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新型コロナで見えた「インフォデミック」の深刻さ 偽情報の氾濫で喜ぶのは誰か

アフリカの地図を片手に 更新日: 公開日:
ヨハネスブルク中心部を歩くライオンの写真。熊本地震時に「動物園から逃げ出したライオン」というデマとともにツイッターで拡散した=ライオン&サファリパーク提供

新型コロナの感染拡大に伴い、勤務先の大学のオンライン授業がゴールデンウィーク明けの5月初旬に始まった。筆者は専門のアフリカ地域研究に加えて、ジャーナリズム論関連の科目を担当している。国際政治とメディアの関係、民主主義の発展に果たすジャーナリズムの役割などについて学生に話をしながら、市民と情報の関係に焦点を当てた教育の目的を再設計する必要性を痛感している。(白戸圭一)

■市民が「加害者」になる

その最大の理由は、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の急速な普及に伴い、市民と情報の関係が変化したことによる。市民がマスメディアから情報を一方的に得ていた時代の授業は、極論すれば「マスメディアが報じる様々な情報の虚実を鑑別し、あなた自身がだまされないようにすること」を目指していた。市民が政治権力によるプロパガンダや世論誘導の「被害者」にならないことが授業の目的であった。

その目的の重要性は不変だが、近年のSNS普及に伴い、これに新たな目的を加える必要が生じたと考えている。「あなたが虚実の判然としない情報を深い思慮もなく発信して他人をだましたり、社会を混乱させたりしないこと」である。背景には近年、市民が情報を武器に他人を傷つける「加害者」になるケースの多発がある。誤った情報を真実と思い込んだSNS利用者が、刑事事件とは無関係の人をSNS上で犯人に仕立て上げるのはその典型だろう。

新型コロナの感染拡大を機に、様々なフェイクニュース(意図的に作成された虚偽情報)や不正確な情報があたかも真実のごとく拡散し、世界各地で様々な問題を引き起こしていることは周知の通りである。情報が急激に拡散する「インフォデミック」の発生である。「インフォメーション(情報)」と感染症の急速な流行拡大を指す「エピデミック」を合わせた造語だが、世界保健機関(WHO)は、「インフォデミック」によって信頼性の高い情報が見つかりにくくなっていると警告している。

「感染者の立ち寄り先」とのデマを流された居酒屋店頭の貼り紙=4月6日、長野県飯田市、赤田康和撮影

インターネット関連の統計等を集約しているウェブサイトDataReportalによると、20204月時点の世界のSNS利用者数は約38億人。また、2018年末の日本国内の利用数は約7523万人とのデータもある。

膨大なSNS利用者のうち、どれくらいの人がSNSを使って新型コロナ関連の情報を収集し、発信しているのだろうか。

日本の状況については、野村総合研究所が49日に公表した調査結果がある。約3000人を対象としたこの調査では、「新型コロナウイルス感染拡大について最新の情報をいち早く知る手段」として、約22%が「ツイッター」と回答した。年代別でみると、10代は50%、20代は38%と高率だ。

米国の状況については、ピューリサーチセンターが331日に公表した世論調査結果がある。新型コロナに関連した情報をソーシャルメディアで投稿・拡散している18歳以上の米国民は37%で、年代別では1829歳で44%、3049歳で41%に上る。外出制限によって他者との物理的接触が断たれる状況下で、SNSが情報共有や意見交換の重要な手段になっている実態がうかがえる。

SNSによる情報共有が活発に行われる中、どうすればフェイクニュースや不正確な情報のSNS上での拡散を抑止できるだろうか。

■「SNSの危うさ」は承知だが

まず、フェイクニュースを故意に拡散する情報発信者がいなければ、状況は相当に好転するに違いない。しかし残念ながら、愉快犯であれ確信犯であれ、故意にフェイクニュースを発信する人物がゼロになることはあり得ないだろう。

20164月の熊本地震直後に、神奈川県内の男性(当時20歳)が「動物園からライオン放たれた」とツイッターに投稿し、熊本市民を混乱させた事件があった。偽計業務妨害容疑で警察に逮捕された男性(後に起訴猶予)は「悪ふざけ」「見た人をびっくりさせたかった」などと供述したと報道されている。軽い気持ちでフェイクニュースを発信する人は、これからも後を絶たないに違いない。

そこで次に期待されるのが、多くの人が情報の虚実を鑑別するのに十分な能力、技術、思慮深さなどを備えていることである。インターネット空間で何らかの情報に接した際に、それがフェイクニュースや不正確な情報であると判断できる「賢明な」市民が社会の多数を占めれば、悪意ある人物がフェイクニュースを作成して発信しても、SNS上での拡散は抑止できるようにも思える。

先述の野村総研の調査結果をみると、回答者の73%がこれまでに一度は「新型コロナウイルス感染拡大に関するフェイクニュースを見聞きした」と回答している。「フェイクニュースを見聞きした情報媒体」を尋ねたところ、「Googleなどのインターネットの検索エンジン」が36%で最多で、民放テレビ34%、ツイッター32%――の順で多い。

さらに興味深いのが「新型コロナウイルス感染拡大に関する情報収集手段の信頼度」を尋ねた質問への回答だ。信頼度が高い順に、NHKテレビ79%、新聞78%、政府・企業・専門機関のウェブサイト74%――と続く。反対に信頼度が低いのはインスタグラムとフェイスブックがともに18%、ツイッターが22%――で、野村総研は「SNSでの情報を信頼している人は2割しかいなかった」と結論している。

野村総研の調査はインターネットを使って実施されており、テレビや新聞といった「古いマスメディア」に依存している人だけを対象にした調査ではない。インターネットで情報を収集・発信している人であっても、非常に多くの人が「SNS上に出回っている様々な情報は怪しい」と判断している。

だが、ここで疑問が浮かぶ。多くの市民がSNS上の情報の信頼度に疑問を感じているにもかかわらず、それでもなぜ、SNS上ではフェイクニュースや不正確な情報が拡散し、人を傷つけ社会を混乱させるケースが後を絶たないのか。

二つの有名な研究成果を紹介したい。一つ目は、フェイクニュースの社会的影響力の大きさが問題視されるきっかけとなった201611月の米国大統領選の直後に、米スタンフォード大学歴史教育グループが発表した論文「情報の評価市民のオンライン論理思考の土台」である。

グループは、米国の中学生から大学生までの7804人を対象に、ウェブサイト上の様々な記事や写真を見せ、その真偽を見分ける能力を試した。その結果、例えば著しく変形した花の写真に「福島第一原子力発電所の事故の影響で変異した」という短い説明だけをつけて見せたところ、高校生のほぼ4割がその写真を「本物」と信じた。

写真には撮影場所、撮影日時、撮影者、提供メディア名などは一切、付いていない。それでも4割の高校生は、情報源を確認して真偽を見極めることをせず、「生物は放射能の影響でしばしば奇形になる」という先入観を頼りに、偽の写真を本物と信じた。

この4割の高校生が写真に「フクシマの花」とのキャプションを付けてSNSで発信すれば、誤った情報は一気に拡散するだろう。出典を確認してその信頼性を評価するという基本動作は若者の間でそれほど共有されていない、というのが研究グループの結論である。

スタンフォード大のグループの調査は中学生から大学生を対象としている。仕事を通じて日常的に情報収集する機会も多い社会人であれば、情報の出典を検証する人の割合が多少は増えるのかもしれない。

■人の習性が誤情報を拡散させる

ハリケーン「サンディ」の画像だとして拡散したこの1枚は、別のスーパーセル(超巨大積乱雲)と自由の女神の画像を合成したものだった。ファクトチェックサイトsnopes.comが「偽画像」と断定した

しかし、SNS利用者の12割でも情報の出典を吟味しない人がいれば、誤った情報の発信そのものは不可避である。そして、一度発信された情報は、次に紹介する研究が明らかにした人間の行動習性によって、しばしば爆発的に拡散しているとみられる。

米コロンビア大とフランス国立情報学自動制御研究所の研究グループは20164月、CNNBBCFOXニュース、ニューヨーク・タイムズ、ハフィントンポストの五つの著名な英語メディアのウェブサイトとSNSを調査した結果を論文にまとめた。それによると、ツイッターでリツイートされるなどしてSNS上でシェアされたリンクの59%は、クリックされた形跡がなかった。つまり、多くの人は元記事を読まずにニュースを拡散していたのである。

この論文は専門的で難解だが、同年616日に米紙ワシントン・ポスト(電子版)が研究結果を記事で紹介して注目された。論文著者の一人であるアルナウド・レグアウト氏は同紙に「人々は記事を読むより、他人にシェアしたがっている。これは現代の情報の消費の仕方の典型だ。人々は深く考えることなく、記事の要約、さらには要約の要約を基に意見を形成している」とコメントしている。

紹介した二つの研究結果から浮かび上がるのは、「悪意なき情報拡散」とでも言うべき人間の行動習性である。野村総研の調査のように、SNS上の情報の信ぴょう性をあえて問われれば、多くの人は落ち着いて物事を考え、「信ぴょう性は低い」と冷静に回答できる。

しかし、眼前のスマホ画面に何らかの情報が提示されれば、深い思慮を欠いたまま何げなくこれを拡散し、知らず知らずにインフォデミックの発生に加担してしまう。

気軽な日常的行為が時に重大事故を招くという点で、SNS上での情報発信は自動車の運転に似ているかもしれない。交通教育は、事故の被害者と加害者の両方になり得ることを想定して実施されている。自らが加害者になる場合をも想像した情報リテラシー教育が必要だ、と筆者が考えるゆえんである。

SNSによる情報発信・拡散・共有は、しばしば市民を連帯に導き、権力に対する監視機能を発揮する。中国のような権威主義体制の政府がSNSによる発信を制限したがるのは、市民の自由な情報発信が体制にとっての脅威となるからに他ならない。

筆者は、新型コロナ感染拡大を機に、SNSによってフェイクニュースや不正確な情報が拡散している現状を深く憂える。誤った情報が他人を傷つけ社会を混乱させるから、という理由は当然だが、それだけではない。今の状況が続けば、日本や欧米のような自由主義社会においても、SNSの規制を求める声が強まりかねないと考えるからである。

その時に喜ぶのは言論の自由を認めたがらない世界の権威主義者たちであり、失われるのは市民の自由である。