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東南アジアで育つ、若い力

World Now
=佐々木学撮影

アジアのシリコンバレー目指す/ベトナム

「リッケイソフト」──。ベトナムの首都ハノイで急成長するITベンチャーの社名は、立命館大学と慶応大学に由来する。立命館に留学したタ・ソン・トゥン(27)と、慶応に留学したファン・テ・ズン(27)が創業したからだ。

エアコンもないトゥンのワンルームアパートを拠点に、会社が誕生したのが2012年春。いまやオフィスは空調完備の700平米になり、従業員は160人を超えた。

顧客はほぼすべて日本企業で、約60社にのぼる。携帯で撮った写真に切り抜きやスタンプを入れて、簡単にコラージュが作れる超人気アプリ「パペルック」も、共同で開発している。

「ネットの世界に国境はない。ここから世界と勝負します」とトゥンは言う。

父は元軍人。負傷して十分に働けず、家計は民族衣装アオザイを縫う母の内職が支えた。「貧しい暮らしを抜け出すために」と必死で勉強し、理系トップのハノイ工科大に進学した。国際協力機構(JICA)の人材育成プログラムで立命館大学に留学し、11年に帰国後、ベトナムのソフト開発最大手に入社した。

安定した収入と名誉を手にしたが、次第に「自分ならではの仕事をしたい」と思い、ズンを誘って起業した。

日本では月80万円かかる規模の仕事が、人件費の安いベトナムなら20万~30万円で済む。トゥンは得意の日本語を生かし、日本企業の顧客を次々と獲得した。春には日本法人も設立。来年には従業員をさらに100人以上増やす。

ベトナムのイメージが一転

「システム開発はパソコン1台あればできる。国が貧しくても関係ない」

ベトナムのIT人材に目をつけ、日本からもシステム開発会社が進出する。「エボラブルアジア」(本社・東京)は12年にホーチミンに進出し、ハノイとダナンにも支社を置いた。500人体制で、日系企業を中心に60社から仕事を請け負う。

ハノイ支社を訪れると、ジーンズ姿で日本の顧客とスカイプで打ち合わせをしている最中だった。人気SNS「LINE」で使われるスタンプも、ここで作成されていた。

「私自身、ベトナムのイメージが一転しました」と、1年半前にハノイ支社長として赴任した吉迫寿(51)は言う。

市場調査会社「インターネット・ワールド・スタッツ」によると、ベトナムのネット利用者はようやく人口の50%を超えた段階だ。ベトナム人労働者は一般的に、メコン地域の周辺国と比べても「器用でまじめ」という。「勤勉さが日本人と似ていて一緒に仕事しやすい」と吉迫は話す。

若く豊富な人材を製造業以外でも生かすため、ベトナムは「情報通信技術大国」を国家目標に掲げる。20年までにこの分野のGDP比率を8~10%へと引き上げることを狙う。約300の大学や短大にIT関連の学科が設置され、毎年5万~6万人の卒業生を輩出する。順調にいけば、IT技術者は現在の30万人から100万人に増える見込みだ。

若者を鼓舞

会社員の平均年収が2100ドル程度のところ、IT技術者は5000ドルを超える。IT関連の学科は、語学や経済関連の学科に次ぐ人気となっている。

外国企業の誘致にも力を入れる。ITハイテク関連企業の場合、設立から4年間は法人税を免除し、その後9年間も減税するという制度を設けている。

ホーチミンの工業団地サイゴン・ハイテクパークには、韓国のサムスン電子や米国のインテルなど、世界に名だたる企業が拠点を構える。同社は昨年11月、「ベトナムをアジアのシリコンバレーに」と、約48億円を投じて「サイゴン・シリコンシティー」の開発を始めた。

若者集えばビールで乾杯?/ミャンマー

サッカーの試合が大型テレビに映し出される酒場で、4人の男たちが楽しそうに談笑していた。ミャンマーの中心都市ヤンゴンの繁華街。パクチーが香る料理をつまみに「ミャンマービール」のロゴがついたビールジョッキをぐいっとあおり、空いたジョッキを脇の棚に載せていく。コンサルティング会社勤めのアリック(29)は、「ここには友人とよく来る。多いときで10杯は飲むよ」と得意顔だ。

濃い味付けの魚や揚げ物を食べながら、若者たちはビールで喉を潤す=和気真也撮影


ミャンマービールは1杯80円ほど。私も飲んでみた。ひんやり冷えた金色のビールは、のどごしがなめらか。夜でも30度近い暑さも手伝い、ゴクゴク飲めた。

ビールの国内シェア8割を握る醸造元のミャンマー・ブルワリーは同国トップクラスの優良企業だ。それを昨年、キリンビールが約700億円で株式の55%を取得し、子会社にした。

ビール業界は、世界中で買収合戦が進む。人気ブランドと地域の流通網を手にし、競争を有利にするためだ。先進国の消費が頭打ちの中、各社の関心は成長が見込めるアジアや中南米へと向く。


キリンによると、ミャンマーの1人当たりの年間ビール消費量は大瓶6本弱の3.7リットル。日本の43リットル、ベトナムの41リットルに比べ、まだまだ少ない。だがミャンマー・ブルワリー社長の藤川宏は「1人当たりのGDPの伸びと、ビール消費量は相関関係を示す場合が多い。メコンの他の国と同じように、いずれミャンマーの消費量も伸びる」と分析する。

カールスバーグやハイネケンも進出

photo:Wake Shinya

ミャンマーは2011年に軍事政権から民主化し、年8%を超える高い経済成長率が続く。約5100万の人口を抱え、年齢の中央値が28歳という若い人口も魅力だ。

ミャンマービールの販売量も、14年までの5年間で2倍以上に増えた。飲食チェーンの店長イエ・アン(29)は「気心が知れた友人とゆっくり過ごす時間を持つ人が増えた。社会の変化がビールの消費を押し上げている」と話す。

ただ、有望な市場を狙うのは他社も同じだ。昨年はデンマークのカールスバーグやオランダのハイネケンも進出した。

意外なライバルもいる。街中の商店をのぞくと、表の冷蔵庫とは別に、店の隅にクーラーボックスが置いてあった。常連らしき客がふたを開け、中の缶ビールを買っていく。タイの有名銘柄だ。

ミャンマーには国内で製造したビールのみ販売できるという規制があるが、地続きのタイから違法に入った品が出回っているという。どういうカラクリか、売値も安い。藤川は「ビールの消費実態が把握しづらい難しさがある」と話す。

ミャンマー・ブルワリー工場長のアウン・アウンは言う。「競争は高まるが、ミャンマー人の舌に合う質の高いビールを造り続けるだけだ」

アンコールワットで人を育てる/カンボジア

9世紀から15世紀にかけて、メコン川流域に広く栄えたクメール王朝。その寺院アンコールワットはこの地域随一の名所として、年間約300万人の観光客を集める。

2月中旬、寺院正面の西参道を訪れると、石畳が激しく波打ち、堀の水で浸食された土台の石は朽ちかけていた。

「この上を毎日、数千から1万人が歩いているんです。しっかり直さないと」と上智大学特別招聘教授の石澤良昭(78)。石澤や現地在住の研究員三輪悟(42)の指導の下、傷んだ西参道の北半分を4~6年かけて修繕する事業が、今春から本格的に始まる。「でも実際に直すのはカンボジア人。私たちはその手伝いをするだけです」と2人は言う。

技術協力や研修を通じ、「長い目」で人を育てる──。メコン地域に対し、日本は資金援助だけでなく、経済や社会の担い手となる人材育成にも力を入れてきた。アンコールワットの遺跡修復は、その先駆的な例ともいえる。

石澤は1960年代から遺跡の調査研究にかかわってきたが、70年代に入ると内戦が激しさを増し、中断した。

ポル・ポト政権崩壊後の80年、数年ぶりに現地を訪ねて驚いた。遺跡は荒れ果て、一緒に遺跡保存を学んだ36人の仲間のほとんどが、虐殺や病気で亡くなっていた。「人を育てなければ」。90年代から本格的に遺跡の保全と修復に乗り出すと、18人のカンボジア人研究者を上智大に招き、自ら指導した。

その代表格が、カンボジアの文化保護機関「アプサラ機構」で局長を務めるレバナ(44)だ。現在は遺跡修復事業全体の責任を担う。「日本はお金や修復の実績だけでなく、技術や知識を残してくれた。これがほかの国と違う点です」

現場で作業をする石工と呼ばれる職人も、石澤らが育てた。1996~2007年の修復事業中に育てたカンボジア人が、今度は主力を担う。取材に訪れた際も、日本から来た2人の石職人、吉野正(72)と橋口武弘(51)が炎天下、「ほぼ手弁当」で石の削り方を若手職人に教えていた。

遺跡修復には、早稲田大学のチームも長年取り組んできた。今回の西参道の修復には、日本政府もODA9500万円を拠出し、クレーン車などを提供する。

カンボジアへのODA実行額は長年、日本が最多だった。だが年ごとのODA額は10年に中国に抜かれた。現在は、中国の3分の1ほどにとどまる。

在カンボジア日本大使の隈丸優次には、即効性を狙ったインフラ支援中心の中国とは違うとの思いがある。「日本の支援の中心には人作りがある。日本が支援した若い世代が育ち、各分野で活躍している」と成果を語る。

(佐々木学、和気真也)