いつからか世界経済は、バブルの傷をバブルで糊塗するサイクルにはまり込んでしまっている。
巨額の中国マネーの集中によるバンクーバーやシドニーなどの局所的な不動産バブル。超長期債ですらマイナス金利に沈む先進国の国債バブル。今回取材した世界のさまざまなバブルの現場にユーフォリア(熱狂)はない。「冷たいバブル」を生むゆがみの根っこにあるのは、金融緩和によってだぶついたマネーだ。
米国や南欧のバブルがはじけ、リーマン・ショックやその後のユーロ危機を引き起こした。危機からの回復を遂げるため、日本がバブル崩壊後にゼロ金利の制約から免れようと始めた量的緩和を、米国も欧州も導入した。日米欧の大規模な金融緩和で世界中にあふれたお金が、次のバブルを生んだ。
株バブルに踊ったニューヨーク市場の1929年の株価暴落が大恐慌の引き金となって、世界各国は通貨安競争や保護主義政策、経済のブロック化に突き進み、第2次世界大戦の一因になった。日米欧の金融緩和、トランプ米大統領の誕生、米中貿易摩擦、英国の欧州連合(EU)離脱……。リーマン・ショック後の世界は、その相似形を描く。
金融緩和はショックを和らげる効果がある一方、副作用を指摘されることも多い。だが、それは副作用にとどまらないのではないか。恒常的な金融緩和そのものが悪循環を生んでいるのではないか。
スイスUBSのチーフエコノミスト、ダニエル・カルト(51)は「危機に陥れば中央銀行は金融緩和をする。金融緩和が資産バブルをつくり、バブルが崩壊して危機になる。それを繰り返すパターンに入っている」と指摘する。
金融緩和によって、金利が下がるのは間違いない。しかし、思ったほどインフレ期待を高める効果は出ていない。大企業や富裕層が富めば貧しい者にも富が滴り落ちるという「トリクルダウン」のメカニズムも見られない。
一方で、金融緩和は資産バブルを生み、「持てる者」はますます富み、「持たざる者」は沈んでいく。危機で破綻の縁にあった銀行は公的資金で救済され、低金利でゾンビ企業がはびこるのに、ツケは増税やスズメの涙のような預金金利というかたちで庶民に回される。
格差を拡大するだけではない。中央銀行が巨額の国債を買うことが、市場の配分機能をゆがめると、取材した専門家たちは警鐘を鳴らす。国債バブルによって国家に資本を集中させ、経済全体の最適配分がゆがんでいく。それが成長率低下につながるというのだ。実際、先進国は低成長・低インフレ・低金利の悪循環から抜け出せないでいる。
日本やドイツ、スイスのように、長期債や超長期債までマイナス金利なのは、多くの人が10年先どころか数十年先も成長していないと予想していることの反映といえる。投資・融資したお金が増えていくサイクルで成り立っている資本主義の限界の表れではないだろうか。
1971年の「ニクソン・ショック」で金(ゴールド)と貨幣のつながりは断ち切られ、貨幣の発行に物理的な上限はなくなった。先進国の中央銀行がやっているのは、紙幣という紙ペラを大量に刷って、国債という紙ペラを大量に買っていることだ。実際には紙すら刷らず、帳簿上の数字を変えているにすぎない。
紙代よりもはるかに高い価値を持つバブルな存在の紙幣で、国債バブルをつくり出す。なかでも「ルビコン川を渡った」異次元緩和による日本国債バブルとは、そんな禁断の果実に手を出してしまったことなのではないだろうか。金融空間にフロンティアを見いだそうとした資本主義のなれの果ての姿だ。
エッシャーのだまし絵のように、階段を上っているつもりが下っている。資本主義はそんな迷宮に入り込んでしまったように思えてならない。
ほしの・まさお 1971年生まれ。朝日新聞経済部、ヨーロッパ総局などを経てGLOBE記者。バブル崩壊後の94年に入社以来、日本の不良債権問題やリーマン・ショック、ユーロ危機など「バブルの傷痕」の取材ばかりだった気がする。