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日本人住民の居場所が消え、タピオカの店が生まれる 芝園団地、商店街も変化

芝園日記
芝園団地商店街の「メインストリート」。中国人経営の飲食店や食材店が並ぶ

■日本人住民の「居場所」また一つ消えた

6月末、芝園団地で30年以上にわたって住民に愛されてきた喫茶店「のんのん」が閉店した。

ここは、団地の中でも特別な場所だ。

長年団地に住んでいる日本人住民の憩いの場であった「のんのん」は、情報の交差点のような場所でもある。「○号棟の○○さんが亡くなった」「あそこの空き店舗にはこんな店が入るらしい」。ここに来て常連客たちと話をすれば、団地で最近どんなことが起きたかが、わかるのだ。

最終営業日の6月30日には、店主の津田恭彦さんが常連客ら70人ほどを招待して、立食パーティーが開かれた。最後の食事を楽しみながら、一人ひとりお世話になった津田さん夫婦に、別れと感謝の挨拶をした。

日本人の常連客は、ここでしか顔を合わせない人も多い。「のんのん」の閉店は、団地のコミュニティのつながりが、さらに弱まることを意味する。

「明日からどこに行こうかねえ」

「寂しいねえ」

客同士、そんな会話が交わされていた。

閉店した喫茶店「のんのん」

日本人住民が減り、中国人住民が増えていくことと並行して、団地の商店街は近年、急速にその姿を変えつつある。

商店街の「メインストリート」ともいえる7つの店が並ぶ一角は、私が引っ越してきた2017年当時は、長年営業してきた日本人経営の飲食店や酒店が残っていた。だがそれらも閉店し、いまは中国系の飲食店や食材店が並ぶ。

「メインストリート」以外でも、日本人経営の店が閉店した後は、空き店舗の状態が続くか、中国人向けの店が入るかのどちらかだ。「次は日本の店が入ってほしいねえ」。古くから住む日本人住民の間では、どこかが閉店するたびにそんな言葉が交わされるが、その願いがかなうことはない。

かつての商店街は、魚屋から薬局まで生活に必要な一通りのものがそろう店が並び、大勢の買い物客でにぎわっていたそうだ。私のように新しく引っ越してきた住民には、その頃の記憶がないので、その風景が頭に浮かぶことはない。

だが、昔を知っている住民は違う。

かつて自分たちが毎日のように買い物をした商店街は、もう消えた。中国語の看板が並ぶいまの商店街は、自分たちが足を踏み入れることはない別世界だ。自分たちがにぎわいの中心にいた時代の記憶があるがゆえに、目の前の現実に寂しさや苦い思いがこみ上げてくる。

■中国人住民もひとくくりにできない

夕方に始まった「のんのん」お別れの会は、日が暮れてからも続いた。

夜7時過ぎ、外の空気を吸おうと「のんのん」を出ると、商店街の広場の一角から大声が聞こえてきた。中国人の男性数人がもみ合いになっている。私は立ち止まる大勢の人たちと一緒に、少し離れたところでその様子を見守っていた。

騒ぎを見守る私たちの前を、スーパーマーケットで買い物を済ませた初老の男性が通りがかり、立ち止まった。もみ合いの様子をじっと見つめている。

自転車に乗り込んだ男性は、現場を去り際、「この国から出ていけよ!」と声を張り上げた。その一言で、広場には喧嘩とは別の緊張が走った。

「ああ、ここにも『怒れる日本人住民』がいる」

私は思った。中国人住民に対してよい感情を抱いていない日本人住民の中には、こうした態度を取る人がいるからだ。

騒ぎを聞きつけて、「のんのん」にいた日本人客も出てきた。近くにいた中国人男性の一人が、流暢な日本語で私たち日本人に実況解説を始めた。これもまた、芝園団地らしい光景だ。

「なんて言っているの?」

「あ、いま『警察を呼ぶ』って言ってますね」

「中国人の喧嘩は、あんまり殴り合ったりはしないんだね」

「あれは殴り合いにならないように、周りが止めているんですよ」

解説をしてくれた中国人によると、中国料理店で酒に酔った男性客が別の客とトラブルになり、ほかの中国人が引き離そうとして、もみ合いになっているらしい。

大勢の警察官が駆けつけ、騒ぎを目撃していた人たちから事情を聞いていた

騒ぎは15分ほどしてようやく収まった。

警察官が到着して現場にいた人たちから事情を聴き始めたころ、喧嘩の一方の当事者である若い男性が地面に仰向けになり、「ギャー」と叫び声とも泣き声ともつかない大声を上げ始めた。

最初から状況を見ていた中国人男性たちが、警察に状況を説明していた。

「あの人はわざと倒れています。騙されちゃだめですよ」

「中国人として恥ずかしい。子供も見ているのに。早く連れて行ってください」

私たちはつい、「中国人住民」とひとくくりにしてしまいがちだが、実際には日本人と同じように、中国人にもいろいろな人がいる。

■タピオカ店に、日本人は集うか

「のんのん」に戻ろうとすると、あの「この国から出ていけよ!」と声を張り上げた男性が店の外に腰かけているのに気づいた。缶チューハイを片手に、ほかの男性2人と騒ぎを見守っている。

話を聞こうと近づいたとき、はじめて気づいた。男性たちが話しているのは、日本語ではなかった。

隣に座って話しかけると、近所に住むバングラデシュ人だという。30年以上日本に住んでいて、この日は団地に住んでいる同郷の友人を訪れたところだった。芝園団地には20世帯ほどだがバングラデシュ人も住んでいて、私も顔見知りが2人いる。

「あれは中国人でしょう。外国人全体のイメージが悪くなるから、迷惑ですよ。日本の警察も優しすぎますね」

男性は冷ややかな視線を投げかけながら語った。

この日は広場で、いろんな人と会う日だった。

芝園団地。1号棟から15号棟まである。=大島隆撮影

男性と話しているところに、今度は友人の中国人男性が通りがかった。子供を三輪車に乗せて遊ばせているところだった。

「何があったんですか?」

男性に尋ねられ、経緯を説明した。「そういう嘘をついたら、罪になるんじゃないですか?」。男性は、仰向けになっている男性に目線をやってから言った。

IT技術者を派遣する企業を経営している男性は近く、団地から引っ越すことになっていた。「住みたい街ランキング」の上位に入る街のマンションの一室を購入したという。

「ここです」と見せてくれたスマホの画面には、見上げるような高さの高層マンションが写っていた。

30年以上続いた喫茶店の閉店を惜しむ、70歳を過ぎた日本人常連客たち。

酒に酔って騒ぎを起こした男性。それを「中国人の恥だ」と非難する別の中国人たち。

この地に根を下ろしたバングラデシュ人。これから別の土地に根を下ろそうとする中国人。

小さな広場にいろんな人たちが集った、芝園団地の一日だった。

    ◇

すべてのものは、移り変わる。去っていく人もいれば、やってくる人もいる。その過程で軋轢も起きるかもしれないが、新しい活気につながることもある。かつての商店街と様変わりしたことを嘆く日本人住民の話を聞くたびに、「その気持ちも無理ないなあ」と心情的に思う。一方で、誰も入居せず空き店舗だらけになれば、その姿はもっと寂しいかもしれない。

商店街の空き店舗の一つには近く、タピオカミルクティーの店が入る予定だ。

「のんのん」が閉店して行き場を失った常連客の中には、「行くところがないから家にいて、人と会わなくなった」とぼやく人もいる。

タピオカミルクティーが口に合うかどうかはわからないが、開店したら、声をかけて一緒に行ってみようと思っている。

■朝日新聞日曜別刷り「GLOBE」の記事やウェブメディア「GLOBE+」での連載「芝園日記」をもとにした新刊「芝園団地に住んでいます」(明石書店)が10月1日に出版されます。本記事は書籍の内容の一部を再構成したものです。

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