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韓国「光州事件」弾圧の現場、「芸術の街に」の名の下に薄れる足跡

At the Scene 現場を旅する
客待ちのタクシーが並ぶ光州の中心部。前方で、旧全羅南道庁舎とともに時計塔が光っている=韓国・光州、角野貴之撮影

光州の中心部にある旧全羅南道庁舎①の前に立ち、戸惑った。年月を感じさせる本館の右横の建物が、左半分だけポップな格子状の骨組みのようになっている。見上げると、ハングルと英語で「国立アジア文化殿堂」と看板がある。ここは、あの「光州事件」で軍が市民を射殺し鎮圧した最後の現場じゃないの?

「光州事件」の現場となった旧全羅南道庁舎の別館。左半分が取り壊され、国立アジア文化殿堂の入り口となっている=藤えりか撮影

近くには「旧庁舎復元の10万人署名運動」と掲げた机があり、賛意を募る紙とペンが並んでいた。民主化を求める人々への軍の弾圧で300人以上の死者・行方不明者を出した惨劇から来年5月で40年。事件の象徴、旧全羅南道庁舎はどうなっているのか。

奥へ進むと、銀色のオブジェのある噴水や白いピースサインの像が現れた。地上は憩いの場、地下は現代アートの展示やワークショップの場と、ルーブル美術館さながらの造りだ。

旧庁舎別館の約4割などを取り壊し、2015年に開館した文化殿堂について、光州市担当者は「民主化運動の意義を芸術に昇華させる趣旨」と言う。貴族や学者らがソウルの政争を逃れて集った光州では、古くから書や美術が育まれた。古美術品店が並ぶ「芸術通り」もある。東アジア初のビエンナーレも開催。文化殿堂も会場になり、事件をモチーフに展示もしてきた。とはいえ、当時の軍事政権の関与など事実関係が解明されないなかで、現場の一部を取り壊すとは。

「光州事件」の主要な現場のひとつ、旧全羅南道庁舎の別館前では、庁舎の復元を求めて10万人の賛同を集める署名活動が続く=藤えりか撮影

「光州事件」の資料などを記録する「5・18民主化運動記録館」②館長のナ・ウィガプ(69)は「以前から、事件に関する機密文書は廃棄されてきた」と話した。弾痕が塗り固められたりもしたという。

「5・18記念公園」③には事件を後世に伝える財団がある。その上級研究員で、元市秘書室長のイ・ジェウィ(63)が解説する。「保守派の朴槿恵政権と市の、妥協の産物なんですよ」。文化殿堂の構想は、当初は革新派の盧武鉉政権が旗を振り、旧庁舎取り壊しの計画もなかった。だが、続く保守派の李明博政権が別館撤去を打ち出す。遺族の猛反対で撤回したが、次の朴政権は、取り壊しの受け入れか、建設中止かを迫った。国のインフラ整備が遅れてきた地元は、活性化が望める新計画を受け入れざるをえなかったという。

「光州事件」の現場の一つ、旧全羅南道庁舎の裏に建てられた国立アジア文化殿堂=韓国・光州、藤えりか撮影

市内に29カ所ある史跡地も、石碑は立つものの、控えめな印象だ。事件を描いた映画『タクシー運転手』の大ヒットを機に、「負の歴史を学ぶ旅」として大々的に打ち出せないものだろうか。観光コンベンションビューローの担当者に聞くと「現在進行形の問題すぎて難しい」と言う。「最近も保守系議員が犠牲者を中傷する発言をしたりしていますから」

犠牲者が眠る国立5・18民主墓地④に足を延ばすと、建物に文言があった。「記憶されない歴史は繰り返される」。悲痛な叫びとして響いた。(藤えりか)

■「お餅」みたいな韓流ハンバーグ

平野と山地が交わり、食材豊富な美食の街・光州で、地元の人がもれなく挙げる名物がトッカルビだ。牛や豚の肉をたたき、粗めのミンチにして焼いたハンバーグ。餅(トッ)のような平たい形から名付けられたという。

光州松汀駅近くに「トッカルビ通り」がある。店の一つ、創業40年以上のファジョントッカルビ⑤に入った。

箸で豪快にかぶりつくと、ほんのり甘みもある風味が、肉汁とともに広がる。秘伝のダシがベースだという。硬いかと思いきや、かみ応えがありながらジューシー。1960年代に、市場で余った肉を使い、商売を始めた女性が元祖だそうだ。店主のキム・ソンフン(49)の72歳になる母は、この女性から直々に教わって、店を開いたという。

トッカルビ(右前)と、豚の骨のスープ(左)=韓国・光州、角野貴之撮影

キムは「光州事件」当時は小学生だった。「あのころは、とても店を開けられる状況ではなかったけど、母や、この通りの店の人たちは、軍と戦う市民に飲み水をあげたりしていたんですよ」と振り返った。

■ボランティアが伝える

「光州事件」当時を知る人や学んだ人たちが、ボランティアで史跡地の案内を続けている。そのひとり、キム・ヨンチョル(64)は当時、光州にある朝鮮大学の学生だった。デモに参加したものの、最終的に実家のソウルに逃れたことを気に病み、「贖罪の気持ちで活動を続けている」。留学経験を生かし、日本語でも解説している。

「光州事件」を後世に伝える「5・18記念財団」のボランティア文化解説士として、現場となった旧全羅南道庁舎前で学生に歴史を語るキム・ヨンチョル=韓国・光州、藤えりか撮影

■東方神起ユノのふるさと

光州は伝統芸能パンソリの大家を生むなど、音楽でも人材を輩出してきた。Kポップでは、NHK「紅白歌合戦」にも3度出場した「東方神起」のユノ(ユンホ)や、「防弾少年団」のジェイホープが光州出身。日本や中国などのユノの熱狂的ファンが彼の母校や、ゆかりの施設などをめぐるツアーもひそかに人気となっている。日本に長く住み、紅白にも3度出た歌手キム・ヨンジャも光州出身だ。