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貧しくとも不幸ではない タイラー・コーエンが見る「働き手の未来」

World Now
2011年11月の「ウォール街を選挙せよ」運動でデモする人々=ロイター

――普通の働き手にとって、なかなか景気のいい話がありません。

「いまの世界にとってもっとも大きな変化は技術、なかでも情報技術(IT)の進歩です。才能がある働き手、創造力のある働き手の力は、ITやコンピューターによって増大します。もしあなたがITスキルを備えていたり、彼らを束ねて仕事ができるマネジャーだったりした場合、あなたはグローバルな『ビジネス帝国』を築いて世界を相手に稼ぐことができ、収入は大きく増えます。アップルやグーグルを考えれば一目瞭然ですね」
「しかし、もしあなたが普通の働き手なら、新興国の低賃金労働者とだけでなく、どんどん人間の仕事を奪っている賢いソフトとも競争しなければなりません。労働を節約するための技術革新と戦わなければならないのです。これまで中間層を形づくるのに大きな役割を果たしてきた製造業の仕事は取って代わられます。将来は明るくありません」

――では、稼げる分野での雇用を増やすのは難しいのでしょうか。

「新しいテック企業、たとえばフェイスブックやツイッターをみてください。ビジネスの規模に比べれば、ほんのわずかな人しか雇っていません。そのわずかな人だけがグローバル化するビジネス帝国で大変豊かになり、平均的なアメリカ人は、賃金が増えることはないのです」

――たしかにIT企業は、それ自体の雇用は限られています。ただ、その従業員向けのサービス産業が生まれるなどし、全体では大きな雇用を生み出しているとの研究もあります。

「ほんの数カ所では、ですね。IT産業はかなりクラスター(群れ)化しています。米国ではサンフランシスコ、ニューヨーク、オースティン、あとはシンガポールとかでしょうか。いずれにしても極めて限られた場所だけです」

――シェールガスによるエネルギー価格の低下などで、製造業が米国に戻ってくる「リショアリング」が注目されていますが、雇用を増やすには力不足ですか。

「かなり限られた影響しかありませんね。いま米国に工場を造っても、そこは人手に頼るのではなく、ロボットとソフトウェアによって動く工場です。だからソフト技術者の雇用は増えますけれどね」

――米国などで普通の働き手の賃金が伸び悩み、格差が拡大するのは、避けられないことなのでしょうか。

「ある程度はそうです。先進国全体を見渡せば、日本でもどこでも、細かい違いはあっても技術革新がもたらす格差という基本的なストーリーは一緒です。成長の限界ということで言えば、真っ先に日本が来て、その後に西欧が来ました。細部はそれぞれ違いますが、それらはアメリカの政策の問題でも、アメリカの文化の問題でもなく、技術革新がもたらしたものなのです」

――ノーベル経済学賞を受けたマイケル・スペンス・ニューヨーク大学教授は、米国などの格差拡大について論じた有名な論文で、「情報技術よりもグローバル化の影響が大きい」と指摘しています。

「実際にはその二つは明確に分けられません。たとえば中国との貿易が増えているのはテクノロジーのおかげです。iPhoneは中国でつくられていますが、これはITで遠く離れた生産拠点を管理することが簡単になったから可能になりました。ITはグローバル化と一体になって今の変化を生んでいるのです」

――5年前の「ウォール街を占拠せよ」運動では、超富裕層だけに富が集中することが批判を浴び、「1%対99%」に焦点が当たりました。あなたはむしろ「15%対85%」に注目していますね。

「米国ではトップ1%はだいたい年収40万ドル(約4400万円)以上、トップ15%だとだいたい10万ドル(約1100万円)からになります。たとえば十分な教育を受けたプロフェッショナルが年20万ドル(約2200万円)を稼ぐとして、その人はトップ1%ではありませんが、十分素晴らしいですよね。多くの機会があり、グローバル市場を相手に稼げる。ITも使いこなせる。確かに米国の中間層は消えていく途上にありますが、その一部だった人たちはもっと高い収入を得られるようになっているのです。それはトップ1%だけに限った話ではありません。これまで議論になってきた1%対99%の対立軸は、ちょっとミスリーディングだと思います」

2011年11月の「ウォール街を選挙せよ」運動でデモする人々=ロイター

――トップ15%とはどのような人ですか。

「では、この店に来ている人たちを見回してください(※このインタビューはワシントンDC郊外の住宅地にある四川料理レストランで行われた)。彼らは決して億万長者ではありませんが、いい暮らしをして、幸せそうです。彼らの人生は、ほとんどの側面で素晴らしいものです。だから、格差をめぐる論争は、トップ1%に集中せずに、もう一回枠組みを見直すべきです」

――格差は経済の必然ではなく、政策の積み重ねの結果だとの意見もあります。最低賃金を時給15ドルに引き上げようという運動が盛んですが、どう評価しますか。

「その考えには賛同しかねます。最低賃金を引き上げれば、多くの人が仕事を失うでしょう。10代の若者が仕事を得るのが難しくなり、マイノリティーも仕事をなくす。労働市場をよくするよりも、悪くする方向に働くでしょう。雇い主に高い賃金を強いれば、雇う人の数を減らすとか、短時間で従業員にもっと働くように迫るでしょう。結局のところ、生産性を上げるほかないのです」

――最低賃金を上げることで、人々の購買力が高まり、経済にとってプラスになるとは言えませんか。

「米国の抱える問題が購買力だとは思いません。購買力を高めたければ中央銀行がマネーの供給を増やせばいいが、2016年現在、もうこれ以上のマネーは必要としていません。私たちは生産性を高めなければならないのです。本当の問題は需要側の購買力ではなく、サプライサイド(供給側)にあります。西欧でも日本でも、生産性が伸びていないことこそが、各国共通の問題なのです。たとえば欧州では非常に高い最低賃金を設けていますが、失業率がとても高い。最低賃金引き上げは、あまり良い考えとは思いませんね」

――低い最低賃金や、組合の影響力が失われたことが格差の要因だとは考えないということですね。

「私は、そういう考えは民主党の有権者向けの説明に過ぎないと思います。そういうストーリーで納得する人はいるかもしれませんが、何も生み出しません。私はオバマ政権を非難するつもりはまったくありませんが、賃金は上げられなかったでしょう。それは政策の問題ではなく、ITとグローバル化を背景にした生産性の問題が本質だからです。しかし、そんな悲観的なストーリーを民主党は有権者には伝えられません」

「共和党は共和党でウソをついています。いつもの減税です。しかし減税で生産性は伸びません。ブッシュ政権で減税しましたが、あまり助けにはなりませんでした。結局、どっちの党もウソをついているのです。これこそが今、大統領選でトランプが人気を集めている理由なのです。彼は確かにウソつきです。最も大きなウソつきです。しかしほかのみんながウソをついているとしたら、それはウソつき競争になります。この競争に勝てるのは、もっとも大胆なウソをついている人、つまりそれがトランプなのです」

――ではどうすれば生産性を高められるのでしょうか。やはり教育ですか。

「まずはやはり教育です。この半世紀、この国の教育システムの半分ぐらいはひどいものでした。まともに読み書きできず、当然、ITも学んでいない子供たちがたくさんいます。もちろんトップ部分はすばらしいのですが。教育の改善は困難ではありますが、私たちが確実にできることでもあります」

「あと、たくさんの悪い政策をやめることです。ビジネスは過剰に規制されています。何か新しいことを始める前に、いちいち法律家や広報部門と相談しないといけない。20世紀はダイナミックなビジネス文化がありましたが、いまは法律と広報の論理に縛られています」

東京の街角で、パソコンの広告の前を通り過ぎる人たち=ロイター

――日本ではとくにサービス産業の生産性が低いことが問題になっています。

「その問題を解決できた人はいません。米国がそれを最初に成し遂げる可能性があります。それはITによるものでしょう。これまで日本はあまりイノベーティブではありませんでした。日本がリーダーになっているのは古い電化製品が中心で、ITでは強くなれていない。ITではむしろ中国が日本を打ち負かす可能性もあります」

「日本は商品でも生活でも、質の面ではよくやっています。その点では明らかに世界一で、当面その座は揺るぎません。東京のレストランなんて世界のどこよりも素晴らしい。寿司でもフレンチでも、細部が完璧なのです。みんなで調整しながら、倫理観をもって仕事に当たっているからです。こうした特長はなぜソニーやトヨタがものづくりを完璧にやっているのかにもつながります。しかし、こうしたスキルは、イノベーティブなIT産業ではあまり役に立ちません。アップルのスティーブ・ジョブズや、マイクロソフトのビル・ゲイツはまったく違ったメンタリティーで動いています。世界を征服してやるというたぐいの考え方です。ばかげた考えですね。傲慢でもあります。しかし、ビジネスでは、この態度が役に立つ時があるのです」

――働き手の将来は暗いのでしょうか。

「それはちょっと込み入った話になりますね。もし賃金だけ見れば、私は賃金悲観論者です」

――賃金悲観論者、ですか。

「そうです。しかし、それで人々が必ずしも不幸になるとは言えません。この話は、さきほどの日本の生活の質の話ともつながります。人々の収入は減っていくかもしれませんが、レストランで安く美味しい食事をし、フェイスブックで友人たちとつながって楽しい時間を過ごし、異性とも容易に出会えるようになった。たいていの娯楽は無料、または安く手に入る。私は賃金悲観論者ですが、人々の幸福については楽観論者です。GDPが伸びなくても、賃金が多少減っても、幸せなら問題ないじゃないですか。賃金と幸せの相関関係が、30~40年前に比べればだいぶ薄れたのです。欧州でもゼロ成長で賃金は伸びていませんが、バカンス文化もあって楽しくやっています」

――では日本も無理して生産性を上げ、賃金を上げなくてもよいと。

「ところが、そうはいかないのです。問題は債務を抱えた国です。債務を返すにはドルや円が必要です。残念ながら幸福では返せません。そのため、とくに日本のように巨額の債務を負った国では、生産性は依然としてリアルな問題であり続けます。生産性を上げないと、社会保障も維持できません。最終的にはインフレと大増税なのかもしれませんが」

Tyler Cowen 1962年生まれ。米ジョージ・メイソン大教授。「エコノミストの昼ごはん」などの著書もある。