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人民解放軍と海洋進出/浅野亮・同志社大教授に聞く

World Now

中国は鄧小平の時代に、「中国海軍の父」と呼ばれた海軍司令官の劉華清が政治的にも力を持ち、海軍の近代化が進みました。国全体のことよりも海軍を先に考えているのではないかと見えるほど、強大な海軍の建設に熱心でした。鄧小平の後継者で、軍歴のない江沢民の言うことは聞かず、劉華清は江沢民の悩みの種であったとも言われています。結果的に中国外交は2010年ごろまでには、強大化してきた海軍がもたらす対外摩擦の緩和が大きな使命となり、抑止と脅しも組み合わせて進められるようになりました。果たして劉華清が、大国となるための条件として海洋の掌握を唱え、米国の海洋戦略に大きな影響を与えた米軍人アルフレッド・マハンのように、統合的な国家戦略を持っていたかどうか――。劉華清の回顧録や文選などを読み返しているのですが、資料からは読み取れません。

「一帯一路」にも含まれるインド洋や太平洋での海洋進出は、最初は漠然とした枠組みで中央が経済援助のプロジェクトを始めたということでしょう。各部局や地方政府は右往左往しながら、それぞれの具体的な計画を打ち出し、中央から承認をもらうという形で展開しています。

しかし、地方は債務超過ともいえる状態です。近年発行が認められた地方債の多くも、シャドーバンキングからの借り換えのために使われているといわれています。トンガの例など、太平洋の島国におけるインフラ建設は中国企業や地方がそれぞれの判断で行っているものと考えられます。中央官庁にやめさせることはおそらくできません。全部停止したらそれこそ暴動につながるでしょう。援助と切り離せない投資も、集中豪雨的に展開してしまった結果、相手国が返済できなくなると、港湾を長期間、租借するというようなことになっています。

国家戦略、それとも・・・?


一見すると、「一帯一路」は国家戦略のように見えます。確かに成功に見える面もあるでしょうし、実際にやってみると、国威発揚としても都合が良いことに中央の指導者たちが気づき、ナショナリズムを利用して効果を大きくしようと演出しています。宣伝部門も失敗だったとはいえないので、このレトリックに乗ります。

しかし、国家戦略というのは、責任逃れのための言い訳に過ぎません。投資部門からすれば、単なる焦げ付きであり、経済的に不安要素以外の何物でもありません。国有企業や地方にとってナショナリズムの優先順位はそもそも高くありません。国威発揚の観点では大きなプラスになりますが、個々の部門や長期的な国家レベルの利益とは必ずしも一致しないしないのです。

人民解放軍にとっての3つの節目


人民解放軍による海洋進出は、試行錯誤の積み重ねと考えるのが妥当です。節目は、①2008年のソマリア沖・アデン湾への艦隊派遣②2012年の初の空母「遼寧」の就役③2014年の米海軍がハワイ沖などで主催する環太平洋合同演習(リムパック)への初参加――の3つでしょう。

海賊対処活動を通して遠洋航海のノウハウや、何が必要なのかを体験しながら軍の近代化を進めたことは大きかったですし、「遼寧」は海軍の悲願であり、沿岸防衛からの脱却、かつナショナリズムの「見えるシンボル」になりました。リムパック参加は米国が中国を無視できなくなるほど大きくなったというアピールになり、周辺国も遅かれ早かれ中国になびくだろうという期待につながりました。

中国人民解放軍のいま


共産党はアヘン戦争(1840年~42年の中国・清朝と英国との戦争)以後の屈辱から脱してきたのは「共産党のおかげ」という宣伝をしてきました。しかし、人民解放軍の社会的地位は、1978年の「改革開放」以来、低下しています。共産党との関係も非常にドライになっています。かつては人民解放軍のアイデンティティーは共産党そのものでしたが、最近は陸軍や海軍、さらには所属する部隊にまで狭まっているようです。将校と兵員の間の関係もしばしば緊張しているようです。

軍人の待遇は改善していますが、民間よりも良いとはいえません。ただ、構成はかつては農民が多かったのですが、今は都市部の中産階層、大学レベルの教養を身につけた人が多くなっています。ハイテク兵器を使うので、専門知識と技術を持つ下士官レベルの充実が急務だからでしょう。

北京五輪の成功で多くの普通の中国人が自信を持つようになったこともあり、習近平政権はアメリカと対等になった偉大な中国という演出を始めます。「新型の大国関係」がその表現の一つです。経済援助やビジネスなどを通して色々な国へ進出していく手法は、米国をにらんだ対外政策です。米国との友好国を減らし、同盟関係を弱め、その上で米国とやりあうということです。日本に関しては、中国のナショナリズムの重要な対象だったのですが、現実に日中の軍事衝突が起きたら大きなマイナスなので、避けるべきだという意見が多いです。ネット上には「アメリカを追い越すことも可能になった」といった勇ましい意見も多いのですが、実際には中枢にいくほど慎重です。

護衛艦「いずも」の長期航行を中国はどうみたか


今年5月から3カ月余り海上自衛隊の護衛艦「いずも」が国外で初の長期航行に出ました。6月には南シナ海を航行しましたが、中国海軍や外交部の反応は極めて抑制されています。あまり大ごとにしたくなかったということではないでしょうか。

いくつかの中国での報道や論評のパターンを分析すると、「いずも」についての発信は中国国内向けであることがわかります。発表された論評の多くは日本の意図に警戒を示したものの、大々的な批判キャンペーンは組織されませんでした。「2016年後半から、南シナ海情勢を中国が安定させてきたのに、日本がまた撹乱(かくらん)しようとしている」といった専門家による個人的な発信もありましたが、中国当局は責任を負わずに済み、中国政府への不満や日本に対する不満の「ガス抜き」にもなっているとみているようです。

全体として、「いずも」航行に対して中国当局は、解放軍も外交部も極めて抑制的で、この態度はかなり上のレベルで決まったことではないかと推測できます。習近平が進める軍事改革の中で、解放軍の情報・宣伝部門も改編され、人事異動も行われました。この8月には国防部報道事務局長の楊宇軍上級大佐も退役しました。軍事改革や人の異動も関係したとみられますが、基本的にはこの秋に予定されている第19回共産党大会の前に対外関係の悪化はできるだけ避けたいとの基本方針が貫かれたからだと考えられます。

2012年の第18回党大会の時には、尖閣諸島の「国有化」は日本側からの挑発との宣伝が大々的に行われ、日中関係は悪化し、ただでさえ江沢民の牽制を受け続けてきた胡錦濤の立場をさらに弱くしました。また、南シナ海の領有権を巡り、フィリピンが中国を訴えていた仲裁裁判の2016年7月の判決は、中国にとって不利な内容でしたが、その後フィリピンは中国に接近しました。今年5月には「一帯一路」の国際会議が開かれ、習近平の面目が保たれました。また、この8月に開かれたASEAN(東南アジア諸国連合)外相会議では共同声明に中国を批判する「非軍事化」などの文言が盛り込まれましたが、逆に中国は南シナ海での紛争解消に向けた「行動規範」(COC)に法的拘束力を持たせない枠組み草案に合意させることに成功しました。習近平指導部は、これを外交的勝利として演出し、党大会前に南シナ海情勢は中国に有利に展開しつつあると見せることができています。習近平の「一強支配」はほぼ確立しており、「いずも」に関しても習近平による統制が効いていたということでしょう。目をつけられれば、次期指導部入りが確実視されていた孫政才でさえも粛清されたのですから、各組織のリーダーたちも慎重なわけです。

「いずも」の南シナ海からインド洋までの長期航行に過剰反応しなかったのは、この秋の党大会を乗り切るためのレトリックという面もありますが、一方で、南シナ海情勢を悪化させたくない理由は次のような説明もできます。

つまり、今しばらく時間を稼げば、中国の海軍力は強大になり、また経済力においてもASEAN諸国が中国にさらになびく。南シナ海をコントロールできる能力が高まれば、経済ルートを抑えられた日本の交渉力は大幅に弱まる。そうすると、アメリカにとって日米同盟のコストは高まり、日本への信頼が揺らいでいく。日清戦争の恥をそそぎ、アメリカをアジアから追い出すのはそれからだ――と。
 
「三国志演義」を愛読している中国人なら、この筋書きに納得することでしょう。そして実際にそのような段階に入ったら、「昔からこう考えていた」と強調することになります。もしそうならなかったら、どうするか。その時は別の物語を語ればいいのです。

中国は長的戦略を持っているか


中国はあたかも昔から米国の地位を奪取する計画を持っていたかのような演技を繰り返します。また、しばしば「歴史を読み替える」ということをする国です。このため欧米人も日本人も、信じてしまいがちです。在米の中国人たちも米国人の喜びそうな情報や論評を流すため、この論調がさらに信ぴょう性を帯びることになります。

過熱するナショナリズムと自国への過大評価は、危険をはらんでいます。パワーの増大が持続していると、一つ一つの事例が実際にはバラバラに起きているのに、同じような方向を向いて動き、全体としてあたかも長期的な戦略があるように見えます。

見果てぬ夢であったものが実現する可能性が見えてくると、指導者たちも戦略を強く意識し始めたのは確かだと思います。国際秩序の変革や維持を指導層が意識しだすと、それは戦略として機能していく。中国の産業界や軍隊もそれを望み、政治指導をその方向に向かせていきます。

戦略があるかないか、というのではなく、どうするべきかというビジョンがぼんやりとでもある程度共有されているか、そしてそれを進める人材が適所にいて、力があり、国にもパワーが残っているかが、中国をみるうえで重要です。

習近平政権は最初の5年間を権力固めに費やし、次に中長期的に重要な施策を実際に進めるのではないか、という見方が中国国内にはあります。中国政治に権力闘争はつきものですが、目前の権力闘争だけで動いているわけでもありません。習近平は、部下には質朴な人物を好みますが、結構新しいものが好きなようです。次は宇宙開発、人工知能と遺伝子工学に力を入れていき、月や火星開発、AI政府やAI軍、さらに遺伝子レベルで改善されたいわゆる「新型の中国人」の誕生も実現させようとしていくのではないでしょうか。政治と「AI」の関係は実は、この1年でだいぶ現実味を帯びてきています。

鄧小平や江沢民、胡錦涛を飛び越えて、毛沢東と同格の指導者として自らを演出することで、習近平は長い中国の歴史の中で「中興の祖」の一人としてだけでなく、「全人類の指導者」として自分を位置づけています。むき出しの権力闘争の中では、このようなビジョンも力の源泉の一つであり、また足元のいろいろな難題から一時的にせよ目を背けさせる現実的な手段でもあります。



浅野亮 
同志社大学法学部教授。1977年国際基督教大学卒業。日本国際問題研究所研究員、姫路獨協大学外国語学部教授などを経て、2004年より現職。この間、東京大学非常勤講師(2005年)、同大学客員教授(2007年~2008年)。専門は、中国の安全保障政策、対外政策、および国際関係論。著作に、『中国の海上権力』(山内俊秀と共編著、創土社、2014年)、『肥大化する中国軍-増大する軍事費から見た戦力整備-』(江口博保、吉田暁路と共編著、晃洋書房、2012年)、『概説 近現代中国政治史』(川井悟と共編著、ミネルヴァ書房、2011年)、『中国の軍隊』(創土社、2009年)、『中国をめぐる安全保障』(村井友秀、安田淳、阿部純一と共編著、ミネルヴァ書房、2007年)など。