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「休みは仕事の戦略だ」と考える 米IT業界の新思考

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自宅裏庭のハンモックで休むアレックス・スジョン-キム・パン=米カリフォルニア州のシリコンバレー、大室一也撮影
自宅裏庭のハンモックで休むアレックス・スジョン-キム・パン=米カリフォルニア州のシリコンバレー、大室一也撮影

私にとって休みとは、会社の仕事を何もせず、会社について考えないことです。――バッファCEOジョエル・ガスコイン

■生産的な働き方を突き詰めたら

「なぜ1週間のうち5日働き、2日休むのが世間の常識なのだろう」。世界に690万人の登録者を抱えるSNS予約投稿サービス「Buffer」のCEOジョエル・ガスコイン(31)は、5年前のある日、ふと考えた。2日の休日を挟むと仕事が中断されるし、拠点を置くサンフランシスコの時間帯で働いても、世界中に散らばる社員たちとは、なかなか一緒に動けない。

「どうしたら最も生産的な働き方ができるのか」。いっそ勤務日と休日の違いをなくして週7日働き、代わりに1日のサイクルの中で仕事と休みのバランスをとったらどうか。誰もやらないなら自分がやってみよう。起業家魂というべきか。こうして旧日本海軍の訓練を思わせる「月月火水木金金」の実験が始まった。

■実験で燃え尽きた

午前4時半に起床。5時から6時半まで90分間集中して働く。次にジムで汗を流して朝食。また9時から11時半まで集中して働き、11時半から昼食。その後、午後3時まで長い休憩。そして4時半までまた90分間集中して働けば1日の仕事は終了――。これなら労働時間は1日5時間半で、週40時間を切り、休みも以前よりうまくとれるはずだ。

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BufferのCEO、ジョエル・ガスコイン=米コロラド州ボルダー、大室一也撮影

だが「実験」を2週間繰り返しただけで、仮説は崩れた。週末は外の人通りが多くて仕事に集中できず、相手が勤務時間でないとメールも見てもらえない。毎日ジムに通って体を鍛えるつもりだったが、丸1日休んだ時のように体力が回復せずに筋肉を痛め、1週間休むはめになった。昼食後の長い休憩も、休日のようにリフレッシュできない。「働く時間は減ったのに、燃え尽きてしまった」

■オフィスは廃止

「実験」から5年たった今、ジョエルはロッキー山脈が走る米コロラド州のボルダーに住んでいる。都会の喧噪を離れて、世界のトップアスリートが高地トレーニングに訪れるこの地に7月、移り住んだばかりだという。

「生活はゆったり。ハイキングにマウンテンバイク、冬にはスキーが楽しめるんだ」。平日はボルダーの自宅や、友人の会社の一角でPCのビデオ会議アプリをつないで世界中に散る仲間と会議をし、取引先と話し合う。一方で、土曜の半日と日曜にはしっかり休みをとり、アウトドアスポーツにいそしむ。

ガスコインは2010年秋、英国バーミンガムでBufferを起業。米国、香港、イスラエルなどを転々としながら、会社を大きくしていった。創業当時は平日5日働き、必要に応じて土曜日は半日働いていた。この経験から、「休みは1日だけでも生産的になれるし、十分」と言い切る。歴史を鑑み、週1日の安息日があるキリスト教など古来の宗教に週1日安息日があるのも意味があることだと思う。一方、子育て中の人たちには「土曜日まで働き続けるのは難しいだろう」と理解を示す。

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2013年、サンフランシスコにあったBufferのオフィスで作業するジョエル・ガスコイン=同社提供

15年にはサンフランシスコのオフィスを廃止し、今は社員約80人全員が完全に「リモートワーク」で勤務している。英国、オランダ、パラグアイ、シンガポールなど各地に暮らしながら、それぞれ自宅やコーヒー店など好きな場所で移動しつつ働く。「各地の時間帯にあわせて24時間だれかが顧客からの問い合わせに応じられるし、休みもフレキシブルにとれる。結果を出す限り、就業時間は問題ではない。休暇も無期限」とガスコインは言う。自身、繁忙期には3週間~1カ月懸命に働いたあと、長期間休むようになった。昨年は1カ月の休暇を取得した。

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サンフランシスコにあったBufferのオフィスは閉鎖された=同社提供

創業から8年。急成長する会社で夢中で働いてきた。でも、「もう8年、その次の8年も働きたい。そのために必要なのは、持続可能な働き方・休み方を見つけること。実験をしてみて、それに気づいたのです」。

■シリコンバレーの「戦略的休息」

世界的IT企業が集積し、スタートアップ企業がしのぎを削る米西海岸のシリコンバレーでは、企業に「仕事の生産性や創造性を高めるための休み方」を教えるコンサルタントが現れた。

9月中旬の夕方、「休息コンサルタント」アレックス・スジョン−キム・パン(54)はシリコンバレーの自宅で、90分にわたり、東海岸フィラデルフィアにある大学病院の救急医療部門に所属する内科医らとスカイプで話をした。緊張を強いられる医療の職場でいかにミスを防いで治療をするか。キーワードは「戦略的休息」だ。

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「休息コンサルタント」のアレックス・スジョン-キム・パン=米カリフォルニア州のシリコンバレー、大室一也撮影

仕事はのっている時にこそ中断する▽仕事を離れ別のことに没頭して息抜きをする▽散歩や昼寝をうまく取り入れる▽週・年単位でエクササイズし、休暇やサバティカルをとる――。

その理論はシリコンバレーで培ったものだ。ペンシルベニア大学大学院で科学史を専攻し、Ph.D.を取得。その後、長年シリコンバレーでテクノロジー系のコンサルティングをしてきたが、自らのサバティカルをきっかけに「休息」のもたらす効果に関心がわいた。

進化論のダーウィンは90分の「仕事時間」を1日に3回繰り返していた。スティーブ・ジョブズは「ウォーキング会議」で歩きながら協力者を口説いていた。村上春樹は小説家になってから長距離走を始めた……。成功者の「休息」を分析して16年に『シリコンバレー式 よい休息』を出し、休息コンサル業「レストフル・カンパニー」を始めた。

シリコンバレーを、パンは「自分がどれほど仕事をするかにプライドを持っている場所」と表現する。「成功したければ、長時間働かなければ」と考える人が多いだけでなく、起業家を支援するベンチャー・キャピタル側も「長い時間働かない起業家には投資しない」と考えがちだ。「起業家にとって成功とは、短距離競走のようなものなのです」

そんな文化の中で、「休息」は「仕事から逃避するためのもの」として過小評価されてきた、とパンは言う。「休息は『仕事をしない』ことではなく、戦略なのです。それを知ることで、会社は長時間働かなくても生産的になり、利益を上げられるようになるのです」