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AIに薬は作れるか 「創薬AI」の研究者が見る未来

People
奥野恭史・京都大院教授

AIはどの程度、薬をつくれるようになっているのか


――いまAIブームと言われていますが、現時点でAI創薬の成果はあるのでしょうか。
まず、今のAIブームの主役と言えるGoogleのAlphaGo※のような技術が、現時点で創薬の現場で生かされているかというと、まだだと思います。実際に使われているのは、私たちが10年前からかかわっているようなAIでしょう。


※AlphaGo Google傘下のDeepMind社が開発した囲碁のAIプログラム。今年5月には、世界最強とされる中国の柯潔(かけつ)九段に3戦全勝した。アルファ碁同士の自己対戦では、人間の対局からは想像できない手が続出し、プロ棋士をも驚かせた。


私たちは機械学習したAIを使って、タンパク質と化合物の結合を予測する技術を8年ほど前に実現しました。当初は「そのようなことができるはずはない」という反応ばかりでしたが、3年ほどかけて実際に成果が上がり、製薬会社にも使われるようになりました。


たとえば製薬会社は何百万個もある化合物のライブラリーから、病気の原因にかかわるタンパク質に結びつく化合物を選び出し、薬の候補物質とします。そこで、最初の段階でAIを使って結合する可能性がある化合物を絞り込みます。


このようなAIは「Aというタンパク質にBという化合物が結合しますか?」という問いに答えるものですが、これではBの化合物の化学構造をあらかじめAIに伝えなくてはいけません。これに対して、今ではより高度なAIとして「Aというタンパク質に結びつく化合物はなんですか?」と問い合わせるだけで、化合物の構造を前もって伝えなくても、AI自らがAに結合しそうな化合物の化学構造を提案してくれるようなシステムも開発できています。


――米国では、AIの活用が進んでいるようですが
創薬よりも医療分野、たとえばIBM のAI「Watson」が、がんのゲノム医療※に応用されるなど、米国では進んでいると思います。しかし、日本が大きな差をつけられているかというと、そうでもないでしょう。なぜならAIは既知のデータを使って学習させないと機能を発揮しません。たとえば、欧米人のゲノムデータや医療データを使ってAIをつくったとして、それが日本人のために使えるかと言えば、そのままでは難しいでしょう。それは、欧米人と日本人ではゲノムや体質が違うところが多々あるからです。もちろん、その逆も同じことですが。

※ゲノム医療 ゲノムとは、DNAなどに含まれる遺伝情報全体のこと。この情報を調べて、診断や治療に生かすことをゲノム医療という。特定の遺伝子や染色体などを調べ、病気の性質や薬の効果、副作用の有無などを判断するといったことが行われている。



――今のところは、AIで新しい薬がどんどんできるということではないのですか?

確かにAIだけで薬をつくりあげることは難しいかもしれません。しかし、AIの中でも、Googleが開発したディープラーニング(深層学習)は別格で、これまでのAIには出来なかったことがディープラーニングによって出来るようになったケースが多く見られています。近い将来、自動車やインターネットのように身近にあって当たり前の社会的なインフラになっていくと思います。


そこで問題になるのが、AIをどう使うかです。たとえば私たちは、パソコンやスマホなどをなんの疑問も抱かずに使っています。その能力をフルに使っている人もいれば、ブラウザでネットを閲覧するぐらいにしか使わない人もいます。


同じようにAIも自分に合うようにカスタマイズして、使いこなせるかどうかが重要になります。AIはアルゴリズムも日々進化していますし、覚えこませる学習データも増えつづけています。そこで、AIを“教育して育てる”という体制を持っていないと、AIが本当の意味でのパフォーマンスを発揮しないのです。このことから私は、そのための体制を、生命科学の分野で、日本国内で早めに整えることをめざしています。


――そこで昨年、製薬企業やIT企業が集まったコンソーシアムをつくり、新しいAIの開発をめざしているのですね。

80団体ぐらいに参加してもらいました。まず6カ月をかけて創薬のプロセスの中で、どの部分にAIが使えそうか、AIを使うならどのようなデータが使えるかを調べました。そのうえで製薬企業とIT企業でグループを組んでもらい、一丸となって創薬AIの開発を一気に進めています。

薬づくりを変えるために必要なこととは


――AIで、薬づくりをどう変えようとしているのですか。

新薬開発では、開発期間は10年以上、コストは1000億円以上かかる開発プロセスの効率化が重要課題になっています。そこで、コンソーシアムでは医薬品の開発プロセスにそって29種類の創薬AIをつくるプロジェクトを立ち上げ、分担して開発を進めています。


たとえば、まずは「どのような薬をつくるべきか」を提案するAIを開発するプロジェクト。このAIは、まだ十分な治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズを探したり、医療経済的な側面を考慮したりして、対象とする病気Aを提案してくれます。次に、病気の原因となるタンパク質Xを探すAI、さらにXに作用する化合物Yを探すAI、Yの物性や安全性を予測するAIといったプロジェクトをコンソーシアムのメンバーで分担して開発しています。それぞれのAIを活用することにより、開発期間の短縮や開発費の削減につながるのではと期待しています。


大事なことは、これらのプロジェクトがすべて一つにつながることです。病気を選び、原因タンパク質を探し、化合物を探し……と、すべてのプロセスにAIがかかわってつながっていくような基盤をつくりたいのです。その基盤をつくっておけば、将来さらにAI技術が進展し、非常に優秀なAIが使えるようになったときでも対応しやすいはずです。


つまりAIをうまく教育して使いこなすことで生産性の向上に結びつけられるよう、社会的な素地をつくっておかないといけないということです。製薬業界には長年の業界のやり方がありますので、急には変わらないと思います。しかし、今から準備をしておくことは重要です。


――人間が考えつかなかったことができるようになるのでしょうか。

それが目標ですね。もう将棋では人間がAIに完全に負けていますし、囲碁でも負けました。他の分野でもそういうことはありうると思います。また、いま創薬の研究者には経験知が蓄積されています。それを様々な人が利用可能な集合知にしていくということも、重要なことだと思っています。

データの収集には課題も


――これからAI創薬を実現するには、どのようなことが必要なのでしょうか。
何かひとつの技術だけに頼って、AIによる創薬ができるとは考えない方がよいと思います。つまり、関連するいろいろな技術が全部必要なのです。病気を見つける技術も、化合物を探す技術も、それを精製する技術もすべてです。創薬は10年をかけて、いろいろな技術をつなぎあわせてようやく一つの薬ができあがる世界です。全部が常に最高の技術でないといけない、総合力の戦いです。その各プロセスでAIが最高のパフォーマンスを示すような土台をつくりたいと思っています。


ただ、ひとつ大きな課題はデータでしょう。AIには大量のデータを与え、学習させていかなければいけません。そのために必要なデータに、今の社会環境の中でアクセスできるかどうかが問題になります。


そこで、コンソーシアムでは創薬AIをつくるために、どういうデータがあり、それが使えるかどうかなどの問題点を洗い出しました。たとえば患者さんの治療データについては、個人情報保護の問題があります。患者さんの治療データはその患者さんを治療するためにとられたデータであって、AIを開発するために医師や薬剤師に情報を伝えているわけではありません。


また、システム上の問題もあります。日本の多くの病院には、電子カルテシステムが導入されています。京大病院などの場合、こうした治療データは、研究にも使えるようにそのコピーが取り出せるようになっています。しかし一般の病院では、電子カルテというのはあくまで医療の記録であって、データを取り出すとか、ましてや人工知能の学習に使うというようなコンセプトがもともとありませんでした。

ですから、データをどう集めるのか、そのルールをどう整備するのかなども含めて、AIを活用するために必要な社会基盤というのは、まだまだできあがっていません。そこは、早急に準備を進めていく必要があると思っています。



おくの・やすし/1970年生まれ。2000年京都大学で博士号(薬学)取得。同大院薬学研究科准教授などを経て、16年から現職。16年11月に製薬会社やIT企業が集まるライフインテリジェンスコンソ-シアム(LINC)の設立を主導し、代表に就いた。