病気でほぼ失明した幼い娘アンナに、点字教育をぜひ受けさせたいと母カールトン・クックウォーカーは思った。
暮らしていたのは、米ペンシルベニア州中部の地方の街。通園先にそう伝えると、「まだ読めるのだから」と反論された。
でも、それは、顔の数インチ(1インチ=2.54センチ)先まで、フォントが72ポイント(訳注=1インチ角)もある大きな文字を近づければのことだった。
「高校に行くようになったら、どうなるの。チャールズ・ディケンズの小説をこれで読めるの」。思わずそう問い返したとクックウォーカーは振り返る。
「オーディオ機材を使えばよいだけ」という答えに、体が凍り付いた。
自力でがんばるしかなかった。アンナが通う学校には、点字教育を始めてもらうようにした。さらに自分でも「バーンスタインベアーズ(原題:The Berenstain Bears)」や「おおきいあかいクリフォード(原題:Clifford the Big Red Dog)」といった絵本の古本を買い、文章のそばに点字を入れて本の体裁を整えた。そして、アンナに読み方を教えた。
そのアンナは18歳になり、目の不自由な子に点字を教える方法も大きく変わろうとしている。もっとやさしく、自然な方法で教える試みが、着々と進んでいるからだ。
英語の点字は、ブライユ(Braille)方式が一般的だ。六つの決まった位置に、小さな点を平面から浮かび上がらせ、その組み合わせでさまざまな字を表す。これを指先の触覚で読み取る。それが、今、人気のおもちゃの形をとって、新しい教材になろうとしている。あのブロック玩具のレゴだ。
デンマークの子供向け玩具メーカー、レゴ・グループが運営資金を出しているレゴ財団は2019年4月、ブロックの突起部分を点字にした新プロジェクトを発表した。ブロックには、点字が表すアルファベットの文字や数字、句読点も印字されており、目が不自由な子も、そうでない子も同じように遊べる。「レゴ点字ブロック」と名付けられたこのプロジェクトは試作段階にあり、盲学校や視覚障害者団体とも連携しながら20年に製品化される予定だ。
「レゴを手にしたとたんに子供の直感が働き始める」と財団でこのプロジェクトを担当するDiana Ringe Krogh(以下デンマークの人名は原文表記)は、その狙いを説明する。「学んでいることを意識もせずに点字を覚えていく。遊んで学ぶ方法の最たるものだろう」
点字レゴは、目の不自由な子が字を覚える上で、大きな転換点になるかもしれないと評価する声が早くもあがっている。点字の学習がより広く、包括的に行われることになり、点字の識字率低下という深刻な問題に立ち向かう手助けになるとする見方だ。
限られた調査とはいえ、米国で点字を学んでいるのは、視覚障害児の1割しかいないという推計がある。覚えた方が、大人になって就職に有利な結果をもたらしているにもかかわらず、そんな現状が生じている。コーネル大学の障害者に関する調査報告書によると、17年に米国の目の不自由な大人で職を得ることができたのは、半分にも満たないでいる。
点字はかつて、盲学校で広く教えられていた。しかし、1970年代から下火になる。公立学校では、障害児にも健常児と「平等な教育」を提供することが、法的に求められるようになった。だが、教育現場では、実質的には目が見える子への対応に重点が置かれ続けた。
視覚障害児を教える専門知識を持った教員が少ないこともあり、少しでも視力があれば、拡大文字を使って教えようとした。加えて、技術の発達が著しく、音声で聴くことができるオーディオブックや、画面の情報を読み上げてくれるスクリーンリーダーなどが相次いで登場した。しかし、音声に頼っても、正確なつづり方や文法を教えるのは難しく、ましてや複雑な数学となるとお手上げだった。
「音声は情報を与えることができても、読解力や応用力を教え込むことはできない」。点字を体験させながら教える夏期講習を開いている全米視覚障害者連合の広報担当クリス・ダニエルセンは、こう指摘する。
マサチューセッツ工科大学の対政府・行政部門で働くポール・パラバノは、幼児期に網膜のがんで失明した。仕事に点字は極めて重要だ。スピーチや日程の確認、会議の際のメモ作りなどで、決して欠かすことはできない。
「会議では、上司が私に尋ねることがあるので、録音用のイヤホンを耳に付けているわけにはいかない。上下院の議員と会っているときも、調べものをする必要が出てくる。だから、同じことになる」
そればかりではない。パラバノは、仕事に出かけるときの着替えにも点字を活用している。どの服にはどれが合うのか、番号を振っている。「50番のスーツなら、46番のネクタイと32番のシャツといった具合にね」
しかし、子供の多くは、点字を覚えずに育っている。先生や親が、教えられないことが多いというだけではない。覚えるには、みんなと違う本や器材を使う必要があり、小さな子にとっては、友達から孤立してしまう恐れもあるからだ。
パラバノは、1950年代に独力で点字を覚えた。家で母が教えてくれた。手作りの木製ブロックと、点字の六つの点に相当する小さな六つの大理石が教材だった。
現在では、点字を書くのを覚えるのに、タイプライターに似た器具がよく使われている。とても重く、不格好で、学校や学童保育で使うと、周りのみんなからは浮き上がりがちになるとデンマーク視覚障害者協会の会長Thorkild Olesenは言う。このため、協会は11年に、「点字ブロック」の開発をレゴ側に提案した。さらに、17年には、ブラジルのドリーナ・ノウィル視覚障害者財団も、独自に同様の申し入れをした。
「多くの視覚障害児は、点字を覚えるのを諦めるか、学ぶ環境にないままでいる」とOlesenは述べている。点字を学ぶよりよい方法は、これまでも追求されてきた。点字アルファベットのブロックを作り、カードゲームのウノを使うといった試みがなされた。
でも、レゴのブロックに勝るものはなさそうだ。そのもの自体に、点字にピッタリの特性が備わっているとOlesenは評価する。言葉遊びはもちろん、単語を作って得点を競うボードゲームのスクラブルの簡易版だって可能にする。「これほどすばらしい、学習と遊びの機能をあわせ持つ素材は、他にはないのではないか」
レゴ財団によると、この点字ブロックは現在、ブラジルとデンマーク、ノルウェー、英国の学校や公民館で試用されている。秋にはこれをドイツ、フランス、メキシコ、米国に拡大。寄せられた意見をもとにさらに改良し、20年に市場に出す予定だ。点字レゴのキットは、視覚障害者団体や学校を通せば、無料で子供たちの手元に届く。
先のクックウォーカーの娘アンナは今、高校3年生。もし、子供のときにレゴの点字ブロックがあれば、多くのことが違っていたかもしれないと改めて思う。母も同感だ。
例えば、自分用の点字本を置いていた幼稚園での苦い思い出がある。他の子供が手に取ろうとすると、先生が教室の反対側から飛んできた。そして、「触ってはダメ。これはアンナのだから」といさめるのだった。
ブロックに、点字とアルファベットの印字が一緒にあれば、この二つの世界を隔てる壁を取り払うこともできるとクックウォーカーは見ている。それは、目の見えるきょうだいとの教育方法の違いに悩む親とその子供たちに、家族としての大きな一体感をもたらすことにもなるだろう。
「このブロックが、必要とされるかけ橋になってくれるに違いない」。目の不自由な子を持つ親の全米組織で働くクックウォーカーの期待は膨らむ。(抄訳)
(Sarah Mervosh)©2019 The New York Times
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