■競争は終わらない メアリー・ベネット
OECDは伝統的に、国内法で定められる各国の税制には関わらない、という姿勢をとってきました。しかし、ここにきて、そこに影響を及ぼそうとしているのは大変興味深いことです。また、いま行われている「税源浸食と利益移転(BEPS)」の議論にOECD加盟国やG20のみならず、その他の国々も巻き込み、50カ国近くが加わっているのは特筆すべきことです。税に関する国際的な指針の大きな転換といえるでしょう。
BEPSの新たな指針では、多国籍企業に対してビジネスを展開する国ごとの納税状況の開示などを求めています。これは、例えば税務当局が「ダブル・アイリッシュ」などについて明らかにする強力な道具になります。
国際ルールが確立すれば、それぞれの国は多国籍企業の利益に対する課税権を明確に主張できるようになります。一方で、それが国同士の対立につながることになるかもしれません。
米国企業は、しばしばタックスプランニングにより過剰な租税回避を行っていると批判されます。しかし、米国の法人税率はOECD加盟国で最も高いのです。そのため、米国企業は海外勢と競うとき不利にならないよう、税負担を低減する手法を考えざるをえません。一方で米国政府は、企業の海外事業をめぐる情報を幅広く公開しています。欧州ではそうしていない国が多い。米国への批判が全て的を射ているとは思いません。
また、多くの米国の企業は、所得を海外移転して外国で納税するより、母国にお金を戻して米国で税金を納めたいとも言っています。現在、米国では特定の特許からあがる所得に対しては税を優遇する法案が議会に提出されています。これは企業のタックスプランニングへの姿勢を変える可能性もあるので、法案の行方は注意深くみておく必要があります。
法人税のあり方は経済成長に大きな影響を及ぼします。私はエコノミストではないので何が一番いいかはわかりません。ただ、これだけは言えます。各国は今後も悩み続けるだろう、ということです。ある国が税率を下げれば、他の国も気にせざるをえません。企業がグローバル化して事業を行う国を選べるようになった現在、各国間の「税の競争」に終わりはないのです。
(聞き手:神谷毅)
Mary C. Bennett 米財務省やOECDで国際租税の仕事に35年余りたずさわる。今は国際法律事務所ベーカー&マッケンジーで企業などに助言している。
■逆進性強まる恐れ 諸富徹
グローバル化と情報通信技術の発達で、富裕層は所得を、国境を越えてタックスヘイブンや低い税率の国に移せるようになりました。IT企業や、製造業でも知的財産を中核とする製薬などの多国籍企業は、拠点をいくつも海外に置いて複雑な取引を行い、まったく納税しないか、最小限の納税で済ませている。各国の徴税がこれに追いついていません。
世界的に見れば富裕層とそれ以外の市民、多国籍企業と国内企業との間で、税負担に大きな不公平が生まれています。米国の多国籍企業が、法人税による課税を免れるために海外の子会社などに留め置いている所得は計2兆ドル(約240兆円)に上るともいわれます。米国の国内企業は不満を募らせています。
ミシガン大学教授のアヴィヨナによると、米税務当局の内国歳入庁は、移転価格税制でこの20年間、1回も企業に勝てていない。節税の仕組みで知的財産など無形資産の存在が大きくなったことで、明確な証拠に基づいて租税回避を指摘することが難しくなっています。
多国籍企業は最高の頭脳を持った人材を高給で雇い、積極的なタックスプランニングにあたらせています。企業と国家の力関係が完全に逆転しているのです。
これでは国家は税収が減り、財政危機に陥るか、海外に逃げない市民や企業、財やサービスにさらに課税せざるをえない。消費税や付加価値税への依存が各国で増えているのをみると、金持ちほど有利な逆進性が強まる流れにあるといえます。
各国の対応は二つの方向がせめぎ合っています。一つは資本を引きつけるため自らタックスヘイブン化する動き。オランダやルクセンブルクなど欧州勢に、シンガポールなども加わっています。もう一つはOECDに見られるような、租税回避は許さないという動きです。
税制は最終的に議会で決まります。自然現象ではない。複雑で、専門家以外に分かりにくい印象がありますが、私たちは、より公正・公平な課税を求めて、立法の過程にもっと関心を持つ必要があります。OECDのルールを実現するのも各国の議会と政府。グローバル化した世界にあっても、国家ができることは、まだ多いのです。
(聞き手:神谷毅)
もろとみ・とおる 専門は財政学。著書に『私たちはなぜ税金を納めるのか』(新潮選書)など。現在は1年間の予定で米ミシガン大学で研究をしている。
■日本の「税と国境」
日本国内にある「税と国境」にも目を向けてみたい。長く暮らす外国人は日本人と同等に税金を納めている。中でも、永住する人たちにとって、税は生活と切り離せないテーマだ。
10月中旬、東京都内にある東京朝鮮第3初級学校。日本の小学校にあたる。この日は、社会科の一環で、税金を学ぶ授業が行われた。講師に呼ばれた税理士の青木学(47)が在日コリアンの6年生約20人に話しかけた。
「このクラスを一つの国と仮定します」。青木の指示で3班に分かれ、所持金を50万円、250万円、700万円と設定。「ビルを300万円で建てます。どのように公平に集めようか?」
平等に100万円ずつでは、足りない班がある。多く持つ班が全額出すと、不公平。では、3割ずつ負担したら?
「一律に払う」「特定の人たちから集める」「割合で決める」という集め方を消費税や法人税になぞらえてみる。こうした様々な税の組み合わせで日本は公平さを目指していると説いた。
深刻な財政赤字にも触れ、「皆さんは一緒にこの国で暮らす仲間。税を公平に集め、有効に使うために知識を持ち、自分の意見を積極的に言えるようになってほしい」。そう締めくくった。
青木は都内の公立小にも講師役でよく出向く。この日の授業内容も普段と同じだった。校長の金生華(キム・センファ=56)は「この地で生まれ、育つ子どもたちには税を正しく理解させたい」と話す。
参政権のない在日外国人にも納税の義務はある。国に納める所得税は、在留の期間で差がある。大まかには①永住者や長期の滞在者②過去10年以内に国内に住所などがあった期間が計5年以下の人③それ以外の短期の滞在者に分かれ、①は日本人と同じで、②から③へと納めるべき範囲が狭くなるイメージだ。
地方税の住民税は、住民基本台帳がもとになる。3カ月を超す在留資格を持つ人や永住者は台帳に載り、日本人と何ら変わらない。全国に約200万人。中国が最も多く、韓国・朝鮮、フィリピン、ブラジルが続く。都道府県別で最も多くが住む東京都は毎年度、都民向けに税金のガイドブックを配っており、同じ内容で英語版、中国語版、ハングル版も出す。その冒頭、税金とは「社会の一員として暮らしていくうえでの会費」と書いてあった。
(金子元希)
イラストレーション
橋本聡(はしもと・さとし)
1971年生まれ。フリーのイラストレーター。国内外の雑誌、書籍、広告などでイラストを描く。確定申告の時期になると日頃やらずにためてしまった領収書の整理で大汗をかく。