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出生届ない子ども見つけ、ワクチンを 指紋認証が支える途上国の未来

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Gaviワクチンアライアンスのヌゴジ・オコンジョイウェアラ理事長=6月6日、東京都港区のNEC本社

貧しい国々で予防接種の普及を進める世界同盟「Gaviワクチンアライアンス」(本部・ジュネーブ)のヌゴジ・オコンジョイウェアラ理事長は66日、東京のNEC本社で記者会見に臨んだ。

「きちんと適切な時期に予防接種を受けさせることは、子どもたちが存在する記録なしには非常に難しい。指紋認証のテクノロジーは、この問題を解決するシンプルな方法の一つになる」 

■予防接種、「1500億ドルの経済効果」試算も

Gavi2000年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で設立された。各国の政府や世界保健機関(WHO)、国連児童基金(ユニセフ)、世界銀行、ワクチンメーカー、研究機関などが参画し、米マイクロソフトのビル・ゲイツ会長夫妻の財団から75千万ドルの寄付を受けたことでも知られる。オコンジョイウェアラ理事長はナイジェリアの財務相や世界銀行の専務理事を務めた経験があり、世界で最も影響力がある人物の一人に数えられている。

これまでに7億人の子どもたちの予防接種を支援し、将来的に失われていたであろう1千万人の命を救ってきた。支援する73カ国での3種混合ワクチン(ジフテリア、破傷風、百日ぜき)の接種率は2017年には80%に達し、設立時より21%高くなった。それでもまだ約2千万人の子どもが、標準的な予防接種すら受けられずにいるという。

ダボス会議で予防接種の普及を求める声があがったのは、人道的な理由だけではないようだ。予防接種に1ドル投資すると、病気にかかることで生じる医療費、逸失賃金、生産力の損失が18ドル節約でき、広い意味での節約効果は48ドルにのぼるという調査結果がある。Gaviはこれまでに支援した予防接種によって、1500億ドルの経済効果を生み出したと試算している。 

■「5人目の子ども」が見つからない

そんな経済的メリットの大きい予防接種の普及を阻んでいるのが、本人確認の問題だ。

「私たちは『5人目の子ども』と呼んでいる。5人の子どもがいるとして、4人まではアクセスできているが、最後の1人が見つからないという問題を抱えている。きちんと本人登録がされていない子どもがいる」(オコンジョイウェアラ理事長)

この「5人目の子ども」問題の解決策を探していたところ、Gaviが昨年開催したスタートアップ企業のコンペで、英シムプリンツ社が一つのアイデアを示した。ケンブリッジ大学からスピンオフした企業で、開発途上国のような過酷な環境下でも使える指紋スキャナーや照合ソフトを開発していた。ちょうどその頃、NECGaviにある申し出をしていた。

SDGs(国連の持続的な開発目標)の活動に関心を持っている。生体認証技術で何か貢献できないか」 

NECは生体認証の分野では世界的に定評がある。米国の国立標準技術研究所(NIST)のコンテストでは指紋認証で過去8回、1位を獲得。正確性、スピードに優れ、顔認証、目の虹彩(こうさい)認証でも世界一の評価を受けている。

シムプリンツ社の持つ耐久性に優れた指紋スキャナー、使いやすいアプリケーションと、NECの世界最先端の指紋認証技術を組み合わせ、Gaviのネットワークでワクチンを公平で効率的に配布して、世界の子どもたちの命と健康を守る――。Gavi、シムプリンツ社、NECのトップは覚書にサインし、プロジェクトは動き出した。 

覚書に調印したNECの遠藤信博会長(右)、Gaviワクチンアライアンスのヌゴジ・オコンジョイウェアラ理事長(中央)、シムプリンツ社のトビー・ノーマンCEO

具体的には、NECの指紋認証エンジンをシムプリンツ社のスマートフォン向けアプリに組み込む。スキャナーで指紋を読み取り、その画像を無線通信のBluetoothでスマホに送信。その指紋画像と登録済みの画像の特徴をアプリで照合する。インターネットでサーバーに接続する必要はなく、オフラインで認証できる。つまり、通信環境が悪い開発途上国での本人確認に打ってつけというわけだ。

NECの指紋認証エンジンが優れているのは、幼児の指紋でも認証できることだ。

幼児は指先がやわらかく変形しやすいため、画像が不鮮明になりやすく、認証が難しかった。だがNECの指紋認証エンジンで、シムプリンツ社が集めた5歳以下の子ども150人の指紋画像で検証したところ、認証率99%と高い精度を示した。 

2020年度前半から1年半ほどかけて、バングラデシュとタンザニアで幼児指紋認証の実証実験を行う予定だ。NECの遠藤信博会長は、記者会見で「世界トップレベルのICTによる認証技術を子どもたちの健康形成に適用させていただき、人間社会の持続性に貢献していく」と話す。

ただ、課題もある。個人情報の取り扱いだ。遠藤会長は「データには、プライバシー、誰が所有しているかというオーナーシップ、エシカル(倫理的)なイシュー(問題)がある。この三つの観点からデータをどう安全、安心に扱うかだ。最大限の配慮をしながら、ソリューションをつくりあげたい」と強調する。 

シムプリンツ社のスキャナーで子どもの指紋を読み取る様子

■予防接種を接点に、「だれもが受けられる医療」進める

個人情報の取り扱いには細心の注意が必要だ。一方、世界には10億人とも15億人ともいわれる人が身分証明書を持たない現実がある。医療や教育、金融サービスを受けるには、身分証明書による本人確認が必要だ。オコンジョ理事長は言う。

「子どもたちにとって国の医療制度との最初の接点は、ワクチン接種を受けるために病院を訪れたとき。予防接種は(すべての人が適切な健康増進や予防、治療を支払いができる費用で受けられる)ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの礎石になる」

3者の活動は、SDGs17分野のうち、「あらゆる人に健康と福祉を」にあたる。具体的には「ワクチンのアクセス提供」と「5歳以下死亡率の低減」の目標達成に寄与する。オコンジョイウェアラ理事長は、「この取り組みはSDGs達成のカギになる」とみる。8月に横浜市で開かれる第7回「アフリカ開発会議」(TICAD)では、2025年までにどのように世界で最も貧しい国々の数百万人の子どもたちに予防接種するか、方策を発表するという。指紋認証の活用は、その有力な手段となりそうだ。