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殺害と報復 ギャング「マラス」に揺れるエルサルバドル 

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幹線を牛の群れがゆっくりと横切り、中心部を行きかう車も少ない。東部オサトランは一見のどかな田舎町だった。だが保健所で近くのホコテドルセ村の住民たちに暮らし向きを尋ねると、切迫した訴えがあふれ出した。



主婦エベリン・フロレス(36)は「毎年のように集落で殺人が起きるので、外出を控えています。子どもたちがマラスの勧誘の標的になっていて、断ると殺されてしまう。うちには13歳の息子と8歳の娘がいるので本当に怖い。いとこは昨年米国に移民しました」と明かした。

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農夫ホセ・アーノルド(56)は「銃撃戦に巻き込まれるのが心配です。マラスの脅迫で15世帯が集落を去り、半分しか残っていません」と話す。

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村に住む保健省の看護師カレン・レムス(32)は、「村人同士が殺しあって家族と社会が壊れ、住民が村を離れていく動きが止まりません」と訴えた。保健省の調べでは2011年以降、360世帯のうち35世帯が村を離れた。レムスの集落も5軒のうち4軒が空き家になったという。米国に移民した親が村に残した子どもを呼び寄せるケースも相次ぎ、レムスの父が教諭をしている小学校の児童は30人から11人まで減った。

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抗議でバラバラ遺体に

マラスが村に入ってきたのは1990年代。移民先の米国でギャングになって、内戦後に強制送還された人たちが組織化を始め、いまでは約30世帯に構成員がいる。マラスが地方で勢力を伸ばした2012年ごろから、みかじめ料をめぐる殺人が頻発するようになった。昨年には父親を殺されてマラスに抗議した女性が銃殺されて、バラバラの遺体で見つかったという。

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村までは2キロほど。元々は村に伺うつもりだったが、レムスの判断で住民たちは隣町オサトランの保健所に集まっていた。村の様子を取材したいと伝えると、レムスは小さく首を横に振った。「今も水道料金の回収にマラスが介入してきて、保健所も脅しを受けています」。車から降りなければどうかと聞いても、うなずかなかった。「マラスは屈強な男たちという印象がありますが、よそ者が村に入ることにすごく敏感で、いつも監視しています。車が入るだけでよそ者と分かるのでおすすめできません」。迷惑をかけるわけにはいかず、私は村に行くのを断念した。

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監視と惨殺で恐怖心

この監視こそが、マラスの恐怖支配の源泉だった。
地元大手紙ラプレンサの記者ローデス・キンターニーヤ(35)によると、普段は表に出ないマラス構成員の目や耳、足となって実際に動くのは、「ポステス」(英語でポストの意)と呼ばれる正式構成員になる前の少年たちで、10歳前後の子どももいるという。

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その手口はこうだ。
まずポステスに狙った人物を監視させ、人の出入りを電話で逐一報告させる。相手の生活状況を把握したうえで、ポステスが相手に近寄り、「あなたに電話です。出てください」と携帯を手渡す。電話口に出ると、構成員が「お前がどこに住んでいるのか、子どもたちがどの学校に通っているのかも分かっている。この日までのこの金額を出せ。さもないと、子どもたちを殺したうえでお前も殺す」と告げる――。キンタニーヤは「未成年は逮捕されにくいので、少年を使って脅迫する。極めて一般的なやり方です」と話す。そして言葉通りに殺害を実践することで、住民に恐怖心を植え付けていく。

こうした脅迫や定期的に徴収するみかじめ料がマラスの主な収益源で、縄張りが広いほど実入りも増える。ライバル組織に縄張りを荒らされないよう出入りを常に監視し、通行料を徴収したり、ライバルの支配地域の住民というだけで殺したりすることもあるという。地元ネットメディアが15年につくった地図を見ると、殺人発生率が高い首都サンサルバドル中心部の市場は、最大手「マラ・サルバトルーチャ」(MS13)と、ライバル「バリオ18」(18番街)の2大勢力とその分派の縄張りが、小さな路地を挟んで複雑に入り組んでいた。

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日常に溶け込む構成員

かつては体中、そして顔まで「13」や「18」といった組織名の一部を彫り込んだ入れ墨で一目瞭然だったが、最近は警察の取り締まりを警戒して避けるようになった。今も残るのは、ひざ下までの長めでゆるゆるの半ズボンや、袖までボタンを留めた長袖、つばが平らな帽子といったラッパーのようなファッションだ。

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MS13なら米有名メーカーのローカットスニーカー、18番街なら後頭部のV字形の刈り上げといったこだわりもある。しかし、着替えたり髪形を変えたりすれば分からない。キンタニーヤは「今やマラスは隣人かもしれないし、警察や学生でもあり得ます。日常生活に溶け込んでしまっていて、誰が安全か危険か見分けるのは難しい」と話す。
国家文民警察によると、いまや国内の構成員は4万〜4万5千人。4世代にまたがり、家族を含めた関係者数はその数倍とみられる。
どうしてこんなことになったのか。

中米に根を張るマラスの源流は、1980年代の内戦中、米ロサンゼルス東部などに渡った移民だ。犯罪組織の調査団体インサイトクライムなどによると、メキシコマフィアなどから身を守るため、自分たちでギャングを結成。頭角を現したのがMS13だった。これに対し、メキシコ系にエルサルなど多国籍の移民が加わって台頭したのがライバルの18番街。いずれも暴力や麻薬などの犯罪に手を染め、内戦が終わった90年代以降、構成員はエルサルやホンジュラスなど母国に相次いで強制送還された。それとともにMS13と18番街の2大組織の対立構図も中米に持ち込まれた。

「マラスは家族だ」

入れ墨やスラング、着こなし、音楽。米国流のギャングのスタイルは、社会に疎外感を抱く十代の不良少年集団にとっては憧れの存在に映った。すぐに感化されて、その作法に倣った。親が米国に移民した世帯が多く、内戦の後遺症もあって近所づきあいや地域社会の連帯は乏しい。頼れる大人が身近にいない子どもたちは孤独と不安を常に抱えている。キンタニーヤによると、そこにマラスはこうささやくという。「マラスは家族だ。俺たちはお前のために戦う。お前も俺たちのために戦え」。拒むなら、逃げるしか選択肢はない。

そのころ、南米から北米に向かうコカインの密輸ルートが中米にシフトしていた。米南東部フロリダに向かうカリブ海ルートが80年代の米当局の取り締まりで目詰まりを起こしたためだ。中米、メキシコを経て米南西部カリフォルニアへの密輸でメキシコの麻薬組織が潤い、マラスもその手伝いで現金を手に入れ、警察や地元のライバルに対抗するため武装を進めた。

刑務所内で強固な組織に

政府の対応のずさんさも、マラスの伸長を後押しした。
中米大学世論研究所の所長ジャネット・アギラール(48)は、マラスの組織化が一気に進んだのが2000年半ばの政府の強硬策だった、と指摘する。

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「同じグループのマラスを刑務所に大量に投獄したまま放置したため、刑務所内で強固な組織化が進みました。やがて刑務所を掌握し、外部に指示も出すようにもなった。ブラジルで起きたことと同じです。今やアメリカ大陸で最も危険なギャング組織です」

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「停戦協定」という奇策

みかじめ料をとるための見せしめの殺人を繰り返し、社会を脅かす存在に育ったマラスに対して2012年、エルサル政府が打った手が「停戦協定」だった。日本で言えば、政府が暴力団と協定を結ぶようなものだ。本当なのか?

「あれは非常に短期的な成果を狙ったものでした」
国家文民警察長官ハワード・コット(52)はあっさりと認めた。「強硬策が失敗したこともあって、すでにマラスはみかじめ料を国中からとれる強大な組織になっていました」。治安改善の成果をすぐに出したい政府がMS13と18番街に対し、刑務所内のリーダーに外部と連絡を取れるようにするなどの便宜を図る。マラスは殺人の件数を減らす。そんな手打ちだった。

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確かに、殺人はいったん沈静化した。
11年に73人に達していたエルサルの10万人当たりの殺人発生率は、12年、13年とも40人台前半に落ちた。停戦で取り締まりが緩む間に、マラスは地方に勢力を伸ばした。もともと国民の間に停戦への反発が根強く、新大統領は14年に停戦を破棄。すると途端に殺人発生率は64人に急増し、15年が109人、16年は81人と2年連続で世界最悪になった。その間、国外に脱出して米国を目指す家族連れや子どもの移民が急増した。コットは「停戦はその時だけの話で、後により強大になるとマラス側は分かっていたのではないか」と政府の判断の甘さを悔いる。

停戦破れて復讐の応酬に

そして政府はいま、力ずくで押さえ込む姿勢を強める。
16年3月に非常事態を宣言し、治安特別措置を発動して軍の投入に踏み切った。
17年の殺人発生率は約60人に減ったものの、警察とマラスの報復合戦が激化した。地元メディアによると、13年までは年に十数人だった警官の殉職は15年には59人に達し、16年が39人、17年も45人と高水準が続く。一方、警察との銃撃戦で死んだマラス構成員とみられる人数は、16年が603人、17年は413人と警官の10倍に上る。アギラールは言う。「警官は給料が安く、マラスと同じ貧しい地域に住まざるを得ません。そしてマラスは家族構成を把握しています。警察はマラスを殺し、マラスは警官とその家族を皆殺しにする。そして警官も、マラスの家族を殺す。復讐の応酬です」

私の滞在中も、警察とマラスの銃撃戦が起きた。首都サンサルバドル南部の住宅地で2月2日朝、武器捜索に踏み込んだ警官隊にマラスが発砲し、警官1人、マラス2人が死亡し、警官数人が負傷した。コットの姿もその現場にあった。私が翌日、車で通ると、黄色い非常線の内側で黒い制服の警官と、自動小銃を手にした迷彩服の兵士とみられる男性が警戒に当たっていた。

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「新たな内戦状態」

応酬がエスカレートする中、政府への懸念の声も国内外から上がっている。
17年11月にエルサルを訪問したザイド国連人権高等弁務官は、マラスに対する裁判抜きの殺害について「憂慮すべき報告がある」とし、司法手続きの順守を要求。非人道的な状況下での拘束が行われているとして、特別措置の停止も求めた。

ネットメディア・ファクトゥムの編集長セサール・ファゴアガ(35)は、「警察はギャングを超法規的に処刑し、人々は喝采を送るようになった」と指摘し、「新たな内戦状態だ」と危機感を強める。内戦中に大勢の市民を意のままに殺害した、軍に近い極右武装集団「死の部隊」の再来を見るためだ。「銃の前ではなく、裁判官の前で対応すべきです。法律を尊重しないのは民主主義にとって非常に危険で、将来大きな問題になる」と警鐘を鳴らす。

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ファゴアガは言った。「マラスを全員スタジアムに詰め込んで、皆殺しにしても問題は解決しません。社会的不平等や貧困、教育機会の欠如といったマラスを生み出す要因は変わっていないからです」