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日本独特の転勤文化、変化の兆し 「社命で人生設計に影響」変わるか

LifeStyle 更新日: 公開日:

「辞令ひとつでどこへでも」が当たり前だった日本独特の転勤制度に、変化の兆しが見えてきた。一定期間転勤を猶予できる制度を設けたり、会社都合の引っ越しを伴う転勤そのものを廃止したりする企業が出はじめたのだ。子育てや介護、自分自身のキャリア選択など、ライフデザインよりも会社の理屈を優先させてきた日本の転勤文化は過去のものになるのか。これまで6回の転勤を経験した記者も、この「当たり前」をどうすれば変えていけるか考えた。(澤木香織)

転勤制度の変化が注目される一つのきっかけが、損保大手「AIG損害保険」が打ち出した方針だ。2019年春から、会社都合の転居を伴う転勤廃止を目指した制度の運用を始めた。

廃止への流れはこうだ。


運用に向けた希望調査で、「ノンモバイル」を選んだ社員は7割にのぼった。

同社は全国に約230カ所の拠点があり、対象社員は約4千人。人事部門担当の執行役員をつとめる福冨一成さんは「正直言って調整には苦労があります」と明かしつつ、「ただ、業務を回していくという観点で考えると、そこまで大変ではなさそうです」と話した。

AIG損害保険・執行役員の福冨一成さん=澤木香織撮影

現時点ですでに、ノンモバイルのうち希望エリアに異動できた「合致率」は92%を超えている。ポイントとなるのが、モバイルの社員が3割ほどいることだ。

モバイルとノンモバイルは給与に差はない。ただ、モバイルを選び、希望エリアに異動できなかった社員には、個々が探した住居を会社が契約する形で「社宅」を付与し、手当を支払うといった待遇差がある。

モバイルを選んだ社員が挙げる理由は、「多様な拠点でキャリアを積みたい」「全国に選択肢がある方が希望のポジションに就きやすい」「手当に魅力を感じる」など様々。子育てを終え、介護も一段落したベテラン社員も一定数モバイルを希望した。必要数に希望者が達しないエリアに、こうしたモバイルの社員が異動してくれることで、目標に近づきつつあるという。

■なぜ日本で転勤は当たり前だったのか

独立行政法人「労働政策研究・研修機構」の2016年度の企業調査によると、転勤を「会社主導で決めている」と答えた企業は8割(回答1133社)。なぜ日本ではこれまで、会社都合の転勤が一般的だったのか。

転勤に詳しい「リクルートワークス研究所」人事研究センター長の石原直子さんによると、会社都合の転居転勤は海外から見ると異質だという。

日本で一般化した背景には、高度経済成長期に企業が国内に拠点を広げる過程で各地に一定数の社員を行かせる必要があったことや、例えばある地域の事業所を閉鎖しても解雇せずに別の事業所に異動させるように、雇用主が従業員の雇用を保障する代わりに異動の権限を持っていることを理由にあげる。

石原さんは「転勤はあるが、能力は開発するし、雇用も保障する。それは企業、社員の双方にとってウィンウィンの時期があったと思います。でも、転勤は個々の人生に大きな影響を与える。そこまでの影響を企業が個人に与えてよいのか、と考える人が増えてきた。もはや国内に未開拓の市場は少なく、地域で働き続けられる人を見つける方向に議論を移した方が良い」と指摘する。

■ライフプランを重視する人が増えてきた

AIG損保でも、もともとは数年に1回の転勤が当たり前だったという。長く同じ場所で働くことで癒着が生まれるリスクをなくすこと、様々な場所で勤務することで期待される人材育成が主な理由だった。

しかし数年前から、ライフプランを重視する声が社員から上がり始めたという。

福冨さんは「拒否まではしないけど、『いまは避けたい』と言う社員が増えている実感がありました。理由を聞くと、親の介護や子育て、病気との両立や、ご家族・パートナーの仕事や体調などがあがった。転居を伴う転勤が、社員がライフプランを考える上で阻害要因になっているという議論に行き着きました」。

制度を始める前の社員アンケートでは、働く場所に関して最も重要だと考えることについて「希望勤務地を選べる」が最も多くて6割、「社命の転居転勤がない」が4割にのぼったという。

一般的にも転勤を重視する傾向はあり、人材サービスの「エン・ジャパン」の調査(2019年、約1万人が回答)では、「転勤が退職を考えるきっかけになる」と答えた人は6割を超えた。2002年施行の改正育児・介護休業法では、事業主は転勤を命じるにあたり、介護や育児をしている従業員に一定の配慮をしなければならないと定めた。

■キャリアを重視し、転勤なしを選択

AIG損保の制度について、ある社員の受け止めを聞いてみた。子育てや介護といった理由だけではなく、自身のキャリアを重視して転勤の有無を選択した社員もいる。

AIG損保の丸谷幸代さん=同社提供

長崎市の「自動車第一カスタマーセンター」でセンター長を務める丸谷幸代さん。統合前の旧富士火災海上保険に入社し、長らく転勤のない一般職として地元の大阪で働いてきた。

その後総合職となり、2014年に初めての転勤で長崎へ。当時、自動車事故の保険対応を全国から受けるセンターができるタイミングで、転勤は丸谷さんにとってチャレンジだった。「規模の大きい拠点を一から作り上げることに魅力を感じた」と振り返る。

ただ、それ以降はいつ転勤があるか、不安も感じた。今回はノンモバイルを選び、長崎で働き続けることを希望した。両親の介護が必要になるまでは、やりたいことができ、自分の力を発揮できる場所を選んでいきたいという。「仕事をどう進めていくか、一緒に働くメンバーをどう育成していくか、長期的な視野で考えられるようになった。今までは、転勤で人生を変えていかないといけないと思っていた。自分で選べる選択肢ができたことは大きい」と話す。

AIG損保によると、転勤制度だけが理由かは不明だが、今春入社の新卒採用では、応募者が例年の10倍ほど増えたという。将来的には、社命での異動を100%なくし、社内の公募によって社員が就きたいポジションに配属していくことを目指している。

■見直しの動き、ほかにも

転勤を一定期間猶予できる制度を設ける企業も出てきた。全国に35カ所の拠点がある石油元売り大手「JXTGエネルギー」は2019年、社員の申し出を受けた場合に3年を限度に転居を伴う転勤を猶予する制度を設けた。20年度から適用を始める。

背景には、子育て中の社員らから「子どもが小さい間は、保育園の都合で転勤が難しい」「いつ転勤があるか分からず、ライフプランをたてるのが困難」といった声が寄せられたことがある。同社は事業運営や人材育成の観点で「転勤は必要」という立場だが、転勤は社員の生活に与えるインパクトが大きいとして、この制度を導入したという。 

■目的を洗い出し、代替策の議論を

すべての企業がすぐに「廃止」とするのはなかなか難しそうだが、どこに着目し、どう議論していけば良いか。2016年11月に「転勤の効果の再検討」などを提言した中央大学大学院戦略経営研究科の佐藤博樹教授に聞いた。

まず、今回問題としている転勤とは、会社が人事権を持ち、社員に居住地の変更をともなう異動をさせることです。ここで大事な視点は、社員にどこで、どんな仕事をしてもらうか、異動に関する権限を会社が持っているという点です。ですから、転勤を含めた異動に関する会社の人事権をどうとらえるかを考えなければなりません。

会社が人事権を持つ一方で、雇用保障の範囲が広いのが現状です。

提言を出したのは、一気に転勤をなくし、すべてを勤務地限定の雇用制度や社内公募による人事制度に切り替えようというのではなく、いまの良さも残しながらどうするか、議論する必要があると考えたからです。

従来のように、会社が一方的に社員を異動させることが許容される状況ではないことは確かです。共働きの家庭が増える中、例えば夫の転勤によって妻が仕事を辞めざるを得ないような状況は良くない。まずは、いまある異動の目的が何で、どの程度行われているかを調べ、減らすことを考えるべきではないでしょうか。

中央大学の佐藤博樹教授=澤木香織撮影

記者の仕事に置き換えて考えてみます。例えば、農村地域と工業地域の両方で取材を経験し、異なる視点を得ることは人材育成につながります。これまでなら、農村地域の支局、工業地域の支局の両方を経験させたのではないでしょうか。しかし、もし通勤できる範囲内に異なる産業の地域があるのならば、転勤しなくても両方を経験できる可能性がある。

金融業界でよく言われていた「不正防止」という目的についても、他のやり方があります。例えば海外では、担当者を予期しないタイミングで少しの間休んでもらったり研修に行ってもらったりし、他の人が業務をすることで「チェック」の目を入れます。

「組織が活性化する」という目的もよく言われます。人を入れ替えることで活力が生まれる効果を否定はしませんが、安易に頼り過ぎていないでしょうか。他にも手段があるでしょう。

企業の事業内容が変化することで、同じ部署にいても仕事は多様化しています。仕事の経験を広げるために異動させると言うけれど、いまは顧客の対象もサービスも多様化していて、常に新しいことを勉強しなければなりません。

今回議論が進んでいるのは、女性の社会進出が進み共働きの社員が増えたことに加えて、中高年層でも親の介護の課題に直面する社員が増えていることも影響しています。そういう中で会社が求心力を維持しようとすれば、できるだけ転勤や異動を本人の希望を受けたものにしなければならなくなっています。

会社としては、まずはいまある転勤も含めた異動をどういう目的で行っているか、その目的に応じたものになっているか洗い出す。そして過去の慣行でやっているような異動をなくし、それを通じてできるだけ転勤を削減する。その上で、必要がある転勤に関しては、期間を明示するなど運用を見直すことが必要だと思います。

■取材を終えて

新聞記者である私(澤木)自身は、全国で人口が最も少なく自然豊かな鳥取県で記者の仕事を始め、その後は人口が多く産業が多様な兵庫県や大阪府で働いた。異なる特徴の地域を取材できたことで、視野を広げることができた。転勤の効果はあると、今も思う。

だがこれまで、期間やタイミングに納得感が得にくい転勤もあった。保育園を探すことに苦労したり、子どもの受験時期にそばにいられなかったりと、年齢を重ねるにつれて苦労する同僚の姿もたくさん見てきた。不要な転勤を減らし、社員の納得感を得られやすい制度にしていかなければ、企業が求心力を保つことはもはや難しい。

AIG損保では「そもそも転居転勤がないことを前提にビジネスを考えられるか」と発想を転換。望みをどこまで反映できるか試行したことで、廃止に向けた手応えを得たという。実際に業務が回るのかまずは検証してみることで、見えてくることがあるかもしれない。

同時に、働く人たちには、自分が今後どこで、どんなキャリアを積み、どんな風に生きていきたいかライフデザインを描くこと、そして会社にわかりやすく説明する力も求められていると感じた。

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