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義務教育を3歳から、その狙いは? フランスの教育大臣に聞いた

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フランスではこの秋、義務教育が3歳からになる

■みなが人生の平等なスタートラインに立つために

――公教育はどのような役割を果たすべきでしょうか。

「学校は、フランス共和国の歴史と切り離せないほど重要な役割を果たしてきました。1880年代、6歳からの義務教育を始めたのは、革命から約100年に及ぶ不安定な時期を経て、共和国の基礎を強化するために学校に力を入れようと考えたからです。学校を通じて国民に知識を与え、フランス国民として育てようという考えです。その目的は皆が人生の平等なスタートラインに立てること。生まれた家庭の都合ではなく、自分次第で将来が決められるように、家庭の経済レベルや社会的な要因をこえた政策をとらなければいけません。実現のため、全体の学力を上げることや、『社会的な正義』を目指すことを目標に掲げました。すべての子どもたちに知識の基礎を身につけさせることが目標の達成につながり、学校への信用にもつながります」

ブランケール国民教育相

――その考えは現代も変わらないということですか。

「私たちは2017~22年までの政策のテーマを『信用の学校』と位置づけました。学校を通じてフランスという社会に所属している人たちが互いに信用しあえるようになることが目的です。決して簡単なことではありませんが、いったん、お互いのこと信用し合えるようになったら、子供たちも自分に自信がつくでしょう。公教育に対する不信感を拭いたいと考えています」

■人生最初の7年間がカギを握る

――3歳からの義務教育を実施しているのは欧州ではハンガリーだけで、学習到達度調査(PISA)の成績が上位のフィンランドやエストニアは7歳から義務教育が始まります。「信用の学校」を実現するために、義務教育の年齢を引き下げることが大切なのでしょうか。

フランスの国旗がはためく国民教育省庁舎

「保育学校に通う時期は、子どもの成長にとって大変重要です。あらゆる分野の研究で、人生の最初の7年間が大事だという結果が出ています。ですから保育学校の政策、つまり幼い子どもたちを対象にする政策はそれだけ大切なのです。限られた予算を投じてすることですから、大きな効果をもたらしてほしい。ですから、子だもたちが3歳から教育を受けることが必須だと考えました」

「現時点で3歳以上の子どもたちの97%は既に(幼稚園にあたる)『保育学校』に通っています。残りは3%とはいえ、約2万5千人いるので、その数を軽視してはいけません。海外県や移民の多い地域では、保育学校に通う子どもは格段に少ない。午前中だけ、あるいは週に数回だけ通わせる家庭もあって、皆が毎日、朝から夕方まで通っているわけではありません」

「全員を通わせるだけで満足することなく、質を担保しないといけません。認知科学の最新の研究結果なども考慮すると、語彙レベルの差が格差にもつながっているので、特に語彙力を増やすことが重要だと思います。その点で、保育学校の時点でフランス語の習得状況を改善できれば、子どもたちは小学校に入る時点で、より平等なスタートラインに立つことができるでしょう」

――「平等」がキーワードだということですか。

「私たちの目的は競争させることではなく、協力的な環境をつくることです。一人で勝利するのではなく、皆で勝利を目指した方がいい。一人で好き勝手に生きていくのではなく、周囲に耳を傾けたり、相談したりすることも大事です。そのためには、子どもたちがフランス語を話せる才能を育てるべきだと考えています」

■「いじめ問題」はどの国にも

――4日に開かれたG7の教育相会合でも早期教育を討論のテーマに追加しました。

「国によって教育に求めることは異なるかもしれませんが、学童期に入るまでの子どもたちをどのように育てればいいかというのは共通の課題です。どこの国の統計でも、5~15%の子どもたちが学校でいじめに遭っています。これは無視できない社会現象です。いじめ問題は学校への不信感や不登校の原因につながります。子どもたちが保育学校の年齢の時点で協力したり、他者との違いに対する理解度をあげたりするような共和国的な価値観を身につけさせることが大事だと考えています。学校教育の使命は知識を与えるだけではなく、価値観を伝えることでもあります。相手に対する尊重、尊敬の気持ち、共感や連帯感という価値観を子どもたちに身につけてほしい」

フランス国民教育省の庁舎内に並ぶ、歴代大臣の肖像

――先生も大変ですね。

「教師の役割や仕事も国際的な観点で話し合うべき課題です。教師になるための研修中に、世界中に学びに行けるような環境を整えられるようにしたい。人工知能(AI)の導入などで、今の子どもたちが就く仕事は大きく変化すると思います。今後増えていくであろうIT系の職やエコな仕事などに就くために何を学び、どのような資格をとればいいのかを考える必要があると思っています」

――学力の格差はなぜ起こるのでしょうか。

「フランスでは現在、学校に通う約20%が期待されている成績に達していません。成績の格差は、社会的背景の格差と相関関係にあります。それを償うのは学校の役割だと考えています。先ほど述べた20%の生徒たちを対象に、小1と小2のクラスの児童数を半分にしました。年間30万人の子どもたちに及ぶ政策で、今後は保育学校まで政策の範囲を広めるつもりです。とはいえ、全体的な底上げには時間がかかります。ですから、3歳からの義務教育という抜本的な改革を施すことにしました」

執務中のブランケール国民教育相

――保育学校に通う時期は人間形成における重要な時期だということですが、全員がフランス語の読み書きができて、話せるようになることが教育の格差是生につながると考えているのでしょうか。

「そうですね。子どもたちが現時点で体感している不平等をなくすことが最終的な目標です。そのためには、『読む』『書く』『数える』『相手のことを尊重する』の四つの能力を身につけることが大切だと思っています。読み書きや計算は小学校1年生で教わることですが、結局は小学校に上がる前の家庭や学校での学びが大きな変化をもたらしています。特に注目したいのがやはり語彙力です。小学生になったら読解のスキルを身につけますが、文字は読めても意味をどのように捉えるかが肝心です。小学校に入る前に一定の語彙力を身につけていなければ、語彙力がある児童との間にギャップが生まれてしまいます」

■大人の不平等を反映させない

――全体的な学力の底上げにはなっても、格差は縮まらないという懸念はありませんか。

「できるだけそのような状態をやわらげようとしているつもりです。先日、ある寄宿学校のパーティーに出席しましたが、そこの寮生は全員恵まれてない地域で生まれ育っています。それでも高度の学歴を身につけ、学習に集中しやすい環境も提供されています。同じ世代の人の間に存在する『日常の事情の格差』を減らそうとしています。『公』の学校というのはまだまだ捨てたものではなく、逆に21世紀における挑戦の余地があるととらえています」

――アメリカではチャータースクールが急増するなど、他国では公設民営化の動きもあります。フランスは、あくまで「平等」という理念を守るということですか。

「フランスにおける義務教育というのは、共和国の保証です。学校間の予算の格差など、大人の世界の不平等を子どもの世界に反映させる訳にはいきません。持続可能な開発やバランスの保たれた平和な社会を望むならば、学校は『共和国らしくあるべき』なのです。学校を通じて、人それぞれが違うことを理解したうえで、お互い協力できる精神を育み、友愛を実現する社会をつくるためには、学校の間に壁や塀があってはいけません」

――基礎的な知識を十分に身につけないと、中学や高校の退学につながるという統計もあるようですが、そういったことへの対策にもなり得ますか。

「もちろんです。子どもたち全員に基礎的な知識を与えることが大切です。小学校卒業した時点に、基礎を身につけてない子どもたちが約20%もいるという事態は、あってはならないことです。まさに『革命』並みの改革なのです」

「高校の卒業試験でも口述試験に重きを置くことになったので、先ほどお話しした、語彙力に裏付けられた『話す』能力がより重視されます。今回の施策は将来に向けて、一貫性のある政策だと思います。幼稚園から高校卒業まですべての子どもたちは、歌い、話し、討論し、人の言うことを聞き、同級生と協力しなければいけない。それこそ我らが描いている『信用の学校』像なのです」

■9月1日発行の朝日新聞日曜別刷り「GLOBE」とウェブメディア「GLOBE+」で、格差が広がる中での世界の公教育を特集します。フランスのルポも掲載します。