吸器などの病院医療は不足なく提供することができたと言われています。ピーク時最大約3千人の新型コロナウィルス患者が人工呼吸器を必要としましたが、それから右肩下がりに減少し、現在は500人以下にまで下がっています。

なぜこれほどまでに多くの人が亡くなってしまったのか。私たちにできる事はもっとあったのではないか。新型コロナウィルスに対して私たちが知らないことはまだ多く、現時点で明確な答えを見つけるのは難しいですが、様々な検証が行われているところです。

同時に、ロックダウンによる私たちの生活への影響も大きなものでした。経済への大打撃や長引く自粛からくる疲れなど、国民の多くがこうした大きな犠牲をともなう生活に限界を感じてきていました。

ロックダウンの段階的解除へ — アラートシステムの導入

3月23日に行われた緊急事態宣言とともにロックダウンに入ったイギリスですが、約2ヶ月後の5月10日にボリス・ジョンソン首相からいよいよその緩和政策が発表されました。その内容を以下で要約します。

緩和しながらも今後も国民の命を守り続けていく必要があります。そのためには、次の5つの条件を守らなければなりません。

1)イギリス全土の集中治療ベッドに十分な空きがある。
2)死亡率が継続的に低下している。
3)感染率が低下している。
4)ニーズに応えるだけのPPE(個人用防護具)や検査がある。
5)対応策の変更が感染の再生産率(R)>1につながらない。

今後の進歩状況を把握し、第2波を避けるために「アラートシステム」を作ります。警戒レベルは全部で5段階、レベルが高いほど厳しい社会的距離政策を取るという形です。ロックダウン中はレベル4でしたが、今はRが1を若干下回ったくらいでレベル3に移行できる状態です。まだロックダウンを完全に終わらせる時期ではありません。徐々に緩和していきます。感染状況を継続的にモニタリングし、Rが上昇すればブレーキをかけていきます。最初のピークは乗り越えましたが、より危険なのは下山する時です。今後も警戒していく必要があります。

これにより現在は、社会的距離を保ちつつ、自宅勤務が不可能な人の就労が再開され、野外での運動に対する制限も解除されました。同居家族以外にも数人程度の野外での集まりならば社会的距離を保ちつつ許されるようになったり、独居している人がとるべき社会的距離が一部緩和されるようになりました。学校や店舗の一部も再開し始めていて、このまま順調にいけば今後徐々にそれが拡大していく予定です。

人が少し増えだしたリーズの市営公園ラウンドヘイ・パーク。前回記事の写真と同じ場所で撮影(澤憲明撮影)

ウィズコロナ時代に向け、医療体制転換は第2ステージへ

それでは医療はどうなったのでしょうか。これに関しては前回同様、第2の医療体制転換プランについての手紙が国から私の診療所に届きましたので、そちらをもとに説明していきます。内容は広範にわたりますが、ここでは二次・三次医療とプライマリ・ケアに分けて簡単に要約します。

二次・三次医療

  •  ルーチンサービスを含む通常医療を再開する。
  •  がん患者に対して、新型コロナウィルスフリーの環境を確保するための病院再編成を続ける。例えば、地域の病院ネットワークの中で一つの病院をまるごとがん専門病院へと転換する、もしくは既存の病院内の一部をコロナウィルスフリーの環境にする。
  • すべての病院に現在備わっている遠隔医療に必要な装備を利用し、電話やオンライン診療を可能な限り提供する。
  • ナイチンゲール病院(第20回)は潜在的なニーズに応えれるよう維持する。

プライマリ・ケア

  • 予防接種、がん検診を含め日常的な予防サービスを再開する。
  • 「Shielding」に分類されるすべてのハイリスク患者に積極的に連絡を取り、必要なケアへのアクセス方法、薬が入手できているかなどを確認し、必要に応じて在宅医療を提供する。地域の多職種と協働し、介護施設へ週1回の「バーチャル回診」を行う。
  • ルーチンな問題も含め通常通り患者を二次・三次医療に紹介する。領域別専門医からのアドバイスのみで適切に完結可能と判断される場合は、それを文章や口頭でのやり取りにとどめ、患者の専門外来への受診をできるだけ減らす。
  • オンライン診療やオンライントリアージの導入を完了させる。

新しい受診方法 — オンライントータルトリアージ

では、これら第2ステージへの指針を踏まえ、プライマリ・ケア現場での診療の実際はどのようになっているか、簡単にお話しします。

多くの診療所同様、私のところでも前回の記事でお話した患者や医療者への感染リスクを最小化するため「トータルトリアージ」というアクセス方法を今でも採用しています。これまで受診を自粛してきたであろう人たちが受診するようになってきたこともあってか、受診患者数は徐々にコロナ前に戻りつつあります。

トータルトリアージを用いた当日の医師受診の流れは次のようになります。

1)患者が診療所に電話、受付が患者の話を要約し、先着順にリストに載せる(緊急性が高い場合は受付が医師に連絡の上、優先的に対応)。
2)診療所や自宅からリモートワークしている医師がリスト上の患者に1件ずつ電話をかけ直す。
3)必要に応じて写真の送信やビデオ診察といったオンライン診療に切り替えたり、対面診察のために来院してもらう。

しかし、この形の受診方法では2)と3)のプロセスに時間が取られ、患者にとってはしばしば二度手間になり、私たちとしても仕事量が増え、現場は新型コロナ以前より忙しなくなっています。

この問題に対してどう対応していくのか。この一つの改善策として今注目されているのがオンライントリアージシステムを用いた「オンライントータルトリアージ」です。

これを用いた受診方法は以下になります。

1)診療所のホームページ上にあるオンライントリアージシステムを用いて、患者が相談事を入力する(もしそれが難しい場合、患者は診療所に電話し、受付が代わりにそのシステムに入力する)。
2)それらすべての相談事は診療所のスタッフ(非医療者)が確認し、臨床的な相談は医療者に振り分ける。
3)医療者がそれを確認し、相談内容に応じてオンラインメッセージ、電話相談、ビデオ診察、対面診察の中から最も適切な手段を選ぶ。

こうしたやり方は電話を用いてのトータルトリアージと比較していくつかの利点があります。

まず、患者にとっては、ゆっくりと自分の伝えたいことを整理する時間ができます。また、24時間いつでも相談事を送信できるため、自分の都合の良い時間にできます。これにより特に働いていて忙しい人はもちろん、耳が聞こえにくい人、電話が苦手な人、英語が苦手な人などにとってもアクセスを改善できる可能性があります。ビジュアル的な健康問題の場合、相談内容に加え写真も送信できます。

診療所側としては、症状に合わせた系統的な問診内容で臨床的に価値の高い情報が得られると同時に、患者の不安や期待も事前に把握できるシステムになっています。 また、患者の問題に一番適した連絡手段を始めに選択でき、二度手間だった時間の節約になります。さらに、これらオンライントリアージの内容は電子カルテに入り、改めてカルテを一から書き直す必要がないため、さらなる時間の節約になります。

このモデルを採用することによって、診療所に送られる相談事の25%はオンラインメッセージのみで完結できるとされています。

国はこのモデルへの移行を推奨しています。いくつかの診療所では、もうすでに導入済みで、患者やスタッフからも評判が良いようです。始めはこのデジタルファーストなやり方に消極的だった医療者や患者も時間が経過することで、より積極的に使うようになったというデータもあります。

私の診療所ではオンライントリアージシステムを導入したばかりで、試運転中です。オンライントータルトリアージには切り替えていません。

活気が戻りつつあるリーズの市営テニスコート(澤憲明撮影)

検査体制拡大に向けた5つの指針

イギリスでも多くの国同様、検査は重要な役割を担っています。ただ、すべての人に行うというのではなく、必要な人に行うという形です。流行初期には検査体制が大きく不足していた関係で、よりニーズの高い人に検査を限定しなくてはならない状況でしたが、現在は検査体制がかなり拡大してきています。最終的には一日25万件の検査ができる体制を目指しています。

新型コロナウィルスに対する検査は主に次の2つがあります。

PCR検査

これは今現在このウィルスに感染しているかどうかを調べる検査です。これにより、患者に対して適切な臨床管理ができるようになります。隔離を必要とする感染者の特定もでき、それにより濃厚接触者の追跡と封じ込めも可能となります。さらには、地域における感染状況を把握するためにも利用できます。

抗体検査

これは過去にこのウィルスに感染したかどうかを調べる検査です。これにより免疫が獲得できているのかどうかが分かることが期待されていて、医療者などを仕事に行きやすくしたり、高齢者などリスクが高い人の家族や友人をその人と接触しやすくしたりできると考えられています。

これら2つの検査から得られる情報は、ロックダウンまたはその緩和のための政策決定においても利用されます。

保健省では、これら検査をどのようにして実際に活用し、今後発展させていくかについて、以下の5つの指針にまとめています。

1)公的保健医療制度内でのPCR検査体制を拡充する。

効果的なケアの提供に役立てるべく、主にNHS病院や公衆衛生研究所(Public Health England)の検査室を活用して、病院患者や病院医療従事者など最もニーズの高い人を対象にPCR検査を実施しています。 これまで約220万件、執筆時点で一日あたり約4万件実施されています。

2)公的保健医療制度外の機関と連携し、PCR検査体制をさらに拡充する。

大学や研究機関、AmazonやBoots(イギリスの大手薬局チェーン)などの民間企業と連携し、医療・介護従事者や症状のある一般市民などを対象に検査を実施しています 。検査を利用する際は、NHSのインターネットサイトで申し込みをし、ドライブスルーセンターもしくはホームキットが利用可能です。これまで約360万件、執筆時点で一日あたり約10万件実施されています。

3)抗体検査を大規模に実施する。

上記で述べたような効果を期待して、国は大規模な抗体検査の実施を目標としていいます。ただ、新型コロナウィルスに対する抗体が有効な免疫となるのか、それはどれくらい持続するのか、この抗体を持つことで周りへの感染を防げるのか、などが現時点ではまだ十分にわかっていません。このため、今は多くの人に検査を実施することで新型コロナウィルスの理解をさらに深めようとしている段階で、まずはよりニーズの高い医療従事者を対象に実施中です。

4)サーベイランスを実施する。

PCR検査と抗体検査を利用し、地域や国レベルでの感染状況をモニタリングしています。新しい検査や治療法の開発、政策の評価、今後の政策決定を行う上での参考となります。

5)国内の検査器具業界を活性化し、検査の安定供給を図る 

必要な人すべてが検査にアクセスできるように、大規模な検査機器産業を構築し、検査生産能力を拡大しようとしています。

これらをふまえ、今までに約660万件の検査が実施され、執筆時点で、一日約19万件の検査を行っています。これまでに約30万件の陽性結果がでています。

また、5月28日から「NHS Test and Trace(検査と追跡)」という新しい仕組みが始まりました。新型コロナウィルス感染の症状(高熱、新しく続く咳、嗅覚や味覚の変化や鈍化)が出た場合、外出自粛と同時にPCR検査を申し込み、これが陽性だった場合、その患者の濃厚接触者を追跡し、接触者にも自粛をお願いする、というものです。この追跡のために全国で2万5千人の専門オペレーターを用意して体制を整えています。

今月の終わりまでには、ほぼすべての検査結果が24時間以内に分かるような検査体制を目指しています。NHS Test and Trace専門アプリが一部の地域で現在試験的に用いられており、近い将来これが全国に拡大される予定です。

以上になります。

依然感染は収束から程遠く、普段どおりの生活ができる見通しはまだたっていません。一方でイギリスではいよいよワクチンの臨床試験が始まり、一部治療薬も利用可能になり、その効果が期待されています。しかし、当分は、これまでの非日常的な生活や医療がこれからの新しい日常になりそうです。

これまで2回にわたりお伝えしてきた、イギリスの新型コロナウィルスに関するお話は今回で終わりです。次回からは通常に戻り、再びプライマリ・ケアの視点から、イギリスの保健医療制度についてお伝えしていきます。