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身元隠してマフィアと戦い続けた女性、議員になって素顔を見せた

ニューヨークタイムズ 世界の話題
Piera Aiello, parliamentary deputy in Italy, in an office in Rome, Feb. 26, 2020. Aiello was elected to the Italian Parliament after spending almost three decades in a witness protection program. (Giovanni Cipriano/The New York Times)
ローマの議員室で写真におさまるピエラ・アイエッロ=2020年2月26日、Giovanni Cipriano/©2020 The New York Times

欧州各国の選挙では、候補者は男女を問わずポスターやパンフレット、ソーシャルメディアの宣伝に自分の顔を必ず入れる。しかしピエラ・アイエッロはそうしなかった。イタリアの反体制派市民政党「五つ星運動」の下院議員になった彼女は、顔をいっさい出さずに選出された。

顔を出さなかった理由は、シチリア生まれの彼女が「反マフィア」の証人になったからだ。アイエッロは1990年代初めにマフィアの犯罪を証言。以後28年間、同国の「証人保護プログラム」の保護下で生きてきた。この間、彼女はイタリア本土の秘密の場所で偽名を使っていたが、2018年の総選挙の際、「五つ星運動」から本名を名乗って立候補するよう誘われた。彼女はそれを受け入れ、「顔なし」を条件に立候補して当選した。投票の後、彼女は初めて公衆の前に顔を見せた。

今日、彼女は厳重な警備下にあるローマの国会議事堂にいる時以外、どこに行くにも警官の護衛を受けている。再婚して3人の娘がいる。日々の仕事には反マフィア法案作りがある。幾多の個人的体験を活用して、危険にさらされている人びとの保護にも努めている。保護活動の対象は2通り。一つは反マフィアの証言をしている一般市民たち。もう一つはマフィアの脅迫に抗議の声を上げた起業家で、仕事を邪魔されたり倒産に追い詰められたりする危機感に直面している人たちだ。

「マフィアは1990年代から変わってきた」。ローマの議員室からアイエッロは電話インタビューに答えてそう語った。「それまでは、もっと地域的な組織だった。しかし、今日ではいくつものマフィアが組織を近代化し、イタリアを越え世界中に手を広げている。それだけ経済的利益も大きく見込めるようになった。経済的な利益がマフィアの活動の主流になってきたのだ」

「マフィアは普通の人たちには以前より見えにくくなっているかもしれない。だが、見えにくいからこそマフィアがのさばっている。マフィアは見つけにくいところに隠れているのだ」と彼女は言った。「最新のテクノロジーを使って、彼らは国際的な資金移動や資金洗浄や租税回避にかかわっている」

アイエッロはシチリア・トラーパニ県のパルタンナで生まれた。同地は現在もマフィアの拠点の一つだ。彼女の家族はしかし、マフィアとのかかわりは一切なかった。ただし、それも彼女が14歳の時までの話だ。その頃ニコロという10代の少年が彼女に好意を寄せた。彼女の父はれんが職人で、ピエラともう一人の娘に対しては過保護といえるくらい厳しく、結婚前の男女関係も戒めていた。父はニコロとのデートを許さなかった。ピエラの評判を落とさないために、彼女とニコロは婚約した。両家の付き合いが始まった。

どういうわけかニコロの家族は「私の家族と違っていた」。彼女は当時を思い返して言った。「彼の父ドン・ビート・アトリアはすべてを自分で決定した。私が彼らとたまに外出すると、人々がその父に寄ってきて『あなたの手にキスを』と言う。典型的なマフィアの表現だった。私はまだ若い少女だったが、それほど愚かではなかった。私は疑い始めた」

しばらくたって、彼女は将来の義父のところに行き、「マフィアのボスなのか?」と率直に尋ねた。彼ははっきり否定した。だが、彼女は納得せず、婚約を解消した。すると2、3時間も経たないうちにドン・ビートが彼女の前に現れ、こう告げたのだった。「あなたは何でも好きなようにすることができる。しかし、早晩私の義理の娘になるだろう」

「要するに私を脅したのだ。もし私が彼の息子と結婚しなかったら、彼は私の家族を殺すだろう、と。当時は、それがごく普通のことだった」。アイエッロはそう語った。18歳になっていた彼女は、家族には内緒でニコロと結婚することにした。いずれ状況は改善されるだろうという期待もあった。だが、結婚式から8日後、義父となったドン・ビートが殺された。

「悪夢の始まりだった。というのも夫が復讐(ふくしゅう)を誓ったからだ」とアイエッロ。彼は父を殺した犯人を追って犯罪集団の間を動き回るようになった。ドン・ビートの殺害から4年後、夫は複数の殺人犯を突き止めた。アイエッロが22歳の時で、2人の間には一人娘がいた。

敵はしかし、夫を先に仕留めた。「彼らは、私たちが経営していたピザ店で、私の目の前で彼を撃ち殺した」とアイエッロ。彼女は夫を射殺した犯人たちをはっきり覚えている。店の中に2人、外に2人いた。夫と過ごした4年間、夫の殺害以外に幾多の犯罪を目撃する羽目に陥った。いずれも決して認めることができない犯罪だった。だからこそ、彼女は反マフィアの証人になることを決意し、すべての犯罪集団を当局に告発することにしたのだった。

彼女の活動を支えたのは、パレルモ(訳注=シチリア島の中心都市)を拠点にマフィア撲滅に生涯をかけた治安判事のパオロ・ボルセリーノだった。そのボルセリーノも92年7月、車に仕掛けられた爆弾で暗殺された。

アイエッロが反マフィアの証人として動き出した最初の数年間は、今思い返しても「重苦しかった」という。「悪事をはたらいた人たちを当局に告発しなければならなかった。裁判所で証言したことを裏付けなければならなかった。突如として、武装警備された生活を送ることになり、身の安全を確保するために居場所を変えなければならなくなった」。彼女の証言は何人の逮捕者につながったのか?

「かなりの数だ。何人が刑務所入りしたのか、私は聞こうともしなかったから正確には数えていない。私はそんなことには関心がない。私の関心は、公正な裁きに協力することだけ」。彼女はそう言った。

偽名を使い、身元を隠し、人に語れるような仕事もせず、政府の給付金で暮らすようになってから5年の後、彼女は当局に就労を願い出て、畑でトマトとオリーブを摘む仕事に就いた。

政府の施しで暮らすのではなく、働いて生きたい。彼女はその後、一つの事業を始めた。

2015年、彼女は行政事務の仕事に就いた。イタリア政府が反マフィアの証言者を募り、彼らの生活を国家保護下で守る立法措置「証人保護プログラム」のロビー活動や措置の順守を促す仕事だ。それから3年後、共通の友人を通じて「五つ星運動」から国会議員への立候補を打診された。彼女は家族と相談した。家族の賛同を得て、本名で立候補することを決めた。

彼女は、今も議会を拠点にイタリア政府の「証人保護プログラム」下で暮らす100人足らずの人びと(家族を含めると400人にのぼる)を代表して、積極的に活動している。

Piera Aiello, parliamentary deputy in Italy, steps out of an office in Rome, Feb. 26, 2020. Aiello was elected to the Italian Parliament after spending almost three decades in a witness protection program. (Giovanni Cipriano/The New York Times)
イタリア下院の議員室から出るピエラ・アイエッロ=2020年2月26日、Giovanni Cipriano/©2020 The New York Times

地元シチリアの市民が彼女を国会議員に選んだ理由について、彼女は「おそらく、私をまともな人間と見てくれたためだと思う。マフィアを非難する以上、少なくともクリーンな人間である、と。人びとは真実と公正に期待をかけたのだ」と説明した。

彼女の任期は23年まで。再選を目指すかどうかは決めていない。「今の環境は私には向いていない。政治はクリーンでも透明でもない」と彼女は言った。「取引やら不透明な妥協が横行している。私はそれが嫌だ」

一方で、彼女が10代で将来の夫に出会った30年前に比べ、シチリアの状況は一般市民の間で非常に様変わりした、とアイエッロは認めた。

「多くの法律ができたし、マフィアに関しても話し合われるようになった。学校の授業でもマフィアが取り上げられ、重要な役割を果たしている反マフィア協会も、次代を担う子どもたちを組織犯罪から守ろうと生徒たちに語りかけている」とアイエッロは言った。

しかし、それでもシチリアにはマフィアの脅威が存在している、と彼女は警告した。マフィアの主要なボスの一人マッテオ・メッシーナ・デナロが彼女の出身地の近くにおり、地域を支配している、と。

彼女はジョバンニ・ファルコーネ(ボルセリーノと共にマフィア撲滅に挑んだ判事で、ボルセリーノ暗殺の2カ月前に高速道路に仕掛けられた爆弾で殺された)が常々マフィアについて語っていた言葉――マフィアは一つの現象だ。その現象に始まりがあった以上、必ず終わりもある――を思い起こした。

「私はそれを信じている」とアイエッロ。「おそらくこの目でそれ(マフィアの最後)を見ることはないだろう。でも私の子どもや孫は見るだろう」と語るのだった。(抄訳)

(Farah Nayeri)©2020 The New York Times

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