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日本人に多い「1年留学」 どこまで英語が上達する(中編)

バイリンガルの作り方~移民社会・豪州より~ 更新日: 公開日:
中川宜昭さん(左)と猪瀬彩乃さん=茨城県土浦市の土浦日大高校、小暮哲夫撮影

取材にうかがったのは、茨城県土浦市の土浦日大高校。同校のグローバル・スタディ(GS)コース3年の中川宜昭(たかあき)さん(17)と猪瀬彩乃さん(18)は昨年、豪州に留学した。前回紹介した留学中の2人のGSコースの1年先輩だ。留学で培った力はどれほどなのか。英語助手のニュージーランド人、レイチェル・アシュトンさんと英語でやりとりする様子を見せてもらった。テーマは直前にあった校内の英語スピーチコンテストの内容についてだ。

スピーチコンテストの内容についてやりとりする(右から)英語助手のレイチェル・アシュトンさん、猪瀬彩乃さん、中川宜昭さん=茨城県土浦市の土浦日大高校、小暮哲夫撮影

まずは、アシュトンさんが中川さんに質問する。

「世界中の多くの人たちが経験する本当に興味深いテーマを取り上げましたね。そもそも人種差別とは何なのか、自分の言葉で説明して」

中川さんが答える。

"When I got racial discrimination, so someone came to me, and suddenly he shouted at me ` go back to your country `or something like that……. he knew that I came from Japan or Asia ,just my face and my skin color ,so you guys are Asian …… , that's racial discrimination……"
(僕が差別を受けたときのことを話しますと、突然、「自分の国に帰れ」みたいなことを言われました。僕の顔や肌の色から、日本かアジアの国の出身だとわかったからだと思います。人種差別とはそんなものです)

猪瀬さんのスピーチのテーマは菜食主義だった。アシュトンさんが菜食主義を表す二つの英単語、vegetarianismとveganismの違いについて猪瀬さんに尋ねると……。

“People who follow vegetarianism are vegetarians and follow veganism are vegans. Vegetarians don't eat animals but they sometimes eat daily food and eggs, cheese .Vegans don't eat any animal product including eggs , dairy whatever. So that's the difference."
(ベジタリアニズムの考えに従う人は、ベジタリアン、ビーガニズムに従う人はビーガンです。前者は、動物は食べませんが、乳製品や卵、チーズは食べます。ビーガンは動物の食品は卵でも乳製品でも何でも食べません。それが違いです)

1年留学の折り返し手前くらいだった豪州にいる後輩たちに比べて、2人が話す英語は、明らかになめらかだ。落ち着いた雰囲気にも1年間の成長が伝わる。

スピーチやディベートなどを通じて実践的な英語力を鍛えることを重視する同校GSコースは開設から今年が14年目で、1学年30人。同級生たちには、幼少の頃から海外で学んできた生徒や、外国人の親を持つ生徒など、英語が得意な生徒たちがそもそも少なくないが、「2人はクラスの(英語の)トップスピーカーです。豪州での経験が大きい」とアシュトンさんが話す。

オージーになりきる

中川さんは、中学生のころ、豪州に1週間ほどホームステイする機会があった。そのときは全く英語が話せなかったという。「話せれば、世界が広がる」と思い、進学時に1年留学ができる土浦日大高のGSコースを選んだ。

中川宜昭さん。「オーストラリア人になりきる」と留学中に心がけたという=茨城県土浦市の土浦日大高校、小暮哲夫撮影

前回紹介した2人と同様に、1月に始まる豪州での新学年から豪東部ブリスベンに留学した。1学期(豪州は4学期制)は、現地校に入る前の集中準備コース(HSP)で学んだ。

2学期になって、現地校の州立ケドロンハイスクールの10年生(日本の高1)に編入した。でも、授業で何を言っているか全くわからず、「本当に必死に板書を写して、家に帰って単語の意味を辞書で調べる日々だった」と振り返る。課題を書いて提出するのが、とくに大変だったという。

英語が早く上達するにはどうしたらよいか。中川さんが考えたのは「オーストラリア人になりきろう」ということだった。「日本で日本語のうまい外国人は、日本人のように振る舞っているな」と思ったからだという。ネイティブのオーストラリア人が話すときの手のしぐさをしたり、よく使う“heaps!" (たくさんの、という意味)といった言葉などを使ってみたりしてみた。まねをするには、オージーの友人がいないと続かない。自分から声をかけて仲良くなった友達と、昼休みに毎日のようにバスケットボールをするようになった。

学校の外でも、中学から続けてきたハンドボールを豪州でもやりたいと、地元のチームをフェイスブックで見つけて、メッセージを送った。チームから「来てみて」と返事が届き、週3回の練習に加わるようになった。練習場所までいつも車で送ってくれたのは、ホームステイ先の近くに住んでいて仲良くなった男子大学生だった。

中川さんは、ブリスベンのあるクイーンズランド州のユース代表にも選ばれた。地元チームの監督はユース代表のコーチでもあり、中川さんのプレーを見て、18歳以下と21歳以下の州代表チームにも引き入れたのだ。代表チームでは遠征や合宿にも出かけた。チームメートとのコミュニケーションや戦術の理解に英語は欠かせなかった。

豪州留学中にハンドボールの豪東部クイーンズランド州のユース代表に選ばれた中川宜昭さん(前列右)=中川さん提供

そんな日々を送るなかで、半年をすぎ、7月半ばに始まる3学期に入ったころから、「ちょっとずつ耳が慣れて」、学校の授業の内容もわかるようになっていった。何を話しているのかわからなかったハンドボールの仲間たちとも、冗談を言い合えるようになっていた。

「人見知り」ステイ先で克服

猪瀬さんの場合、中学生のころ、「ハリー・ポッター」の映画や本、母が好きなデビッド・ボウイの歌詞に触れたのがきっかけで、英語を深く理解したいと思うようになったという。そこで、やはり1年留学ができる土浦日大高を選んだ。豪州では、HSPで1学期間、勉強した後、別の州立高校、バルモラル・ハイスクールに入った。授業について行くのは大変で、中川さんと同じように、板書を写してわからない単語をすぐに調べて、という日々が続いた。「生物と地学の授業を取っていたが、辞書で日本語の意味を引いても、その日本語の意味もわからなくて」。理科は最後まで苦戦したそうだ。

英語助手のアシュトン・アシュトンさんの質問に答える猪瀬彩乃さん(左)=茨城県土浦市の土浦日大高校、小暮哲夫撮影

「人見知り」という猪瀬さん。学校では、親しく接してくれたインド系のオーストラリア人の友達のほかは、地元のネイティブの生徒たちよりも、ほかの国々から来た留学生といっしょにいることが多かったという。そんな猪瀬さんにとって、ホームステイ先が英語をみがく場になった。

ステイ先は、シングルマザーと10歳の女の子の家庭だった。同じ家にいた中国人の留学生は自室にこもりがちだったのに対して、猪瀬さんは、なるべくリビングルームにいて学校の様子や週末にしたいことなどを話すようにしていた。買い物にもよくいっしょに出かけた。料理が好きな猪瀬さん。どうしてもあんこが食べたくなって、アジア食材店で小豆を買ってきて作ったら、「マザーがその味を気に入ってくれて、いっしょに作るようになった。それで、冷蔵庫にたくさん作り置きがたまっていたことがありました」。

家族とは、小物などのアート作りが好きなところでも波長があった。マザーや女の子と、花などのデザインで針金アートのアクセサリーを作ったり、携帯電話のアプリで動画を撮影・編集したり。そんなホストファミリーとのやりとりを通じて、「話す力は、ファミリーと話すなかで培われたと思う」。「ハリー・ポッター」は和訳の原作をすべて読んでいたこともあって、現地のテレビでよく放送されていた映画は、字幕なしでもわかるように。家族にその印象的な場面を説明もできた。

多感な経験が力に

帰国後のスピーチコンテストで2人が話した内容は、いずれも留学中の経験がもとになっている。中川さんが昼休みにバスケットボールをしていた仲間には、アフリカ出身の移民の友人たちもいた。あるとき、彼らといっしょにいると、白人のオージーの生徒から「自分の国に帰れ」といった言葉を浴びせられたという。そんな経験から、帰国した後は地元のブラジル人高校生たちと、交流を始めた。「彼らも日本で差別の体験があったんです」

猪瀬さんは、留学中に菜食主義者のチリ出身の友人や、捕鯨に反対する人の考えにふれ、自らも菜食を基本とする食生活に変えた。食用のために育てられた牛や豚、鶏などの肉は食べない。「食べるために動物を太らせ、再生産していくというのは、残酷なことではないか」と考えるようになったからだという。

GSコース主任の宮知之教諭に、1年留学を終えた生徒たちの留学前と帰国後の変化について尋ねた。英語力は1年留学で、どれくらい伸びますか?

「1年留学」の希望者を毎年豪州に送る土浦日大高校グローバル・スタディコースの主任、宮知之教諭=茨城県土浦市の土浦日大高校、小暮哲夫撮影

「読む、聞く、話す、書くと4技能があるが、それぞれの分野によって個人差がある。英検のようなテストは、日本にいてもよい結果が得られるかもしれません。ただ、帰国後はすごく自信を持っていると感じる」と言う。

2人が差別や菜食主義をめぐる問題について留学を通じて関心を持ったように、「感性がいちばん豊かなときに、違う文化や価値観を持っている人たちに触れていることが、長い目で見て、心の強さになる。英語テストのスコアでは測れない部分が体にしみこんで帰ってくる。感性でつかみ取った価値観の強さというのが、この1年の意味と言えます」。

1年という留学期間は、若い高校生たちには、長いようで、思いのほかあっという間のようだ。後編では、留学生活が残り2カ月あまりに迫る別の日本人高校生の様子を紹介します。