「投資家の理解を得るのが重要」マイク・ラーブCEO
――ベンチャーの強みをどう考えていますか?
まず、大きな製薬企業が、必ずしも画期的な薬を生み出すイノベーション(技術革新)を起こしているとは限りません。他社よりも少しいい薬をつくることに力を使う場合もあります。例えば「スタチン系」と呼ばれるコレステロールを下げる薬は、米国ではいくつも似たような薬があります。これは、それで患者をたくさん救えるからというよりは、物質の構造を少し変えて新しい薬をつくり、知的財産権で保護し、より長い期間、売りやすいからでしょう。
一方で私たちのようなベンチャーは、イノベーションに挑戦しています。新しい科学で、患者を救いたいと考えているのです。
――ベンチャーが新薬を生み出すには、何が必要なんでしょうか。
重要なことはいい科学技術を持ち、いい薬を持ち、そこから収益を上げることです。私たちは優れた科学技術を持ち、いい新薬候補を持っています。そしてその臨床試験にしっかりと時間と費用をかけ、確度の高い結果を得ようとしています。ここが十分に確実でないと、失敗してしまいます。
個人的には、新しいメカニズムを持ち、多くの人の医療ニーズに応えられるような薬剤の開発に取り組むべきだと考えています。いま多くの企業が、がん免疫療法に注目しています。それは確かに大事ですが、対象となる患者は少なくなり、非常に高い価格をつけることで、収益を上げています。それよりも、私たちは、まだ十分に治療法が確立されていない多くの患者を救いたいと考えています。
――ベンチャーでは科学者を集めにくくはありませんか?
それは感じません。結局、科学者とは、新しいものを見つける旅を喜ぶ人たちです。ですので、高いレベルの科学技術を育てられるビジネス環境を整えれば、いい科学者が集まることになります。
――では、ベンチャーならではの開発の困難さは。
革新的な薬を生み出すには、ものすごくお金がいるということです。
例えば医療機器の場合は、アイデアを得てから商品化までに2~3年といったところですが、薬の場合は10年程かかります。人間に対する治験は、第1、第2、第3相と三つの段階にわたって進んでいきます。私たちの主力の薬「テナパノール」はいま、過敏性腸症候群(IBS)と高リン酸血症との二つの適応症を対象に第3相試験に入っていますが、この薬のアイデアが初めて取締役会で提案されたのは、2008年です。ほぼ10年で、まだ第3相試験が終わっていない。ここまでに、すでに数億ドル(数百億円)が使われています。
――米国には、そのお金を調達できる環境があります。
私は大手製薬会社で営業を担当した後、約10年間、ベンチャーに出資する投資会社で生命科学部門の投資を担当しました。その経験から分かることは、彼らは悪いアイデアにはお金は投じません。私も3000ほどの会社を見ましたが、実際に投資したのは10社ほどです。しかも、すべてが成功しているわけではありません。
現実を言えば、この業界から利益を上げるのは非常に難しい。その薬が成功する可能性を確認するためにすら、数億ドル(数百億円)が簡単に消えていくのです。iPhoneのアプリをつくるのなら、おそらく数十万ドル(数千万円)レベルでしょう。それが、成功すれば数億ドル(数百億円)になるわけです。
――それでも投資する人たちがいるのはなぜでしょう。
その理由は、非常に多くのイノベーションが生まれているということと、人々を助けることにつながること、もしうまくいけば膨大な利益を得られるということだと思います。宇宙開発などもそうでしょうが、非常に資本集約的なビジネスです。
そして彼らは、成功すれば利益は大きいが、失敗もまた大きいことを理解しています。いかにうまく練られた開発計画であっても、人間の体は非常に複雑ですので、思いもしなかった副作用が出てくることがあります。ですから彼らに私たちの新しいアイデアが新しく重要だと分かってもらい、それが正しいということを示さなくてはいけません。
――日本では、ベンチャー企業がなかなか薬を出せていません。
リスクをとって開発を続けるかどうかも大きいと思います。
ひとつの例がコレステロールを下げる働きの大ヒット薬スタチンです。
これはもともと日本で見つかった薬です。ところが日本の製薬会社は、毒性が出たといって開発を中止しました。結局、そこからリスクを取って毒性がないことを調べ、商品化の第1号にこぎ着けたのは米国のメルクです。
つまり日本でも開発できたかもしれませんが、最後はリスクを避けたんです。それが文化のせいかどうかは分かりません。私が言えるのは、日本には間違いなく、いい科学技術もあるし、いい薬もあるだろうということです。それに日本は第二次大戦後、製造業を世界をに送り出し、多くの国が日本から学びました。あの電気自動車ベンチャーのテスラだって、日本から学んだのです。
Mike Raab /デポー大卒、米大手のブリストルマイヤーズスクイブ(BMS) 、仏製薬大手サノフィ傘下のジェンザイムを経て、大手ベンチャーキャピタルのニュー・エンタープライズ・アソシエイツ(NEA)のパートナーを経て、2009年から現職
「誰もがやっていないことをやりたい」ジェレミー・カードウェルCSO
――なぜベンチャー企業で仕事をしようと思ったのでしょうか。
実はスタンフォード大学の博士課程に進んだときから、科学そのものに加えて、科学のビジネス面に興味を持っていました。当時の指導教授のもとでの研究が、そのまま起業に結びつきました。製薬業界にいる科学者たちは、学問の世界にいる科学者たちと同じように、あるいはより優秀でした。そして、その精神が好きになりました。リスクを取り、非常に焦点を絞った、ゴールのはっきりした研究ができるからです。そこから大手企業やベンチャーキャピタルにも勤めましたが、創業者とも縁があって今のポジションにつきました。やはりベンチャーが性格にあっていると思っています。
――大手とベンチャーに違いはありますか?
大手製薬会社はノウハウの蓄積もありますし、数十億ドル(数千億円)の資金が社内にあります。しかし単純な計算ですが、イノベーションのほとんどは大手製薬会社の外で起きていると言っていいと思います。いくら大きな製薬会社とはいえ、1社あたりの研究者は数千、数万でしょう。それに対して、学界とベンチャーの世界には何十万人という科学者たちがいるからです。
ただ、学界の研究者が研究成果を薬にする専門性を持っているわけではありません。もともと研究の目標がそこにはないからで、どう資金を集め、商品化するのかのアイデアを持つ専門家を別に見つけなければいけません。つまり学界と製薬業界の「結婚」が必要です。ちょうど、学界と大手企業の間に立つのが私たちベンチャーで、学界から転身してくる研究者も多いんです。自分たちの科学で、なんらかの疾患を治そうという思いは、科学を始める動機の源泉だからです。
――大手での勤務経験もおありですが、どこに違いを感じますか?
大手は、当然ですが組織が大きい。多くの人間が、開発用の最新のツールや技術を使い、次のステップに行く前にリスクを減らそうとしますし、リスクを避けるための評価もできます。そしていくつもの薬の開発プロジェクトを並行して進めています。ひとつをやめても他のプロジェクトがあります。
さらに、薬を他の会社の製品よりも少しよくするみたいなことには長けています。それはそれで早くやらないと意味がありません。その領域で最初の薬が出てから3年以内ぐらいにそれを出すのです。
――日本では苦戦しているベンチャーも多いのですが、ベンチャーならではの良さは?
ベンチャーは、決断が速い。組織も単純です。ただし、速いというのは手順を飛ばすことではありません。きちんと手順を踏んでも速いということです。さらにベンチャーは、より未知なものに挑戦します。無謀なリスクを取るということではなく、きちんと計算されたリスクを取るということですが、それでも次のステップに進むためにより多くのリスクを取るということです。
ベンチャーではプロジェクトは一つか、二つです。そこで大事なことは、成功への道はひとつではないということです。たとえば高血圧に効くと思ってつくっていた薬がうまくいかなくても、実は便秘に効くかもしれない。科学ではよくそういうことがあります。開発をやめなければいけない理由は、いくらもあります。一番やってはいけないのは、結果が出るかもしれないのに、資金不足で研究を続けられなくなってしまうことです。最少の資源を使って、最大限の成果を出すことを求められます。
でも面白いのは、同じゴールをめざしていても、それぞれの企業たちは違ったアプローチを取っているというところです。大企業と中小の製薬企業と、行ったり来たりの研究者も結構います。そんなに難しいことではないんです。私自身は、やはり誰もがやっていないことをやりたい、そういう気持ちが大きい。一度しかない人生ですからね。10年前はできなかったようなやり方で、がんを治すなんて、ワクワクするじゃないですか。
Jeremy Caldwell カリフォルニア大バークレー校卒、スタンフォード大でPh.D. スイスの製薬大手ノバルティスのゲノム研究機関や、米大手メルクのリサーチラボでRNAを使った治療などを研究した後、2014年12月から現職。