美術館におさめられた「戦利品」
パリのセーヌ川左岸、エッフェル塔を間近に望むケ・ブランリ美術館。アジアやアフリカ、オセアニアなどの「原始美術」の文化財コレクションを見ようと、昨年は111万人が訪れた。
館内に入り、アフリカのコーナーを歩いていくと、躍動感あふれる人の背丈ほどの3体の木像が目に入った。真ん中は「半鳥人」、両脇は「半獣(ライオン)人」「半魚(サメ)人」でどれも異彩を放つ。アフリカ中西部のギニア湾に面するベナンの内陸部に栄えた、ダホメ王国の19世紀の王3人を象徴した像だ。
ベナンを侵略したフランスが戦利品などとして持ち帰ったものだ。ベナン政府は、同美術館に展示・所蔵されているベナン由来の文化財のうち、像3体を含む26点の返還を前オランド政権に書簡で求めたが、仏政府は応じなかった。
ベナンの芸術家ルドビック・ファダイロさん(72)は「盗み、略奪した文化財は我々に返すべきだ」と憤る。
欧州各国は、20世紀までに植民地から様々な文化財を持ち去った。旧植民地国は独立後、旧宗主国に返還を求めてきたが、略奪や盗掘、売買や交換など文化財流出の経緯は様々で、双方の主張が食い違うこともしばしばある。
フランスではケ・ブランリやルーブルといった国立施設所蔵の文化財は国の財産で、文化財関連法上、譲渡が禁止されている。19世紀に仏軍が朝鮮半島から持ち帰った古文書について、サルコジ政権が韓国への「貸与」という形で返還した例がある。
マクロン政権で変わった潮目
潮目が変わったのは、「植民地主義は重大な過ち」と公言するマクロン大統領の登場だ。2017年の就任早々、旧植民地国への文化財返還の条件を整備する方針を打ち出し、専門家に調査を諮問した。翌年報告書がまとまると、返還要請があったベナンの26点の返還を決めた。旧植民地国との政治的、経済的な連携を強化する狙いがあるとの見方がある。
仏政府は今年中にも26点などの返還に関する特別法を制定する見通しだ。だが、返還されても、適切な温度や湿度管理、修復技術の下に保管できる施設が必要だという。ベナン政府は、展示用の施設を建設する計画といい、仏文化省の担当者フィリップ・バルバさん(48)は「返還だけでは十分ではない。新しい文化的協力関係を築いていきたい」。ベナン政府に対し、財政面や技術面で施設建設に向けた支援をしていくという。
ベナンは1960年にダホメ共和国としてフランスから独立した。46の部族からなり、度重なるクーデターや社会主義政権を経て、民主化と市場経済化を進めてきた。
部族を超えた「国民」連帯の象徴に
元ユネスコ職員で聖心女子大学の岡橋純子准教授(文化遺産学)は、ベナンのような旧植民地国の旧宗主国に対する文化財返還要求の背景には「文化財ナショナリズム」があると指摘する。「部族間の個別のアイデンティティーを超え、文化財は『国民づくり』に重要だ。かつてベナンにあった王国の象徴として可視化でき、みんなで共有できるものがあれば、連帯を保つためのナショナルアイデンティティーの中心に据えるものとして大切になる」と話す。