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国も家計も「送金依存症」のエルサルバドル

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大型モール「ラグランビア」=サンサルバドル郊外

首都サンサルバドル郊外の幹線沿いに、大規模なショッピングモール群が並ぶ。その一つ「ラグランビア」は、シネコンや衣料品店ZARAなど約100店舗が大きな噴水を囲むように配され、テーマパークのような雰囲気だ。案内してくれた地元大学生たちは「家族や友だちと週末には必ず来ます」と話した。

近くにある別の大型モール「マルチプラザ」を週末に訪ねると、ナイキやスターバックスなど米チェーン店を中心に約220店舗が軒を連ね、家族連れで大にぎわい。米国にいるかのような気分になった。

旺盛な消費を支えるのは、国内人口の半分に相当する約290万人もの在米移民からの家族送金だ。2017年は前年比1割増の約50億ドル(約5400億円)で、国内総生産(GDP)の約16%に相当する額だった。

巨額の送金は、国の経済構造を変えた。経済政策の指揮を執る官房長官(現・報道官)のロベルト・ロレンサナ(61)は、「経済は内戦後、農牧輸出からサービス業へ転換してきました。大勢の移民からの家族送金で、消費文化が広がったことが背景にあります」と説明する。

この20年間のGDP成長率は平均2%ほどと停滞が続くが、そのなかで家族送金が家計を下支えし、消費を生みだし、サービス業を経済活動の「エンジン」に押し上げ、その「ガソリン」にもなってきた。

国の大幅な貿易赤字を補う欠かせない存在でもある。17年は輸入約106億ドルに対して、輸出は約58億ドルで、貿易赤字は前年から1割増えて約48億ドルに広がった。それを、ほぼ同額の家族送金が穴埋めする構造になっている。

しかし、治安悪化や市場の小ささなどから、外資はもとより、地元企業さえ国内投資には及び腰で、地方の雇用の受け皿となる農業は衰え、付加価値や安定した雇用を生み出す製造業は育たなかった。そして人々は雇用を求めて米国に移民し続けた。

米国に渡った移民たちは「中米の日本」とも言われる勤勉さでがむしゃらに働き、残した家族に仕送りをしてきた。エルサル政府の報告書によると、在米移民の多くは建設や飲食店、電気技師、清掃などの仕事につき、週平均約500ドルを稼いで、その15%を送金しているという。

一方、受け取る側の実態を示す経済省統計局の16年の家計調査では、世帯当たりの平均送金受取額は186ドル。平均月収332ドルの半分以上の額を受け取っていることになるが、ほとんどが生活費に消え、貯金に回している世帯は3%に満たなかった。

海外からの送金を受け取れる銀行に早朝から並ぶ人たち=東部アナモロス

ただ、こうした潤沢な送金がいつまでも続く保証はない。

米大統領トランプは移民対策の強化を訴え、メキシコとの国境への壁建設を掲げる。4月には国境に米軍を派遣する考えも示すなど、移民の流入を阻止する構えだ。すでに米国内に暮らす移民についても、エルサル系約20万人が得てきた一時的な在留資格(TPS)を199月に打ち切ると発表し、不法移民の若者向けの救済制度(DACA)の撤廃も表明している。先行きに不透明感が強まる中、送金に依存しきった家族やふるさとに危機感を持つ移民も多い。

14歳で米国に渡り、建設会社を起こした実業家マルビン・ロメロ(41)はビデオ電話で、「若者は月300ドルで汗水たらして働くことに価値を見いださず、家族からの送金で楽をして生きるようになってしまった」と嘆いた。そして自省を込めて言った。「その責任は、ふるさとに投資ではなく送金をしてきた我々、移民にある」。米国で蓄えた資産から120万ドルを地元に投資し、15年にホテルをオープン。別の町にレストランも開いた。

ふるさとの自立を後押しする試みも続けられている。

移民の資金支援で開業したパン工房があると聞き、東部サンホセグアロソを訪ねた。生地の甘い香りが漂うなか、エプロン姿のスタッフが黙々とパン粉をこねたり、オーブンに入れたりと動き回っていた。

試作品のピザ。作り方は国際協力機構(JICA)の研修で学んだ=東部サンホセグアロソ

代表のマルビン・フロレス(43)は「以前は近くの町のパン屋が売りに来ていましたが、自分たちでつくれば村の中でお金を回すことができます」と話す。

自己資金4千ドルに加え、同郷者でつくる在米移民の団体が4千ドルを出すなど、計2万ドルを集めて16年にオープン。主婦や若者ら10人が週3日間働いて、1人週30ドルの現金収入になった。農業以外では村唯一の雇用の場だ。「ピザやスイーツもつくりたい」と語った。

在米移民たちは同郷者の団体を通じて寄付を集めて、学校増築の資金を出したり、起業を支えたりしてきた。米ニュージャージー州に住む実業家ハビエル・ロドリゲス(47)も模索を続ける1人だ。

独立して材木会社を起こした10年前から、地元の中部サンルイスラエラドゥラに施設をつくったり、お金や食料を寄付したりしてきた。しかし、あまり助けになっていないと感じて2年前、勉強会を呼び掛けた。2週間に1回、コンピューターやパンづくり、裁縫などを学ぶセミナーを開いたが、最初50人いた参加者は10人に減り、やがて34人になって頓挫した。「自分で事業ができるようになって欲しかったのですが、ほとんどの人は、ただで何かをもらえることを期待していたのです」

休暇で地元に戻った今年3月、戦後日本の農村をモデルにした生活改善のサークル活動を視察し、自分たちの力で改善するという考え方に共感した。地元でのサークル活動を実現するため、普及員を雇う費用を寄付でまかなえないか、米国の知人たちに相談するつもりだという。