最も激しいマイナス金利に沈むのはスイスだ。金融緩和という「通貨安競争」のあおりを受けた結果といえる。スイス国債は15年から、10年物のマイナス金利が定着し、最近はマイナス0.5%前後で推移する。昨夏ごろから、ついに50年物までマイナス圏に突入し、すべての国債がマイナス金利という異常事態だ。
財政政策を担うスイス財務局(FFA)長官のサージ・ガイヤー(64)は「スイス国債は70~80%が国内で消化されている。マイナス金利のおかげで、持っている国債の運用で利益を出そうとする年金基金や生命保険会社の収益は、厳しくなっている」と説明する。
国債がマイナス金利に落ち込んだのは、スイスの中央銀行が政策金利を世界最低水準のマイナス0.75%に設定した影響が大きい。
ユーロ危機後、「より安全な通貨」とされるスイスフランが買われた。一方、欧州中央銀行(ECB)は、ユーロ圏がデフレに陥るのを防ぐため、マイナス金利を導入した。お金は、金利が高い通貨の方に集まる。金利が高い通貨を欲しがる人が多くなり、為替レートは高くなる。高くなれば輸入品が安く買えるため、インフレ率は下がる。当時のスイスは、まさにそうした状況だった。
スイスは欧州との貿易が多く、ユーロとの為替レートの影響が大きい。そこでECBが量的緩和を導入しようとしていた15年1月、ユーロ安スイスフラン高の加速が見込まれることから、スイス中銀はECBよりもマイナス金利幅を大きくしたのだ。
クレディ・スイスのチーフエコノミスト、オリバー・アドラー(65)は「スイスは経常黒字が多く、インフレ率が低いので、通貨高になりやすい」と語る。
通貨高と低インフレは日本と似た構図だが、大きく異なるのが財政赤字だ。スイス政府の借金はGDPの30%程度にとどまる。低金利で返済負担が軽くなって借金は減っており、市場に流通している国債は700億フラン(約8兆円)ほど。年間25億フラン前後の国債を発行しているが、借り換えのためだという。市場に出回っている国債が少ないので、欲しい人が増えれば価格が高くなって、さらに金利が低くなりやすい。
スイスだけでなく、日本の10年物国債もマイナス金利が続き、ECBによる量的緩和とマイナス金利によって、ドイツ国債も30年物までマイナス金利をつけた。財政赤字に苦しむ米国だが、米国債はマイナス金利ではないものの、10年物が1%台と低金利が続いていた。新型コロナウイルスの感染拡大による世界経済への悪影響を踏まえFRBが異例の緊急利下げに踏み切ったことで、初めて1%を下回ったものの、日本やドイツなど欧州各国と比べて金利が高いうえ、安全な基軸通貨ドルを持つという意味もあって、米国債が世界で求められている。
米FRBは昨年、景気が悪くないなか、3回連続で利下げに踏み切った。今年11月に大統領選を控え、景気浮揚をはかりたいトランプ大統領からの圧力が強まっていた影響もある。無理してふくらませたバブルが、大統領選後にはじけるのではないか。市場にはそんな見方が出ていたが、FRBの緊急利下げでも市場の動揺はおさまらず、「コロナショック」をきっかけに中央銀行バブルの崩壊が始まりつつある。
※FRB緊急利下げを受け、3月7日配信の記事に加筆しました。