「受け入れがたい格差が是正されることを願う」。大統領マクロンは昨年3月、義務教育年齢を引き下げる方針を示した演説で、こう述べた。
3歳からの義務教育は欧州連合(EU)で最も早い。読み書きや計算など基本的な知識を早く身につけることで、格差解消につなげるのがねらいだ。とりわけフランス語を重視する。歴史的に移民が多く、言葉ができなければはい上がれないからだ。
国民教育相ジャンミシェル・ブランケールは「フランスは『自由・平等・博愛』の理念をもつ。皆が人生の平等なスタートラインに立てるようにしなければならない。そのための義務教育は国が保証する」と強調する。
3歳からの義務教育は、日本の感覚では早いように感じるが、フランスの人たちに驚きはない。すでに3~5歳の子どもを受け入れる「保育学校」があり、3歳児の約97%が通う。国民教育省が管轄し、「100まで数えられる」「大文字が読める」などといった学習指導要領に沿って進む。
パリから列車で2時間の港町ルアーブルに住む看護師のアンヌソフィー・マウ(35)は、5歳から10歳の3人の子どもを育てる。早期の義務教育について、「3歳になると話も理解できるようになるし、社交性を身につけるにはちょうどいい」と話す。
フランス西部の街アンジェに住む美容師で4児の母カチェム・マリ(45)は、長男を保育学校に通わせなかった。「幼い頃は、成長のリズムを子どもの歩幅に合わせるべきです。全員が3歳から通う必要があるのかな」と疑問を投げかけた。
義務教育を3歳からにすることで、新たに対象となるのは3歳児の2.4%の約2万5000人。予算は年間約1億ユーロ(約117億円)という。パリ市内の保育学校の新人教師(30)は「今は親の都合で午前だけ、週に数回だけ通園するケースも多い」という。「年齢が低いほど、1人をみる負担は増える。フランス語を話せない親やその子どもを教えるために、よりスキルが求められることになる」と話した。
移民を受け入れてきたフランスでは、格差の拡大が大きな問題だ。移民の多い地域では、就学率が8割に達しない例もある。
かつて工業地帯として栄えたパリ郊外の街で、雑草が茂る空き地が目立つ中に、鉄筋コンクリートの無機質な学校が立っていた。4月から日本でも公開しているフィクション映画「12か月の未来図」の舞台となった公立中学だ。7月に訪ねると、休暇に入っていて、生徒や保護者がときおり出入りする。アフリカ系フランス人など約40カ国からの生徒が集まるとあって、髪の色やいでたちも様々だった。
授業中におしゃべりをする、大麻入りのチョコレートケーキを配る……。映画は、荒れた学校を立て直すためにパリ市内のエリート校から1年限定で転任してきた教師の目を通して、「格差社会の負け組」となった学校の姿を描いている。
「パリ中心部と郊外との格差や、フランス全土の格差を伝えたかった」。この学校を2年にわたって取材した監督のオリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル(49)は言う。当初は高校を舞台にするつもりだったが、義務教育を終えずに退学する生徒が年間でかなりの数に及ぶと知り、設定を変えた。
ベテラン教師はパリ中心部に集まり、郊外は新人ばかり。「貧困層は人生に失敗するとの偏見があり、生徒も諦めている。生徒を信じて意欲を引き出すことが、教育格差の是正につながる」と話す。
経済協力開発機構(OECD、パリ)就学前学校教育課長のベルファリ・ユリ(46)は、こう警鐘をならす。「教育は公の財産。どんな背景を持つ子どもにも同じ質の教育を提供しなければ、格差は広がるばかりだ。机の上の勉強だけでなく、遊びや体験から得られるスキルも重視し、個人と社会にとっての礎としなければいけない」