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実は「再エネ大国」のケニア、地熱発電は日本の技術が支えている

アフリカの地図を片手に 更新日: 公開日:
大地溝帯に存在するオルカリア地熱発電所

世の中には関係者の間では半ば「常識」と化しているのに、一般にはあまり知られていない事がある。東アフリカのケニアにおける再生可能エネルギー拡大に果たす日本の絶大な貢献は、そうした事柄の典型かもしれない。
ケニアはいまや、総発電量の85%を地熱発電と水力発電などでまかなう再生可能エネルギー大国だ。その中心的な役割を果たしているのが、首都ナイロビの北西約100キロに位置するオルカリア地熱発電所である。そして、同発電所の建設と運転に大きく貢献しているのが日本の国際協力機構(JICA)と複数の日本企業である。(白戸圭一)

■急速に進んだ電化

9月初旬にケニアを訪れた際、JICAのご厚意で同発電所を見学する機会に恵まれた。

1963年に英国から独立したケニアは、日本の約1.5倍の国土(58万2646平方キロ)に4970万人(2017年、国連統計)が暮らしている。近年は堅調な経済成長を実現しており、2018年のGDP成長率は6%(IMF統計)に達した。

ケニア政府は経済成長を持続させるためには国内の電化が重要であると考え、2008年に策定した長期開発戦略「ビジョン2030」の中で、2022年までに国内を100%電化する計画を打ち出した。

2014年に完全電化に向けた計画が本格的に動き始めた時、三井物産戦略研究所の調査マンとしてケニアを訪れた私は、計画の実現に極めて懐疑的であった。当時のケニアの電化率はわずか32%。いくら経済成長が順調とはいえ、2022年までのわずか8年間で電化率を3倍にできるとは思えなかったのである。

しかし、発電所建設、送電・配電網の拡大、電気料金徴収システムの整備などを進めた結果、電化率は2018年末時点では75%にまで急上昇した。

ケニア統計局によると、2018年時点の同国の年間総発電量は1万1182ギガワット時(GWh)で、日本の年間総発電量の約90分の1である。日本の総発電量と比べれば微々たるものかもしれないが、電化の飛躍的な進展には目を見張るものがある。

さらに注目すべきは、ケニアの電源構成比の劇的な変化だ。統計局によると、2010年時点の総発電量6976GWhの電源別の内訳は、水力発電が最大の46%を占め、次いで火力発電32%、地熱発電21%であった。

ところが、2018年の総発電量1万1182GWhの電源構成比では、地熱発電が最大の46%を占めるに至り、水力発電36%、火力発電は14%にまで低下した。また、新たに導入された風力発電が3%を占めるようになっていた。つまり現在、地熱・水力・風力を合計した再生可能電源はケニアの総発電量の85%を占めているのだ。

もうもうと湯気を噴き上げるオルカリア地熱発電所の4号機(2015年撮影)=ケニア中部のヘルズゲート国立公園、小坪遊撮影

再生可能エネルギーの柱は、何といっても地熱発電である。ケニアの電力公社KenGen社によると、ケニアの地熱発電の有効設備容量(実際に稼働している設備の容量)は76万kWで、①米国、②インドネシア、③フィリピン、④トルコ、⑤ニュージーランド、⑥メキシコ、⑦イタリアに次いで世界第8位であり、世界第9位のアイスランド、第10位日本を上回っているという。

首都ナイロビから車で3時間ほど走ると、灌木が茂る丘陵地帯にクリーム色の太いパイプが縦横無尽に張り巡らされ、ところどころに巨大な建屋がそびえ立つ光景が目に入ってくる。ケニアの電力の46%を生産しているオルカリア地熱発電所だ。

同発電所は、首都ナイロビの西約100キロ付近を南北に走る大地溝帯の中にある。大地溝帯は中東のヨルダンからアフリカ大陸のインド洋岸に位置するモザンビーク付近まで、およそ6000キロ以上にわたって南北に走る世界最長の断層陥没地帯だ。陥没地帯の幅は狭いところで30キロほど、広いところで60キロほどあり、陥没地帯の両端は崖になっているところが多い。

大地溝帯の地下ではマントルの対流が活発で、活火山が点在し、地震が多い。オルカリアの地下数千メートルにはマグマ溜まりがあり、周囲の地下水は温められて水蒸気となっている。地熱発電は、井戸の掘削によって水蒸気と熱水を地上に噴出させ、その勢いでタービンを高速回転させて発電する仕組みだ。

オルカリア地熱発電所で、地下の水蒸気を噴出させるための井戸

オルカリアで最初の地質調査が行われたのは、独立前の1956年。独立後の1970年代から本格的な開発が進み、1981年に最初の発電所「オルカリアⅠ」が完成し、1~3号機が運転を開始した。現在は「オルカリアⅠ」から「オルカリアⅣ」まで四つの発電所が稼働しており、「オルカリアⅤ」と「オルカリアⅥ」が建設中だ。

Ⅰには5機、Ⅱには3機、Ⅲには6機、IVには2機の計16機のタービンがあるが、このうち実に10機が日本製である。日本製タービンの納入を請け負ったのは日本の総合商社であり、設置に必要な資金は日本の円借款によって支援されている。タービン建屋内部に入ると、耳をつんざく轟音を響かせながら回転しているタービンに「TOSHIBA」「MADEINJAPAN」の文字があった。現在建設中の発電所にも日本企業2社が蒸気タービン・発電機を計3機納入することが既に決まっている。

■世界シェア7割の技術

発電所建設に必要な機器の納入は、入札によって決定される。入札には世界各国の企業が名乗りを上げるが、そうした中で、なぜ、これほどまでに日本勢が強いのか。

地熱発電の専門家によると、水蒸気や熱水には様々な不純物が含まれており、発電のためには不純物を除去しなければならない。その除去技術で世界をリードしているのは日本であり、日本企業は地熱発電用タービンの世界シェアの約7割を占めている。

さらには、地熱開発には、地下に十分な熱源があるかどうか実際に井戸を何本も掘ってみないと分からない難しさがあるが、こうした探査の技術でも、日本企業の水準は世界トップクラスだという。JICAは発電所建設だけでなく、井戸の掘削技術、探査技術、環境技術、熱水や蒸気の多目的利用、資材調達、プロジェクトの経済性の評価や公社の経営までを含む包括的な能力向上に向けた研修をケニア側に供与している。

オルカリアの地に足を踏み入れると、祖国日本を誇らしく思う感情が湧き上がってこないといえば嘘になる。世界に誇る日本の高い技術力がケニアの電化に貢献しているのだ。それも環境負荷の極めて少ない再生可能エネルギーの開発を通じた貢献である。

オリカルアI、4号機のタービンは東芝製だった

■なぜ広がらない、日本の地熱発電

そして同時に、一つの素朴な疑問も湧き上がってくる。世界に比類なき高水準の地熱開発技術によって他国の電源開発に貢献しているにもかかわらず、なぜ、世界有数の地震・火山大国である日本では、地熱発電所の建設が進まないのだろうか。

夜間発電できない太陽光発電や、無風時には発電できない風力発電とは異なり、地熱発電は24時間安定的に電力を供給できる。発電コストは太陽光や風力の2分の1から4分の1程度と安く、火力発電とほぼ同じ水準だ。

しかし、日本の「エネルギー白書2018」によると、地熱及び新エネルギーによる発電量が日本の総発電量に占める比率は2016年時点で7%に過ぎない。東日本大震災を機に原発の稼働が減った日本の発電を支えているのは、天然ガス、石油、石炭による火力発電だ。

地熱発電に関係する企業や研究者で作る日本地熱協会によると、世界有数の火山国である日本の地熱資源量は、アメリカ、インドネシアに次ぐ世界第3位の2347万kW相当を誇る。これは一般的な原子力発電所に換算すると、原子炉20基分の発電能力に相当する巨大なエネルギー源だ。

だが、日本国内で稼働中の地熱発電所の出力は36地点で計約52万kWと、地熱資源量の2.2%が利用されているに過ぎない。このうち電力会社が運営する本格的な地熱発電所は17カ所に過ぎず、他は温泉旅館や個人が小規模な地熱発電を実施しているのが実情だ。

大分県九重町の八丁原地熱発電所(2018年撮影)=朝日新聞社ヘリから、堀英治撮影

地熱発電が日本で進展しない理由として、①発電コストは安いが、初期投資額が大きい、②掘削後に発電不可能なケースがあるなど事業の見通しを立てにくい、③地熱資源の8割が国立公園や国定公園の中にあり大規模開発が困難、④温泉など観光産業への影響を懸念する住民の理解を得るのが困難――などが指摘されている。

だが、そうした理由によって日本では「極めて困難」とされる地熱発電所の建設が、かたやオルカリアでは着々と進んでいる。それも日本の資金と技術によって。

オルカリア地熱発電所は「へルズゲート自然公園」と広い範囲で重なっている。私が発電所を訪れたその日も、発電設備の近くではシマウマやキリンなどの野生動物がのんびりと草をついばんでいた。

その様子を眺めながら考えた。ケニアの人々は、日本の技術と資金を巧みに引き出し、地下深くに眠る巨大なエネルギーを利用し尽くし、再生可能エネルギー中心の電化を着々と進めている。他方、我々は足元に眠るその膨大なエネルギーをほとんど利用することなく、そのエネルギーが引き起こす噴火や巨大地震に怯えながら、原発を再稼働しようとしている。合理的選択をしているのはどちらなのか、と。