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児童婚の当事者が「今しかない」と撮った 「10歳で離婚した少女」が映画に

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ハディージャ・アル=サラーミーさん(本人提供)
ハディージャ・アル=サラーミーさん(本人提供)

――『わたしはヌジューム、10歳で離婚した』は両親に年の離れた夫と結婚させられたヌジュームが、ある朝家を飛び出して裁判所へ駆け込み、離婚したいと訴える話です。2008年に起きた実話に基づいているとのことですが、実際に起こった話を知り、この作品を撮ろうと決めたのですか?

はい。児童婚は、私にとってつらい経験でした。しかし、30年以上前に私に起きたのと同じようなことが、まだ起きている。自分に起きたことを思い出し、何かしなければという気持ちになりました。

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「わたしはヌジューム、10歳で離婚した」から

それまでにもこのテーマでドキュメンタリーを撮ったことはありましたが、主人公のモデルとなった少女のことはすでにメディアが報じ始めていました。もしここで映画を作れば、児童婚のことが何百万人もの人に伝わる。児童婚は犯罪であるにもかかわらず、あしき伝統として社会や子どもの親は何の罪の意識もなく行ってしまう。このおかしさを訴えるには今しかないと思ったのです。

映画を撮ろうと決めたらすぐ、その少女に会いに行きました。そして「あなたはこのトラウマを克服できる。学校に行けば、あなたは自分の人生を始めることができる」と話し、彼女を学校に登録し家庭教師も予約しました。

彼女の物語は10年に本になり、フランス人の映画監督も映画化に興味を示していました。しかし私は、この作品はイエメンの文化をよく知る者が作った方がいいと思ったのです。

――監督自身の体験を話してもらえますか?

私は4人きょうだいの一番上でした。11歳の時、家族に結婚させられました。私は家に戻ろうとしたけれど、選択肢は二つしかありませんでした。夫の元に戻り惨めな人生を送るか、自分で自分を殺すかです。

私は後者を選びました。気が付いたときには、病院にいて、母が私を見つけてくれました。私が夫の元に戻ることを拒否したため、母は離婚を申し込むと言ってくれましたが、同時に家族は私を離縁しました。家にとって不名誉なことだったからです。私は11歳で、自分の力で生きていかなければならなくなりました。

わたしは教育こそが大事だと思っていたので、午前中に学校に行き、午後に働きました。誰も助けてくれる人がいないなか、必死でもがきました。

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スカイプでインタビューに応じるアルサラーミ監督

――監督はその後、奨学金を得て米国で学び、イエメンで初の女性映画監督となりました。今はパリを拠点に活動しています。なぜそんなに頑張ることができたのでしょうか。

私は非常に恵まれない子ども時代を送っていました。父は精神的に病んでおり、母に暴力を振るうのを日常的に見ていました。だから結婚に対してよいイメージを持っていませんでした。自分で道を切り開いていくしかなかったのです。しかし、このような人生になったのは私の個性もあります。

私の妹も13歳で結婚させられましたが、結婚を受け入れました。しかし一番下の妹は、結婚後、私のように離婚をしました。私がやったことは、当初家族の汚点と受け止められていましたが、その後の私の様子を見て、私がよき例になったのです。世界は変わっていっています。しかし、社会が変わるのは時間がかかる。リスクを冒さなければ、閉じたドアを開けることはできないのです。

児童婚はイエメンだけでなく、中東の他の国々やアフリカ、インドなど、イスラム教の国ではない地域でも起きています。映画にも出てきますが、宗教は伝統を正当化し、強要するために使われています。伝統にはよいものと悪いものがありますが、これは明らかに悪い伝統です。映画は、他にも同じような目にあっている多くの少女たちを励ますために、作りました。

――撮影は、困難だったのではないですか。

役者を探すのに苦労しました。特に、ヒロインのヌジューム役がなかなか見つかりませんでした。イエメンのような社会で、娘にこのような役をやることを許す父親はなかなかいないからです。

その時、私の妹の一人が、ちょうど登場人物と同じ年ごろである自分の娘たちを出演させていいと言ってくれました。映画全体の物語を知っていたのは、私と2人のめいだけで、他の登場人物には全体像を明かしませんでした。毎日、その日に撮影する場面のせりふを渡して、撮影を行いました。

――イエメンでは内戦に介入したサウジアラビアによる攻撃が続いています。

この事件があってから、児童婚を禁止する法律を作ろうとする動きが出てきました。しかし、紛争によって前に進まなくなってしまいました。紛争は4年目に入り、人類史上最大の人道危機と呼ばれるほどひどい状態になっています。しかし、イエメンに空爆を仕掛けるサウジアラビアが巧みに隠そうとしているため、世界の注目が集まりません。イエメンは資源や歴史、文化に恵まれた国ですが、お金がある国の方が発言力が増すのです。

――映画祭でも上映される監督のもう一つの作品で、ドキュメンタリー映画の『イエメン:子どもたちと戦争』(2018年)は、子どもが携帯電話のカメラを使い、紛争下のイエメンを映し出します。なぜこのような手法をとったのですか?

イエメンは破滅的な状況ですが、ただみじめな様子を見せることはしたくなかったのです。子どもの目を通すことで、彼らの純粋さ、新鮮さによって希望を示せると思ったのです。希望がなければ、あまりにも悲しい作品になります。イエメン危機になかなか目が向けられないなか、イスラーム映画祭主催者の藤本さんがこの作品を選んでくれたことを、心よりうれしく思っています。

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「イエメン:子どもたちと戦争」から

日本は第2次世界大戦後の荒廃から、世界でも最も力のある国々の一つになりました。希望を失わなければ道は開けることを教えてくれています。平和な日本の都市部の人たちが、どれだけこの映画に共感してくれるか分かりませんが、シェアできる機会をとてもありがたく思っています。

■イスラーム映画祭

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元バックパッカーの藤本高之さん(46)がテロなどの報道を通して知る「イスラム像」だけでなく、「旅をするように、多様な文化に触れてほしい」と手弁当で主催し、今年で4回目。今回はイエメン映画を中心に12作品が上映される。東京・ユーロスペースでは3月16~22日。名古屋では30日~4月5日。神戸では4月27日~5月3日。東京では一般1400円、シニア・大学生など1200円、高校生800円など。トークイベントも予定されている。上映の3日前から劇場ホームページと窓口でチケットを販売。詳細は「イスラーム映画祭4」公式サイトへ。