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ゴッホの2枚の「ひまわり」、どのくらい違う? 最新技術で出た答え

ニューヨークタイムズ 世界の話題
An undated handout photo shows the 1889 version of “Sunflowers,
アムステルダムのファン・ゴッホ美術館が所蔵する「ひまわり」=Van Gogh Museum,Amsterdam(Vincent van Gogh Foundation) via The New York Times/©2019 The New York Times。1889年1月に完成したが、これは先に描かれた作品の模写なのかどうかという疑問が残っていた

フィンセント・ファン・ゴッホの名作「ひまわり」。花瓶に生けられた静物画の作品群で、ロンドンとアムステルダムの美術館が持つ2点はとくによく似ている。

なぜなのか。後にできた作品は、模写なのか。それとも、互いに独立しているのか。あるいはその中間なのか――3年にわたるハイテク調査で探った答えが、このほど出た。「模写ではない」というものだった。

ゴッホ(訳注=1853~90年、オランダ・北ブラバント州生まれ)は1888年の夏に、友人のポール・ゴーギャン(訳注=1848~1903年、パリ生まれ)を滞在先の南仏アルルに招いた。一緒に暮らしながら、芸術活動に没頭できる場をつくるつもりだった。

秋になってゴーギャンが到着すると、案内された自室はゴッホの絵で飾られていた。その中の1枚には、黄色い背景に花瓶にさしたひまわりが描かれていた。

しかし、2人の共同生活は、2カ月で破綻(はたん)した。大げんかをしたあげく、ゴッホが自分の耳を切り落とし、精神に異常をきたして入院する事態になった。ゴーギャンは、逃げるようにしてパリに帰った。

それでも、数週間後には「あの『ひまわり』をほしい」と手紙で伝えてきた。「ゴッホ画法の本質を示す完璧な1枚だから」とのことだった。

ゴッホは、乗り気にはなれなかった。自分の作品で最大の傑作なのかもしれないと思うと、手放すのが惜しくなっても不思議ではなかった。代わって、ゴーギャンの作品と交換するために、黄色を基調とするひまわりの絵を改めて描くことにした。翌89年の1月に完成したが、送ることはついになかった。

この二つの作品は、いずれも「ひまわり」と呼ばれ、ゴッホが1888年から翌89年のアルル時代に描いた一連の「ひまわり」の中で、最も秀逸とする評価が一般的だ。現在は、このうちの早い方の作品(訳注=88年8~9月制作)がロンドンのナショナルギャラリーに、もう一つがアムステルダムのファン・ゴッホ美術館に所蔵されている。

ゴッホ自身は、後者を前者の「反復版(英語では〈repetition〉)」としていた。しかし、美術史家や学芸員の間では、この反復版がもとの作品とどれだけ違っているかに大きな関心が寄せられていた。

そこでこの3年間、保存技術の専門家が両所蔵先で綿密な調査を続けてきた。そして、「正確な模写を意図したものではない」という結論になった、と調査責任者のエラ・ヘンドリクスは語る。絵画の保存・修復を専門とするアムステルダム大学の教授だ。

「使われていた色の範囲は同じだったが、色そのものは片方にしかないものがあり、絵の具の質感も、筆遣いも異なっていた」と違いを説明する。

両作品とも、移動に耐えられる状態にはなかった。しかし、モバイル式の新型スキャナーを使うことで、バーチャル画像を並べて見比べながら、調査することができた。

詳しく分析するために絵画を取り外したり、絵の具の一部をはがしてサンプル化したりする(かつての一般的な)手法はとらず、デジタルスキャナーを持ち込んで調べた。作品に触れることなく、絵の具の層や筆遣い、色素を解析し、それぞれの作品から得たデータを比較した。

その成果は、ファン・ゴッホ美術館で2019年6月21日に始まった夏の企画「ゴッホと『ひまわり』展」で9月1日まで公開されている(美術館側は、この展覧会の開催を前にニューヨーク・タイムズのインタビュー取材に応じ、今回の調査の採取データを提供してくれた)。所蔵の「ひまわり」の他に、常設展示品の中から花にちなんだものを中心に20点ほど選び、他館からの貸し出し2点とあわせて展示している。

この展覧会を担当している学芸員ニーンケ・バッケルは、今回の調査はゴッホとゴーギャンの人間関係の特質をより深く理解する上で手助けになると評価する。

「ひまわり」の絵をたたえ、これをほしいというゴーギャンの手紙が届いたとき、ゴッホは褒められたと思ったが、「手放そうとはしなかった」とバッケルは指摘する。「もし、ゴーギャンの所望がなければ、(訳注=単なる複写ではない)他の『ひまわり』がこうしてできたかどうかは分からない」というのだ。

ゴッホがひまわりを中心に描いた作品は、全部で11点にのぼる。4点はパリ時代(訳注=1887年に制作)の、7点はその後のアルル時代のものだ。

その7点のうち二つは、一般の目に触れることはもうない。一つは第2次世界大戦で大阪が空襲されたときに焼失。もう一つは個人の所有で、門外不出になっている。

残る5点は公的な美術館が所蔵し、ゴッホの「ひまわり」作品群を実質的に代表している。いずれも、黄色か淡いブルーを背景に、何本かのひまわりが花瓶に生けられている。ロンドンとアムステルダム以外では、ミュンヘンと東京、フィラデルフィアにある。

ほとんどの作品は、もう移動には十分に耐えられないほど破損しやすくなっている。

ナショナルギャラリーが貸し出したことは、3回しかない。2002年と13年に、ファン・ゴッホ美術館に。最後は、同じロンドン市内の美術館テート・ブリテンで、こちらでは19年8月11日まで「ゴッホと英国展」が開かれている。

ファン・ゴッホ美術館は18年に、所蔵の「ひまわり」を貸し出し禁止にした。使われている絵の具のクロムイエローの状態が不安定になり、緑や茶色に変色し始める可能性があることが分かったからだ。顕微鏡レベルの拡大ではすでに確認されているこの変色が、見た目にも分かるようにならないためには、「振動はもちろん、温度や湿度といった環境の変化を避ける必要がある」とバッケルは話す。

この両美術館の「ひまわり」が最後に同時に展示されたのは、交互に共同企画を立てた13年と14年だった。

そのとき、ファン・ゴッホ美術館では、5点の「ひまわり」すべてのビデオが、隣り合ったスクリーンで紹介された。所蔵先の美術館で、それぞれどう展示されているのか。細部をアップにするとどうなるか。類似点と相違点のいずれもが映し出され、ゴッホの「反復版」の多様性がよく分かった。

「『ひまわり』の作品すべてを一堂に集めることはもうできない」とバッケルはいいながら、こう続けた。

「確かに悲しいことだが、しっかりと保存し、将来の世代に残す義務が私たちにはある」(抄訳)

(Nina Siegal)©2019 The New York Times

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