一帯一路が提唱された2013年は、米国が環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を牽引していた時期と重なる。富士通総研主席研究員の金堅敏(57)は「太平洋は日米、大西洋は欧米が主導権をとるなか、中国は未開発だったユーラシアに可能性を見いだした」と分析する。筑波大学名誉教授の進藤栄一は「中国は一帯一路でグローバルガバナンスを変革し、欧米の主導権に外側から挑戦している」と指摘する。
その後、米中は貿易やハイテク、軍事など様々な分野で対立を深め、今や「貿易戦争」「新冷戦」との言葉すら飛び交う。トランプ政権は17年から日本とともに「自由で開かれたインド太平洋」構想を掲げ、「借金漬け外交」などと対中批判も強める。米シンクタンク・新アメリカ安全保障センター研究員のアビゲイル・グレイスは「トランプ政権は一帯一路を、中国が地政学的な地位を高めるための包括的なツールとみている」と語る。
17年5月に北京で開いた一帯一路サミットには、29カ国の首脳が集まった。日本総合研究所主任研究員の佐野淳也(47)はそのときが「ピークだった」とみる。「各国が自国と中国の発展を結びつけて支持したが、具体化する中で依存しすぎる危険性が認識された」
日本貿易振興機構アジア経済研究所の上席主任調査研究員、大西康雄(63)は「調整期に入った」と指摘する。「中国は行き過ぎた事業の後始末をしつつ、経済協力政策の見直しと再構築をするだろう」と話す。
念願のインフラ整備が実現して喝采の声が上がる一方、過剰債務や貿易不均衡などへの不満も表面化してきた。東京大学教授の高原明生(60)は、一帯一路という概念を「星座」に例える。「美しい響きだが、実際にあるのは星に過ぎない。星座に惑わされず、星である個々の事業を評価することが必要だ」と強調した。
沿線の地域情勢も変わった。
ワルシャワ大学欧州センター所長のボグダン・グラルチェク(64)はポーランドを例に挙げ、「かつて外交の相手といえばロシアとドイツだったが、冷戦後にEUと米国が加わり、そして中国が入ってきた。頭痛がするほど難しい状況だ」と話す。
19世紀からロシアと英国などが覇権を争う「グレートゲーム」が繰り広げられてきた中央アジアでも、大国化した中国を前に、地域5カ国が結びつきを強めている。カザフ国立大学副学長のラフィス・アバゾフ(52)は「張り合ってばかりいたが、中国への警戒感という共通の利害が協調をもたらした」と分析する。
「新しい現実」に向き合うべき時 GLOBE記者・村山祐介
飛行機を18便乗り継ぎ、シルクロード1万キロをたどった取材の先々で何度も耳にしたのは、「新しい現実」という言葉だった。
鉄道や道路などインフラが整うことで、砂漠や山脈に寸断されたユーラシア大陸に地続きの道が再び浮き上がり、ヒト・モノ・カネが流れ始めた。中国が存在感を高め、欧州やロシアといった主要プレーヤーの関係は揺れ、地域情勢にもかつてない変化が起きている。内外の国や企業、市民が、この「新しい現実」にどう向き合うか探っている。
東端の島国・日本ももちろん例外ではない。だが、その視線は海洋国家として強い利害を持つ太平洋やインド洋などの海に集中し、陸のシルクロードにおける存在感は乏しい。
太平洋を挟んで中国と米国ががっぷり四つで覇権を争う時代。仮に「一帯一路」という言葉がなかったとしても、指導者の顔ぶれが違ったとしても、成長のエネルギーを西に求める中国を軸に、ユーラシアにおける地政学が変貌していく動きは一過性のものではないだろう。喝采と警戒が渦巻く現状は、まだ序章に過ぎない。
そのドラマの舞台として現代によみがえりつつある陸のシルクロードの「新しい現実」に、日本はどう向き合っていくのか。海の向こうの出来事として眺めるのではなく、ユーラシアの将来に責任を持つ主要プレーヤーとして役割を担っていくべきだ。