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東地中海で今、何が起きているのか 天然ガスがもたらすせめぎ合いを読み解く

トルコから見える世界
北キプロス北東部、カルパズ半島から見た東地中海。天然ガスをめぐるせめぎ合いの舞台だ

■トルコとリビアが結んだ協定の波紋

トルコ政府は19年11月27日、地中海をはさんで対面するリビアの暫定政府との間で、排他的経済水域(EEZ)の境界を定める協定を締結した。EEZとは、それぞれの国が自由に海洋資源を採ることができる領域だ。

まず「暫定政府」という名前が分かりにくいのだが、2011年にカダフィ政権が倒れ、新政府が成立したものの不安定な状態が継続。2015年に国連主導で設立されたのが暫定政権だが、国の西半分しか統治できていない。東半分は、リビア国民軍という反政府組織が支配している。

なぜこれが大きなニュースになったかというと、東地中海では2010年頃から次々と大規模なガス田が発見されているからだ。その価値は7000億ドルに相当すると言われており、中東やアフリカの沿岸国はこぞってガス田を開発し、海底パイプラインによるヨーロッパへの輸出も検討していた。キプロス問題を抱えるトルコは、他国が連携して開発に取り組む動きから外されており、そこでトルコはリビア暫定政府とEEZ協定を結ぶ動きに出た。これにより、両国のEEZは接することになり、他国が開発を目指す欧州への天然ガス輸送ルートが通れない、いわば「壁」を作ったことになる。

トルコとリビア暫定政府の関係はこれにとどまらず、トルコが武器や軍事物資を供与する協定も結び、さらに12月26日にはエルドアン大統領が「リビアからの要請に応じ、トルコ軍を派遣する」とまで踏み込んだ。

トルコ側の関心はEEZにあるが、内戦に憂えるリビア暫定政府側は、安全保障に重きを置いている。リビアの反政府勢力へはトルコが敵対するエジプト、サウジアラビア、UAEや、ロシアも支援している。エネルギー問題での利を得ようとしてリビア暫定政府との関係を深めるトルコの動きは、「トルコとリビア暫定政府」対「反トルコ諸国」の構図をさらに強め、東地中海情勢を不安定化させる可能性をはらんでいる。

当然、パイプライン計画を封じられた側の国々は反発した。急先鋒は、ギリシャ、キプロス共和国、エジプト、イスラエルだ。さらにEU、アメリカも加勢している。両国間の合意を受け、4か国は「一方的な境界線の設定であり国際海洋法違反だ」と批判、ギリシャ政府はリビア大使を国外追放処分にした。キプロス共和国政府は、東地中海におけるトルコの掘削活動が違法だとして、国際司法裁判所に提訴した。

■キプロス問題とは何か

ここで「キプロス共和国」という名前が出てくる。この先に進む前に、地域の情勢を複雑にしている「キプロス問題」を簡単に説明しておきたい。

地中海東部に浮かぶキプロス島は、四国の面積の半分ほどの約9000㎢。人口は約120万人で、約7割がギリシャ系、約3割がトルコ系で、歴史的には共存してきた。

だが1960年にイギリスから独立後、双方住民の間で憲法改正などを巡り争いが頻発。74年になると、ギリシャ系住民側がギリシャとの統合を求めクーデターが発生。それに伴い、トルコは、トルコ系住民保護を名目に軍事介入した。その後、住民交換により国土の37%を占める北部にトルコ系住民、南部にギリシャ系住民が住む地域に分かれ、島は分断された。83年には、トルコ系が「北キプロス・トルコ共和国(北キプロス)」として「独立」を宣言した。

南北のキプロスを分かつ分断線近くでは、道路が突然封鎖されているところが複数ある

国連の仲介で長きにわたって和平協議が続けられたが、2004年の和平案が南の反対で否決され、その後間もなく南のキプロス共和国だけがEUに加盟すると、統合に向けた動きは減速、解決の兆しは見えていない。分断線に駐留する国連キプロス平和維持軍は、世界でも最も駐留期間の長い国連軍の一つとして、2019年で55年を迎えた。トルコ政府は南のキプロス共和国政府を承認しておらず、北キプロスには現在も約4万人のトルコ軍が駐留している。

■【地図】国連キプロス平和維持軍の展開状況(南北の分断線に沿って国連軍が配置されている)

■エネルギーが緊張の種に

EU加盟国であるキプロスは、ガス田開発のため米仏伊などの外国企業と契約し、探査と掘削を行っている。最近では、イタリア企業が15年に続き18年に大規模ガス田を発見。19年に入ると米企業もキプロス沖に巨大なガス田を発見した。だが、ガス田の多くはトルコと、トルコのみが国家承認する北キプロスが領有権を主張する海域にも重なっている。豊かな海底資源が、対立する国々にまたがって存在しているわけだ。

トルコも18年、最初の掘削船「ファティフ」を東地中海に航行させている。船名は、オスマン帝国時代にコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)を征服したスルタン・メフメト・ファティフに由来している。その後もスルタンの名前を冠した別の掘削船と2隻の探査船も投入し、単独で資源開発を続けている。

トルコ・アンカラのポーランド大使館前に飾られていたトルコ語のパネル。2004年5月、ポーランドと同時にEU加盟を果たした国々を紹介しているが、キプロス共和国の国旗にはバツ印がつけられ、トルコのみが承認する「北キプロストルコ共和国」を示す頭文字「KKTC」が落書きされている

人口約8000万人のトルコは、増大するエネルギー需要に対応するべく「輸入依存の軽減と輸入先多角化が喫緊の課題」(エネルギー相)だ。アメリカがイラン制裁を復活させ、イランの原油と天然ガスが禁輸になったことは、トルコに大きな痛手となった。

天然ガスを輸出するには液化施設やパイプラインなど、大規模なインフラが必要になる。各国がもつ既存の施設を利用するなど、関係する国々の協力が欠かせないため、海底資源開発というテーマで交渉と妥協が繰り返されることで地域に安定がもたらされるとの期待も高まっている。

実際、この東地中海という地域は歴史的に紛争の絶えない地域だが、反トルコでまとまる国々の間には結束がもたらされているようだ。キプロスとエジプトは18年、キプロス沖の天然ガスをエジプト経由でヨーロッパに輸出する海底パイプライン敷設協定を結んだ。同じ年、ギリシャ、キプロス、イタリア、イスラエル間でも、70億ドルのパイプライン敷設協定が署名された。19年には、イスラエルからエジプトに、20億ドルの天然ガスの輸出をする協定を締結。また、同年1月には、エジプトのカイロで共同開発・輸出のハブとなる「東地中海ガスフォーラム」が創設された。参加国はエジプト、キプロス、ギリシャ、イスラエル、ヨルダン、パレスチナ、イタリアで、対立するイスラエルとパレスチナがともに加わっているのが興味深い。現状、ロシアに天然ガスを依存しているEUは依存脱却のため東地中海の天然ガスに関心を寄せており、アメリカもこうした国々への支持を表明している。

一方で天然ガスが緊張の種になっているのも、東地中海のもう一つの現実だ。

東地中海沿岸の国々は国内人口が増えており、国内のエネルギー需要を考えればヨーロッパに輸出する余裕はない、との見方もある。そもそも海底ガスパイプラインの欧州への敷設は、EU市場までの距離と、海底地形の複雑さなどから100億ドル近い資金と高度な技術力が必要になり、実現性は乏しいとの指摘もある。トルコは、トルコ国内を通過する陸路によるガス輸送が最も効果的かつ効率的と主張している。

■それでもトルコを切れない、アメリカの事情

19年3月にアテネで開催されたエネルギーサミットには、トルコと対立している国々に加え、アメリカも出席。翌月、米上院超党派議員らは、30年来続いてきたキプロスへの武器禁輸を解除し、キプロスとギリシャへの計600万ドルの軍事支援を行うなどの内容を盛り込んだ法案を提出、上下両院を通過した。同法案は一方で、トルコがアメリカから購入予定だった戦闘機「F35」の売却中止も明記するなど、相当にトルコに敵対的な内容だ。

背景にはイスラエルロビーの後押しもあったと言われている。アメリカとイスラエル、ギリシャ、キプロスのエネルギー協力を深めるべく「アメリカ‐東地中海エネルギーセンター」設置も明記している。加えて、アメリカはギリシャとの間で両国海軍の協力強化やクレタ島にあるギリシャ空軍基地の使用許可も含む協定も結んだ。東地中海では伝統的に、アメリカ、トルコ、イスラエルが安全保障の基軸を作ってきたが、関係は徐々に崩れつつある。

ただ、アメリカはこの地域の安全保障上、トルコとの関係を悪化させにくい事情もある。

2019年11月、ホワイトハウスで共同会見するトルコのエルドアン大統領(左)とトランプ米大統領=ワシントン、ランハム裕子撮影

アメリカの中東における軍事戦略に重要な役割を果たしてきた、トルコ南部のインジルリッキ空軍基地の存在だ。同空軍基地には戦術核兵器が配備されており、イランに対する抑止力の役割も果たしているとされる。トルコ東部にはNATOの弾道ミサイル防衛のレーダーを配備した基地もある。エルドアン大統領は昨年12月、「対米関係次第では両基地が閉鎖される可能性もある」と、アメリカをけん制した。

■静観するロシア、どう動く

こうした動きに対し、シリア内戦以降、東地中海に艦船を派遣しているロシアは、いまだ目立った動きを見せていない。このまま非介入の姿勢を貫くか、トルコ側につくのか、その動向が注目されている。

トルコとの軍事関係を強化し、シリア内戦では和平交渉の立役者となっているロシアは、トルコの地中海沿岸にトルコ初となる原発を建設中だ。そのため、原発保護や原発燃料供給などを理由に東地中海における影響力拡大を狙っているとみる専門家もいる。さらに、今後シリアの安定化とともに東地中海に面するシリアにも領有権を主張させる可能性も指摘されている。

一方で、ロシアは歴史的に同じ正教会のギリシャ、キプロスを支援してきた背景がある。ロシアの富豪が米の制裁を回避するべく、マネーロンダリングにキプロスを利用してきたなど、関係は深い。シリア内戦に関与を始めた2015年には、キプロスとの間で、ロシア艦隊のキプロス港の利用を認める協定も締結している。

米戦略国際問題研究所のトルコ専門家ビュレント・アリリザ氏は、「キプロスにおいて、南のギリシャ系のみが国際的承認を得て以降、南北キプロス間の不均衡が拡大し、南のみが有利な立場で諸外国との交渉を進められる環境になった。トルコの動きは自国の主張に加え、南北の不均衡を是正しようとする狙いがある」と分析。一方で、トルコが関係を強めるロシアについては、「歴史的かつ金融面で関係の強いキプロス共和国と、ここ数年急速に関係を深めているトルコをてんびんにかけ、その時々の状況に応じて巧みにバランスを取りながら態度を決めていくだろう」と述べ、軍事、経済面で結びつきを深めるトルコ・ロシア関係が、ただちに東地中海情勢に波及する可能性については否定的な見方を示した。

地中海に面し、かつイラン、イラク、シリアと国境を接し、治安・経済両面で周辺から様々な影響を受けるトルコ。関係国の主張する領有権が重なることに加え、EU未加盟ながらNATO加盟国というトルコ自身のスタンスも、複雑さに拍車をかける。米露両大国のはざまで、難題を複数抱えるだけに、その外交手腕が2020年も注目されている。