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AIと「ギグ・エコノミー」 新しい時代の新しいルール

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
Artificial intelligence wonユt eliminate every retail job, an economist says, but the future could be grim unless we start planning now. (Richard Borge/The New York Times) -- NO SALES; FOR EDITORIAL USE ONLY WITH STORY SLUGGED DEAL COLUMN BY DAVID DEMING FOR FEB. 1, 2020. ALL OTHER USE PROHIBITED. ---- ILLUSTRATION MOVED IN ADVANCE AND NOT FOR USE - ONLINE OR IN PRINT - BEFORE FEB. 02, 2020. --
Richard Borge/©2020 The New York Times

米国人は、人間がする仕事の多くがまもなくテクノロジーに取って代わられるのではないかと懸念している。その懸念は正しい。

だが、私たちが直面している危険は、実際にはテクノロジーに関するものではない。政治と経済の公正さに関するものだ。人工知能(AI)がもたらす痛みと恩恵は公平に分配されるのか、これから起こる混乱は全体的には社会善(ソーシャルグッド)とみなされるのかどうか。それは、私たちの政治的意志にかかっている。

破壊的な影響はすでに表面化している。

Amazonのようなオンライン小売業者は、顧客からのスマートフォンによる注文を受けてから商品の配達までの過程の多くを自動化するためにAIを活用している。米国の雇用はすでに多大な影響を受けているのだ。

小売りの売り上げに占める電子商取引のシェアは、この5年間で6%から11%へと2倍近く増え、何百万人もの労働者を雇用する実店舗は苦しんでいる。米国の小売業者は2018年に6千店近くが閉鎖されたが、そうした損失は今年さらに加速される見通しだ。米労働統計局(BLS)の調べによると、14年以降、米経済は1200万人以上の雇用を増やしたが、小売業界の雇用数は約11万4千減った。

オンライン小売業者は、顧客の要望を把握し、顧客のもとに素早く届けるためにAIアプリを使っており、実店舗を構える競合他社よりもすべてがずっと低コストである。より優れた予測をするために、データを活用している点が刷新のカギになっている。

Amazonは顧客の閲覧履歴と購入履歴を活用して個々の顧客に推奨商品を提示している。どういう店で買っているか、長期にわたる購入パターンを使って製品のニーズを予測し、それに応じて在庫を確保するのだ。従来の店舗は、しばしば、誰も欲しがらない商品で棚が一杯になっており、見込み以上に人気がある商品が欠けている。こうした需要と供給のミスマッチはオンラインでは大幅に削減されるが、AIがそれを可能にする原動力になっている。

労働者におよぼすAIの影響は、すべてが否定的なわけではない。

AIテクノロジーは、既存の小売りの仕事を直接脅かすが、その下流部門では同時に新たな仕事を生みだす効果がある。オンラインによる小売りの「ラスト・マイル(商品を顧客に届ける最終過程)」は、少なくとも現時点では、まだ人の手が必要だからだ。結局のところ、14年以降に失われた小売りの仕事は、軽トラックや配達サービス車の運転の仕事11万8千が創出されたことでほぼ完全に相殺された。この間、大型トラックとトレーラーの運転手は17万5千人以上増えた。これら二つの運転職は、米国で最も急成長した職業に含まれている。

オンライン販売の成長は人びとの購買手段を変化させたが、消費意欲は変わっていないし、むしろ高まっているかもしれない。だから、販売の仕事は(新旧が)置き換えられたというより、シフト(移行)しているのだ。

AIは、予測できないものも含め、多くの新しい機会を生みだすだろう。加えて他にも、安全性の向上や環境への負荷の低減といった利点がある。

ただし、AIについて楽観しすぎてはいけない。無人の普通車やトラックが出現しつつある。自動運転車の市場への参入は、これまでのところ予想以上に難しいことが判明したが、運転の仕事はいずれ確実に無くなるだろう。

雇用の創出と破壊は、全体としては均衡するかもしれないが、負け組にとってはつらいことになる。

より広範な課題は、AI対応技術が良い仕事を創出するかどうかにある。トラックの運転手は多くの場合、正社員というより独立した契約事業者に分類される。Amazon Flexと呼ばれる仕事の仕組み――UberやLyftに似ているが、配達車の運転手向けの仕事――により、小売業大手はオンデマンド(需要に応じて)で運転手をその都度雇うことができるのだ。

AmazonはAIを使い、配達する荷物の量や重さ、移動時間に基づいて、いつでも、その域内で必要な運転手の人数を計算している。働く側にとって、他のギグ(訳注=ネットを通じて単発の仕事を請け負う働き方)の仕事と同様、労働時間の柔軟さは明らかに価値を有する利点である。ところが、その柔軟性は両刃の剣だ。

運転手は、燃料その他の経費と同じく車も自前で用意する責任がある。給付金はないし、雇用保障もほとんどなく、時には労働条件の厳しさに関する報告もある。Amazonは休日の渋滞に対応するため、残業代やその後の雇用の問題を心配することなく、多くの運転手を雇うことができるのだ。

ギグ・エコノミーの成長に伴い、労働関連の法律を近代化する必要がある。

AIテクノロジーによって、企業は従業員を監視し、管理しつつ、その一方で公式のアームズ・レングス関係(訳注=取引がある当事者間の独立性や競争の諸条件の平等を確保する関係)を維持し、雇用形態に関する連邦政府の指針を回避しているのだ。その結果、法的にあいまいな領域が生まれる。UberやGrubhubといったハイテク企業は車の運転というのは自分たちのビジネスの基軸ではなく、クライアント(依頼主)とカスタマー(顧客)をつなぐ単なるプラットフォーム(手段)だと主張している。

彼らはAIを使って移動の価格を設定し、運転手にとっての最適ルートを予測する。このことは、運転手はその企業の従業員とみなされるに足るほど同企業の管理下にあることを意味するのか?

こうした問題は、裁判所を通じて対処されるのだが、裁判所は大半が異なる時代のためにつくられた労働法規の解釈に苦労している。

(現在は)初期の技術革新と直接的な類似点がある。産業革命は大いなる繁栄を促した。しかし、19世紀の工場の労働条件は恐ろしくひどいもので、今日のどこよりもはるかに劣悪だった。20世紀初頭から、賃金の上昇や労働条件の改善、職場の安全性の向上に向けて、労働組合と新しい政府が共に協力して動いた。

これと同じように、デジタル時代の変化する労働の性質に対応する社会契約を強固にする必要がある。

連邦労働法によって、ギグ労働者たちの地位を明確にし、搾取防止の保障を提供し、団体交渉権を与えることが必要になろう。もっと広範に言えば、AIが経済を混乱させることに伴い、人びとが将来の仕事へとより容易に方向転換できるよう手助けする必要が生じるだろう。

このことは、健康保険など、1人の雇用主にとらわれない柔軟な福利厚生制度や、再訓練を受け新しい仕事を学びたい労働者に経済的な保障を与える政策を意味する。

私たちは、迫りくるテクノロジーの変化の波を阻止できないことを受け入れる必要がある。しかし、それが社会におよぼす影響を和らげることは可能だ。私たちは、より良い、そしてより公正な世界を作り出すツールとしてAIを受け入れ、目的を持って行動するべきなのだ。(抄訳)

(David Deming)©2020 The New York Times

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