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タンカーの安全確保に関心薄い日本、ロジスティクス軽視の反映だ

ミリタリーリポート@アメリカ
ホルムズ海峡で被弾したタンカーの写真=東京都千代田区の国華産業本社、長島一浩撮影

前回の本コラムでは、本年6月の安倍首相によるイラン訪問中に、ホルムズ海峡でのタンカー航行に対する軍事的脅威が現実のものとなってしまった状況と、それに対してアメリカが多国籍海軍結成を呼びかけているものの、なかなか実現されない現状を垣間見た。

そもそも今回の“タンカー危機”が表面化したのは、日本のタンカーが攻撃された事件が引き金となったにもかかわらず、日本政府を含めて日本社会では「日本に向かうタンカーの航行の安全確保」にはさして関心が持たれていない。 

ロジスティックス=後方支援という誤解

前回の本コラムで触れたように、参議院選挙まではホルムズ海峡へ海自艦艇を派遣する問題などを議論させたくないと言った政府与党の思惑などもあったことは間違いない。しかしそれ以上に、日本社会では伝統的に軍事そしてより幅広く安全保障面における「ロジスティックス」を軽視する傾向が強いという傾向が、タンカーの保護に関心が持たれない最大の理由と言いうるかもしれない。

戦争に代表される軍事活動は、戦略や作戦を立案したり戦術を生み出したりする「知的活動分野」、敵と実際に対峙して戦う「戦闘分野」、そして兵器や装備の製造や調達、武器弾薬の補給、兵器や装備のメンテナンスや修理、輸送、食料、医療など日本では後方支援とよばれている「ロジスティックス分野」、の3つの分野から構成されており、どの分野も等しく重要な軍事活動である。

しかしながら日本では、「後方支援」という呼称が示しているように、伝統的に「戦闘分野が表舞台、ロジスティックス分野は舞台裏」という感覚が広く浸透しており、近代以降の軍事組織にすらそのような“素人考え”が定着している。しかしながら、古今東西の戦例はロジスティックス分野は知的分野と戦闘分野以上に戦争の勝敗や軍事バランスの優劣を決定づける要因となっていることを雄弁に物語っている。

アメリカと日本の違い

例えば南北戦争での北軍の勝利はまさにロジスティックス分野での優勢が北軍に勝利をもたらしたと言われている。映画『風と共に去りぬ』にも描かれているように、南軍の将校たちは騎士道精神を貴ぶ勇敢な戦士が多く、戦闘技術といった点では北軍側を上回っていた。しかし北軍側は、南軍との軍事衝突に突入するに当たり、まずは武器弾薬に関連する産業を盛んにし、兵員輸送のための鉄道網の建設を進め、装備の調達と補給態勢そして輸送態勢を十二分な状態にした段階で、南軍に対する総反撃を開始して勝利を手にしたのである。

日本との戦争に際しても、真珠湾攻撃やフィリピン侵攻などで大敗を喫したアメリカ側は、日本に対する反撃態勢を固めるために、アメリカ西海岸地域に航空機や軍艦の製造整備工場を建設し、日本攻撃用の軍艦や戦闘機や爆撃機それに爆弾などの大量生産を開始した。そのため本格的反撃を開始するまで時間を要したが、それらの武器弾薬を大量に手にし始めるや反撃攻勢に転じ日本海軍を壊滅させたのである。

日本軍の攻撃を受け、黒煙を上げて沈む戦艦アリゾナ(写真:米海軍)

アメリカ軍とは異なり、日本軍側にはアメリカとの戦争中においてもロジスティックス分野を軽んずる思想が蔓延していた。たとえば、対米英蘭戦争開戦当初、太平洋の島嶼や東南アジアの多くを占領して石油をはじめとする天然資源を確保する戦略を実施しようとしていた日本軍にとって、日本とそれらの占領地域を結ぶ海上補給ルートの確保ならびに輸送船の保護は戦争の趨勢を決定づける要素であった。

しかし、輸送船を防御するための軍艦をはじめとするロジスティックス防衛のための対策が開始されたのは、すでに日本軍が劣勢となった第二次世界大戦後期になってからであった。多くの輸送船(軍艦ではない民間船)はほぼ“丸腰”の状態で危険な海域へ繰り出して行き、その大半が多くの船員(非戦闘員)とともに海の藻屑と消えたのだ。そのため、日本側の海上補給ルートは、ことごとくアメリカ海軍潜水艦によって寸断されてしまい、台湾とフィリピンの間に横たわるバシー海峡などは「海の墓場」とよばれる状態であった。

一方の日本海軍は、アメリカ側の海上補給路を遮断する作戦を実施するにしても小規模に留まり、あくまでもアメリカ主力艦隊との正面勝負を目指していたのであった。このように敵のロジスティックス分野を攻撃しない伝統は、いわゆる武士の間での戦いの習わし中から綿々と引き継がれてきた心情の一つであると言える。たとえば源氏と平氏の最後の決戦であった壇ノ浦海戦のさいに、源義経が平家側軍船の水主・梶取(当時、非戦闘員とされていた水夫たち)に矢を射かけさせた戦法が批判されたが、これは戦闘は戦闘分野従事者のみで行われるべきものであるという意識、すなわちロジスティックス分野を軽視する心情が、古来より根強かったことを示している。

海上航路の安全、最大の関心事であるべき

現代でも日本ではしばしば戦争と戦闘を混同している言説を耳にする。これは軍事活動からロジスティックス分野が除外されていることの表れと言えよう。そして、戦争に限らずより幅広く安全保障を考える際にも、やはりロジスティックス分野が軽視あるいは無視されている傾向が強いと言うわざるを得ない。

日本の国民生活は諸外国との貿易活動によって支えられていると言っても過言ではない。そして天然資源小国日本の貿易活動とは、原材料を輸入しそれらを加工した工業製品を輸出するというのが基本パターンである。ただし、原材料のみならず、電力などを生み出すエネルギー資源の大半も輸入に頼っている。そして、日本に限らず国際社会における貿易活動の大半は船舶輸送に依存しているのだ。

そのため、タンカーや貨物船などが行き交う海上航路帯が危険な状況に晒されると言うことは、貿易立国である日本の安全保障にとっては極めて由々しき事態ということになる。とりわけ国民生活や産業活動の死命を制するエネルギー資源である石油を日本にもたらしているタンカーの航行が安全な状態に保たれていることこそ、日本の安全保障にとって最大の関心事でなければならない事象なのである。

タンカーや輸送船の航行の安全確保というのは、まさに安全保障におけるロジスティックス分野の中心的課題である。しかしながら、この分野を軽視する悪しき伝統が災いして、日本自身のタンカーが軍事攻撃を受けたにも関わらず、日本政府を始め日本社会ではさして危機感が強まっている様子は見受けられない。

ホルムズ海峡などの石油の輸送航ルート(とりわけチョークポイント)を筆頭として日本にとって「海の生命線」ともいえる海上航路帯が寸断されて日本の交易活動が深刻なダメージを受けてからでは手遅れである。今こそ、安全保障や軍事におけるロジスティックス分野の重要性を十二分に認識すべきであると言えよう。