米カリフォルニア州の広域山林火災が、住民に新たな危険性をもたらしている。山火事で生じた大量の煙で大気が汚染され、カリフォルニアは世界で最悪の汚染地域の一角に入ってしまったのだ。
11月16日、スモッグで息が詰まりそうな同州北部。住民たちは朝起きるや、この地域の大気汚染が世界最悪といわれる中国やインドの諸都市をはるかに超えたレベルになっていることを知らされた。
シエラネバダ山脈のふもとパラダイスで発生した山火事の現場に近い町々では、道という道が黙示録さながらに煙霧に覆われ、避難者たちは白マスクをつけてさ迷い歩いていた。対応に追われる役人たちは、呼吸疾患で入院する人が大量に出てきた、と言った。パラダイスの町から約200マイル(約320キロメートル)南のサンフランシスコもひどい煙に覆われ、健康被害に関する警告が出された。多くの学校が休校に追い込まれ、名物のケーブルカーも街路から姿を消した。
研究者たちは警告した。大規模な山火事――気候変動の影響による干ばつで拍車がかかる――がさらに日常化するようになれば、住民の健康リスクは間違いなく高まる、と。カリフォルニア大学サンフランシスコ校の呼吸器科医、ジョン・バルメス博士は「山火事が引き起こすこの種の大気環境に関心が向けられなくなったら、どんなことになってしまうか、想像もつかない」と戒めた。
問題は二つの今日的な現象が重なり合っている点にある、と研究者たちは指摘する。すなわち、①温暖化で、これまでよりも長期間、しかも破壊的な山火事が起きるようになった②住宅価格の高騰や自然の近くに住みたいという思いから、より多くの人が森の中や周辺地域に移り住むようになった――ことだ。
木の煙には、都市公害に含まれるさまざまな有毒化学物質と同じものがいくつか含まれている。人間は火と共に暮らすうちに、料理したり暖をとったりしながら、少しずつそうした有害物質を吸い込んでいる。だが、パラダイス火災のような事態になると、火炎による腐食性の空気を長期間吸い込むことになる。人間はそれに耐えるほど進化していない、とバルメスは言った。
小児アレルギーとぜんそくの専門家であるスタンフォード大学のケリ・ナドー博士によると、生体は、異物と認識したものに強い反応を示す。異物が入り込んだ結果起きる肺の刺激に遭遇したとき、生体が過剰反応しやすくなることで、悪い影響が何年も続くことがある、という。
ナドーら研究者の解説を手短に言えば、人間は短期間でも山火事に身をさらすと、以後ずっとぜんそくやアレルギーや呼吸不全を起こしやすくなる、ということだ。
カリフォルニア州当局はしかし、山火事による煙が人体にどのようなダメージを与え、その影響はどこまで広がるのか、その全体像を掌握していない。11月16日の発表も、州都サクラメントの北で起きたパラダイス火災で死者数が71人に達した点に集中した。パラダイスのあるビュート郡の保安官コーリー・ホニアによると、千人以上が依然として行方不明だ。 14万2千エーカー(約5万7千ヘクタール)に及んだ火災は、同日までに全体の45%が制圧された(訳注=当局の発表によると、州内の火事は同25日に鎮火した。死者は91人に上った)。完全な鎮火といっても、火が全部消えるということではなく、延焼を食い止めるために消防士たちが火災の外周部分を完全に消し止める、ということに過ぎない。
ということは、健康被害は消えないということだ。研究者は煙がいかに肺に直接影響を及ぼすかについて次のような事例を示している。
2015年の山火事シーズン(訳注=乾燥した夏に多い)中、北部カリフォルニアを対象に実施された広範な研究によると、煙にさらされたために救急治療を受けた成人が、年齢を問わず急増したことが分かった。特に65歳以上の患者が目立って多かった。大がかりな研究企画の一つとして、同年夏に緊急治療室に入った120万人近くの患者を調べたところ、濃い煙に包まれていた時期には心臓まひ、脳卒中、呼吸器感染で治療室に入った患者数が統計上目立って増えていた。
最近、カリフォルニアの大気汚染マップの色は、健康に良いとされる緑色や黄色(訳注=通常)から、赤色(同=健康に良くない)や紫色(同=きわめて健康に良くない)、さらに濃い紫色(同=危険)に変わった。
ロサンゼルスから北部カリフォルニアに至る地域では、住民に対して室内にとどまるよう当局が要請。どうしても外出しなければならない時はN95保護マスク(米労働安全衛生研究所が認可した微粒子用マスク)の着用を呼びかけた。ロサンゼルスでは11月15日の夜になって「ウールジー火災(Woolsey fire、州南部ロサンゼルス近郊の山火事)」による煙は収まったのに、もやのかかった状態が続き、多くの学校は子どもたちに室内にいるように呼びかけた。
州公衆保健局は、外出せざるを得ない人にはP100マスクやN95保護マスクの着用を勧めている。いずれも米労働安全衛生研究所が消防士用として認可したマスクだ。
だが、サクラメントの州政府は、火災の近くに住んでいない人にとってはマスク着用の効果より心拍数の上昇といったリスクの方が上回ると警告しており、今後N95マスクは配布されなくなるだろう。
国立気象局の予報によると、サンフランシスコ湾岸地域は11月18日からの週も煙に覆われ続ける。このため、バークリーで開催予定のアメフト「ビッグゲーム(Big Game)」、カリフォルニア大バークリー校対スタンフォード大学戦が12月1日に順延された。ビッグゲームは1963年に大統領ジョン・F・ケネディの暗殺事件で延期されたことがあるが、今回はそれ以降初の順延となった。
パラダイス周辺の自治体では、大気環境が「危険」のレベルに達したとされる。このためビュート郡保健所は、住民たちに屋内にとどまるよう呼びかけている。だが、避難者にとっては困難だ。すでに8万1千人以上の人たちが自宅を追い出され、その多くは野外のテントで寝泊まりしている。他に避難できる場所が見つからないのだ。
「私はここで18人の孫を世話している」。パラダイスの北、マガーリア近くから避難してきたジュエル・テイラー(50)は一軒のホテルのロビーに立ちすくんでいた。前夜はかろうじて1部屋確保できたけれど、と話す彼女。隣のエリ(7)は、せきが止まらない。
彼女の話だと、一番心配なのは生後1カ月の孫エバンで、せき込んで目やにもひどい。「もし自分の子どもたちがこんな状態だったら、あなたならどうする?」。声を詰まらせながら彼女は言った。これまでも山火事は起き、それでも何とか暮らしてきた。だが、「今回は最悪だ」と彼女は言った。(抄訳)
(Julie Turkewitz and Matt Richtel)©2018 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから