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医者が語る「医者とカネ」の本音

World Now
photo:Semba Satoru

カネは血液のようなもの/高須克弥・高須クリニック院長

僕は今日、70人の手術をしました。二重まぶたにする手術だと、3~4分で12万5000円。唇を薄くする手術は15万円、鼻を高くする手術は35万円です。

みんな「高いなあ」と言うんですが、実は40年間、まったく値上げをしていません。うちがはやるのは、相対的に安くて質の高い手術をしているからでしょう。

美容外科は自由診療だから、最新の知識を持ち、腕もよく親切な医者が、経済的にも恵まれる。自由競争の世界です。ヤブ医者でも上手な医者でも診療報酬は同じで、そこそこもうかる、という公的医療とは違います。

高須クリニックの売り上げは、グループ全体で約60億円。お金持ちからたくさん受け取っているからこそ、そうではない人の医療費をタダにできる。それが「医は仁術」という言葉の本当の意味です。阪神大震災や東日本大震災の被災者には、タダで施術しました。シミやシワを取って若返らせてあげると、うれしくなって生きる希望がわいてくる。美容外科も立派な医療なんです。

ブラック・ジャックみたいですって? 僕はブラック・ジャックが大嫌いなんです。偽医者のくせに高い金を取って。それに生まれつきの天才外科医なんて幻想。ものすごくたくさん失敗して初めて、手術の腕が上がるんです。

僕が美容外科医として働くのは週2日だけ。他の日は愛知県にある高須病院の理事長として、老人介護に軸足を置く地域医療を実践しています。すべて保険診療ですが、理想の医療を目指すほど、人件費がかさみ、赤字になる。美容整形のもうけを病院につぎこんでいるからこそ、倒産せずに続けられています。

僕にとってのお金は、血液みたいなものです。生きていくためには、どんどん循環させる必要があるけど、使わない血液がたくさんあってもしょうがない。ためる必要はないんです。過去に脱税で摘発されたのも、お金に関心がなくて事務に経理を任せていたから。その前科のせいでドバイに進出できなくなりましたけどね。

いま71歳ですが、かなり財産が残っちゃった。奨学金を出したり、チベットに学校を作ったり、国境なき医師団に病室を寄付したり、と死ぬまでに社会に還元する計画を進めています。

たかす・かつや 美容外科医。1945年生まれ。昭和大医学部卒。日本美容外科医師会会長。

カネには代えられない経験/産婦人科医・竹中裕

2011年から約2年間、日本の病院に勤務しながら、アフリカのシエラレオネや南スーダンなど5カ国で計7回、「国境なき医師団」に参加しました。

医師団での初任給は月15万円ほど。「派遣先で活動している間、日本の自宅の家賃が持ち出しにならないように」ということで決められたそうです。病院の年収は1200万円でしたから、7分の1ですね。

だけど、シエラレオネの人口あたりの医師数は日本の100分の1しかいません。医者1人の価値は、日本よりはるかに高い。日本の病院では、お産で「生きるか死ぬか」というケースは年に数例ですが、医師団で3カ月間活動すれば、100~200人の命を確実に救えます。

シエラレオネでは、子宮外妊娠や子宮破裂で危篤状態の女性が3人、同じ救急車で運ばれてきたこともあります。次々と手術をし、3人とも助けられた。帝王切開が原因で感染症を起こし、4回も手術をして助かった10代の子は、生まれた子どもに僕の名前から「ヒロ」と名づけてくれました。

現地のスタッフと協力して、死の淵にあった人の命を救えた時には、体が震えるような喜びを感じます。お金には決して代えられない医者の仕事の醍醐味です。日本では診たことのない症例を扱うこともしょっちゅう。医者としての経験値もすごく上がります。

子どもの頃から、「世界を舞台に働きたい」と思い、医者になりました。産婦人科を選んだのも、発展途上国に多い出産前後に亡くなる母子を救えると思ったからです。

昨春から、国際協力機構(JICA)で働き、シエラレオネの病院でエコーの使い方を教えたり、カンボジアで新生児死亡を減らすプロジェクトを進めたりしています。臨床だけでなく、医療のインフラの整備をする仕事も、数多くの命を救うことになると考えたからです。

だけど時々、無性に国境なき医師団に戻りたくなる。家族にも心配をかけてしまいますが、時間を作ってそのうち参加すると思います。

たけなか・ひろし JICA人間開発部国際協力準専門員。1977年生まれ。2004年に神戸大卒業後、北海道の手稲渓仁会病院に勤務。

「ゲスドク」だって構わない/漫画家・三田紀房

今春、青年漫画雑誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」に、「ゲスドク」という読み切り作品を掲載しました。タイトル通り「ゲスな医者」が主人の漫画です。35歳の病院勤務の内科医で、合コンやクラブ通いは大好きだけど、患者を診察するのは嫌いで、看護師からは「医者としてのスキル、全然なさそう」とバカにされる。それでも年収は1120万円、という設定です。

描いたきっかけは、銀座のすし店で、互いに同期らしい医者3人の会話を耳にしたことです。

「あいつ、下手なくせに実績が欲しくて手術やりたがって、この間も動脈傷つけて大出血だよ」「バカだねえ、やめとけばいいのに」などと、店中に響く大声でしゃべり、ガハハと笑っていた。

医者は「命を救う」という崇高な使命を背負っているけど、飲んで話す時のレベルは、新橋ガード下のサラリーマンと変わらない。医者のそんな「普通の人」としての面を描きたかったんです。

35、36歳の頃って、医者にとって一つの転機だそうです。医師免許をとって10年以上たち、大学に残るのか、病院の勤務医になるのか、実家に戻って開業するのか、迷っている。医者をやめ、製薬会社などに就職する人もいるらしい。

一方で、独身の男性医師はすごくもてる。医者と結婚したがる若い女性は多いですから。医者と合コンした女性の編集者に聞いたのですが、「脈を診る」と称して女性の腕を触ったり、「マウス・トゥ・マウスで心肺蘇生を行う!」とか言ってキスしようとしたり、ハチャメチャなノリだったそうです。取材の成果は漫画の冒頭シーンでほぼそのまま再現しました。

救急病院で24時間、不眠不休で患者を治療する医者や、へき地で地道に高齢者と付き合う医者もいれば、六本木や赤坂で合コン三昧の医者もいる。それが現実です。

日本人は医者の世界に限らず、仕事に個人の献身や努力を多く求めすぎると思います。「医者は聖職だから、一生懸命、患者を診て当然」という感覚で、医者の働く環境を本気で改善しようとしない。

だから、期待に応えようと無理をして過労死する医者がいる一方で、「そんなことはやってられないよ」と、楽な生き方を選ぶ医者も出てくる。僕は「自分に正直に生きるのが幸せ」と思っていますから、医者の「遊びたい」という気持ちを非難する気にはなれない。「ゲスドク」でも構わないと思います。

僕たちも、医者に過剰な期待感を持つことはやめた方がいいのではないでしょうか。「聖人」ではなく「治療の技術を持つ人」というぐらいに割り切って付き合う。そうした方が、医者を追い詰めすぎず、僕たちも医者に頼りすぎず、互いによい関係を保てると思います。

みたのりふさ 漫画家。1958年生まれ。代表作に「ドラゴン桜」。「ゲスドク」はスピリッツ電子版22・23合併号で購読できる。

今より地味で不自由になる/国立成育医療研究センター・森臨太郎

日本の公的医療制度は、医者に比較的大きな裁量権を与えてきました。医者に支払われるお金の大半は、保険料や税金などで賄われています。それにもかかわらず、医者は自由な経済人のように、どこでも開業できる。内科や整形外科、小児科などの専門分野も自由に選べます。

世界的にみれば英国のように、ある程度公的な制約がある方が普通です。限られた公費で国民に必要な医療を提供しようとすれば、地域や専門分野ごとに医者や病院を配置することが最善だからです。

戦後の日本では、1961年に確立した国民皆保険制度を背景に、全国に診療所や小規模の病院が作られ、医療へのアクセスを広げることが優先されてきました。

待遇的には開業医ほど恵まれていない勤務医も、高いモチベーションが維持できました。「自分たちが日本の医療の最先端を担っている」という自負心に加え、大学病院の教授を頂点とする「医局」人事が機能し、名誉欲や権力欲を満たせたからです。

しかし今、「医者のやる気」を支えてきたシステムは転機を迎えています。財政悪化で医療費は抑制傾向が強まっています。2004年に臨床研修の仕組みが大きく変わったことで医局に入る医者も減りました。

医者の裁量権は従来のままで、地域による医師偏在が問題となり、専門医の需要と供給にも不均衡が生じています。超高齢化・多死社会が進む中、公的医療は今のような形では持続できません。

これからの医者は、従来ほど高収入ではなくなり、開業や専門分野の選択にもある程度、制約を受けることになるでしょう。先端医療を担う医者よりも、地域でお年寄りを支える医者がより多く求められます。医者の仕事は今よりも少し不自由で、一見地味なものとなるかもしれません。

もり・りんたろう 国立成育医療研究センター政策科学研究部長。1970年生まれ。日本で小児科医として勤務後、英国で母子医療の政策策定に加わる。

それでも医者を目指す君へ/太田啓之GLOBE記者

少なからぬ若者たちが「資格で食べていける安定した職業だから」という理由で医学部、医者を目指し、親もそれを望んでいる。

気持ちは分かるが、医者の収入は「国民、国家、企業が、増え続ける医療費の負担に耐えられること」「医者の数が増えすぎないこと」などの条件に支えられている。これらの前提が崩れる時、医者は現在ほど安定した仕事ではなくなるかもしれない。

また、取材した医者たちの多くは「診断や治療の多くは近い将来、人工知能やロボットに取って代わられるのでは」と考えていた。医者の仕事自体はなくならないとしても、その内容は、今後ますます「きめ細かいコミュニケーションを通じて、患者の心の支えになる」という方向にシフトしていくだろう。受験で高い偏差値を取るスキルと、現場で医者に求められるスキルとの不一致は、さらに広がるはずだ。

それでもいい、と思う若者たちは、胸を張って医者への道を目指して欲しい。出会った医者の大半から、自らの仕事への強い誇りや、関わってきた患者たちへの深い愛着が感じられ、うらやましくさえ思った。誠実に取り組めば、医者ほど深く大きなやりがいを与えてくれる職業は、そうはないだろう。