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英国で急増 ホームエデュケーションを選ぶ親に共通する、ある視点

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ロンドンを拠点に活動するプロテニス選手の宮崎百合子と母章子。百合子はテニスとの両立のため、15歳からホームエデュケーションを選んだ

辺りに牧草地が広がるイギリス中部の街ペンクリッジ。だれもいない駅で一人、大粒の雨の中を待っていると、「こんにちは。ようこそ」。日本語のあいさつが聞こえてきた。青いウィンドブレーカーを着たカエラン(9)だ。手には手書きのプレート。「Welcome Saori」と書いてある。私の名前の「沙織」だ。母親のメリッサ・スペード(36)が「今朝、あなたが来ると知って作った」と話してくれた。隣町テルフォードに住むオピー(8)を紹介してくれるという。

カエランは記者が訪れることを知り、得意の絵を描いた紙を手に持って出迎えてくれた

車で約20分。オピーと父親のパウリー・トゥインクルスター(39)が迎えてくれた。家の中には、いたる所に「カブトムシ」があふれていた。置物や絵、カブトムシをかたどった掛け時計もある。

「カブトムシって、形がかっこよくて強そうだよね」。オピーはそう言うと、お気に入りの作品集を見せてくれた。カブトムシの絵のほか、友だちと生態を観察している写真もある。20ページほどの冊子は、すべてカブトムシがテーマになっていた。

オピーの家には、カブトムシなどの虫の絵やオブジェがたくさん

オピーは保育園に通っていたとき、先生と相性が合わなかった。父は「ストレスなく自由に学ばせたい」と、オピーを小学校に行かせず、ホームエデュケーションで学ばせることを選んだ。

毎日の過ごし方は、オピーの興味に沿って進める。インターネットで知り合った仲間と美術館に出かけたり、友だちを集めてバスケットボールをしたり。何時間もドラムをたたく日もある。父パウリーは隣で教えたり、一緒に学んだりする。「彼の興味や関心を後押しするのが役目だと思っている」

父パウリーが描いた虫の絵を手本にしながら、絵の具で色を塗るオピー。部屋にはレゴで組み立てた作品が所狭しと並ぶ

オピーの家を後にして、先ほどのカエランの自宅に向かう。「大作なんだよ。見て!」。鮮やかな色が目を引くボードゲームを見せてくれた。ゴールにたどり着くまでの道が、いくつも分かれていて、特定の場所で止まると、ペナルティーのあるミステリーカードや、計算式を問われるクイズカードを引く。構図から遊び方までカエランが考え、2週間かけて完成させたという。これもホームエデュケーションのひとつなのだ。

カエランが作ったボードゲームで遊ぶ母親のメリッサ・スピード

本棚には、外国語の教材が並ぶ。先ほど日本語であいさつをしてくれたのを思い出した。自宅で英語教室を開く母親のメリッサ・スピードは「たくさんの言語を習得して、世界中の人とつながって欲しい」と話す。週に1回ずつドイツ語とギリシャ語の講師を自宅に招き、フランス語、スペイン語、中国語も同時に学ぶ。複数のニュースを見ながら、時事問題を学ぶ日もある。教科によっては既に中学レベルまで進んでいるという。

カエランがホームエデュケーションを始めたのは、昨年のクリスマス。それまでは少人数制の学校に通っていた。カエランは、いったん集中すると何時間でも同じことに取り組むが、学校では決まった時間に授業が終わる。多言語を学ぶ時間も少ない。カエランにはホームエデュケーションの方が向いていると、メリッサは判断したという。「自由と柔軟性がホームエデュケーションの最大の魅力」

カエランが使っている語学の教材の一部

教材は、多数のコンテンツから内容や価格を吟味して選び、オンライン教材も組み合わせる。ホームエデュケーションをするにあたってメリッサは仕事をセーブしたが、支出は学校に通っていたときより減ったという。

ホームエデュケーションが急増した背景には、オンライン教材が普及したこともある。

元英語教師で日本のゲーム会社に勤めたこともあるサム・デビッドソン(34)は2011年、デジタルアーティストの兄や教師の友人と3人で、学校向けの教材を作る会社を興した。教材は「夜になると、架空の動物たちが動物園で動き出す」という物語がベース。子どもたちは、動物の姿を想像して絵を描いたり、物語を作ったり。「先生が一方的に教える学校教育は変えないといけない。目指したのは『教育的なポケモン』」

学校現場で教師が使うよう開発したが、数年前からホームエデュケーションを選択する親からの要望が急増。昨年、家庭向けに改良した。月額10ポンド(約1300円)で利用でき、現在イギリスやアメリカの約2000の家庭が登録している。他国の受講者とつながることもできるという。

「これからは、ゼロから新しいものを作り出す能力が求められる」と話すサム・デビッドソン

親であればだれしも、子どもの特性を最大限に生かしたいと願う。長女をプロテニス選手にするため、イギリスでホームエデュケーションを選んだ日本人に会った。

「日本にいたら、娘はプロになれていなかったかもしれない」。南西部パトニー在住の宮崎章子(55)は、元銀行員の夫の転勤のため、約20年前からスイス、イギリスで暮らす。

長女の百合子(23)は、6歳で始めたテニスで頭角を現した。大変だったのは学校とテニスをどう両立させるか。学校に通いながら、毎日の練習と週末の試合。海外遠征にも行くようになり、仲間から「学校を気にしながらではテニスに集中できない」と指摘されると、覚悟を決めた。中学卒業前の15歳からホームエデュケーションを選択し、遠征の移動中もオンライン教材で学んだ。

ロンドンを拠点に活動するプロテニス選手の宮崎百合子(右)

高校もホームエデュケーション。アメリカの大学に進み、大学院でITを学んだ。今春からはロンドンを拠点にプロプレーヤーとしても活動している。