中国政法大学講師だった劉氏は1989年の天安門事件にかかわり、20カ月間拘束された。釈放後の93年、北京の大学街に「万聖書園」を創業。ノーベル平和賞を受賞した故・劉暁波氏ら、中国政府から弾圧を受けた知識人の支援もしてきた。書店内のカフェで催すセミナーは知識人や市民活動家が集う場になってきたが、強まる統制で近年は開きにくくなっている。
私の書店ではジョージ・オーウェルの(全体主義への批判を隠喩した)『1984』や『動物農場』がよく読まれています。しかし、いつまで出版や販売が許されるのか。心配しています。
大陸ではこの5、6年で言論活動の制限と市民社会への監視が大幅に強まりました。大学の教材の審査が厳しくなり、教室に監視カメラが据えられた。密告が奨励され、知識人のSNSアカウントが閉鎖された。変わったのは香港ではなく、大陸です。間近に見ていれば、高度な自治が認められた一国二制度の期限を2047年に控えて、香港の人々が恐怖を抱かないほうがおかしいと思いませんか。大陸の都市のように改造されて、今ある自由や法治を失うのではないか、と。
――香港で雨傘運動が起きたのも6年前のことですね。前政権が約束した普通選挙を、現政権が認めないのに怒った香港の市民が街頭を占拠しました。
中国は鄧小平氏が始めた改革開放以来、胡錦濤・前政権の時代まで、共産党の統治の本質は変わらずとも、人々は少しずつ自由になっていっていました。政治的な壁で解決できない問題があっても、社会の開放の度合いは少しずつ広がっていた。その逆回転こそ、香港で起きている問題の根本です。
昨年11月の香港の区議会選挙は民主派が圧勝しましたが、デモ隊への警察の暴力がひどくなるにつれ、若者の行動も暴力性を帯び、心配でした。
激しいぶつかりあいは、香港の人々が、香港という都市を道連れに自殺行為をしようとしているように見えました。香港は国際金融都市として中国経済にとって大事な機能を持っています。現時点では代替できる都市は大陸にはありません。中央政府も分かっている。だから、もろとも死んでやろう、というような。
――まさに、死なばもろとも、という意味の広東語「攬炒(ラムチャウ)」という合言葉が飛び交っていました。
それなのに中央政府は、香港の混乱は不動産が高騰して家を買えない不満だとか、医療や年金などの問題に起因すると宣伝しています。間違っている。
――米国の陰謀だとも言っています。
中国政府は、人間は稼いで食べて寝ていれば満足し、政治的な権利は求めない、統治できると思い込んでいる。その手法が大陸で成功した、と思っているからでしょう。香港人も政治的な問題には関心を持たず、経済的な利益を追求する人々だとみなされてきました。
しかし、人間は最初からないものを得られない時よりも、すでに持っているものを奪われることに強く抵抗するものです。大陸とは異なる制度で暮らしてきた香港人は、自らの社会に備わっている自由や法治を奪われることは嫌だ、と言っている。香港は香港でいたい、と言っている。
香港人と大陸人は、香港が英国の植民地になった19世紀半ばから同じ制度のもとで暮らしたことがない。人は社会によって作られるもの。中国政府が、香港人は大陸人とは違うということを理解しないと、問題は収束しないと思います。
――外国にいる大陸出身者によるデモを見ると、中国政府と同じ表現で香港を批判している。国際社会の反感を招くだけのようにも思えます。
ほかの方法を知らないからですよ。不満を表現するデモの経験がない。政治的に独立した行動をずっと抑制していると、いざやろうとしても思いつかず、できない。感情すら見張り合う環境に長くいると、自分の本当の気持ちがなんなのかすら、わかりにくくなってくる。香港は対照的です。抗議行動が日々進化している。時にはユーモアもこめられている。自由な発想ができるからです。
――「今日の新疆、明日の香港」という貼り紙を香港の街角で見つけました。
どこの地域にせよ、警察権力による鎮圧が永遠に可能でしょうか。香港の人々が大陸の人々と同化するまで抑え続けるつもりでしょうか。それではむしろ、香港問題を解決不能の領域に追い込むことになるでしょう。恐怖と経済力だけで、自由と法治を持っている社会を永遠に封じ込めることは無理です。
――中国政府に何を求めますか。
返還にあたって定めた香港基本法に立ち戻ること。香港を香港に戻すこと。
香港人が香港を統治する『港人治港』の原則に基づき、基本法が目標とする普通選挙を認めて、自らの代表を選べるようにすることです。香港人の理性を信じたほうがいい。彼らはなにも大陸の政権と戦い続けるために生まれてきたんじゃない。自由と法治が維持されれば、社会の安定を求めるようになると思います。
中国政府は、国際社会に向けては『人類運命共同体』というスローガンを打ち出しています。香港の現状を見せつけながら『運命共同体』を呼びかけられても、国際社会から共感が得られるわけがない。香港という最も身近な相手とうまく関係を築けないとしたら、それは自らの治める力が不足していると思われても仕方がありません。
劉蘇里 Liu Suli
中国の民営書店の先駆けとなった「万聖書園」の創業者で経営者。1960年北京市生まれ。